[右寄せ]優視点[/右寄せ]
[水平線]
「……お疲れ様でした、優先輩」
ペコリと小さく頭を下げて、季子ちゃんが音楽室を去っていく。
最近の彼女は、僕が話しかけても無理に作ったような笑顔を浮かべるだけで、すぐに目を逸らしてしまう。
ショッピングモールの一件以来、明らかに距離を置かれていた。
『季子、僕にとっての妹みたい。可愛いなあ』
以前、寮で言った自分の言葉が、今さら猛烈に悔やまれる。
あの言葉で傷つけ、彼女に遠慮をさせているのだろうか。
それにしても、僕を見る彼女の瞳の奥が、あまりにも切なく寂しげなのが気になって仕方がなかった。
翌日の昼休み、B棟の屋上から中庭を見下ろすと、季子ちゃんが同じ1年の男子生徒と親しげに話していた。
「あ、ありがとう! 次の移動教室、一緒に行こ」
楽しげな声が風に乗って聞こえてくる。男子生徒は嬉しそうに耳を赤くして、彼女に優しく笑いかけていた。
その光景を見た瞬間、胸の奥がキュッと締め付けられるように痛んだ。
僕の前ではあんなに元気がなくて、今にも泣きそうな顔を隠すように去っていくくせに。
どうして僕にはあんな風に笑ってくれないんだろう。
いや、僕があの子から、あの眩しい笑顔を奪ってしまったんだ。
胸に広がるもやもやとした焦燥感に戸惑っていると、隣で弁当を食べていた類斗が、呆れたように僕の視線を追った。
「トロンボーンの後輩ちゃん、次の恋に進めたんだろ。お前が『興味ない』って言ってたんだから、良かったじゃん」
「……そんなんじゃない。ただ、あの子が遠くに行っちゃいそうな気がして……」
一気に元気がなくなった僕を、類斗はすべてを見透かしたような目でじっと見つめ、ふっと笑った。
「じゃあ聞くけど、もしあの子が本当に他の誰かを好きになって、二度とお前にあの笑顔を向けなくなったらどうする?」
ドクン、と心臓が大きく跳ねた。
あの子が、僕じゃない誰かと付き合う?
僕の知らないところで支え合って、部活が終われば僕ではなく、その誰かの元へ嬉しそうに駆けていく――?
「……嫌だ。そんなの、寂しすぎる」
喉の奥から絞り出すような声が出た。
あの子の隣で、あの子を一番近くで支える存在でありたかった。
類斗は僕の肩をポンと叩いた。
「だろ。それ、妹を心配する兄貴の気持ちじゃないよ。ただの恋だよ、優。お前、あの子のこと、めちゃくちゃ好きじゃんか」
その一言が、僕の胸に真っ直ぐに突き刺さった。
「僕が、季子ちゃんを……?」
美咲との一件で周りを巻き込んで傷つくのが怖くて。
僕は彼女の真っ直ぐな視線から、ただ「先輩」という安全な枠に逃げていただけだ。
あの時、美咲の話をした僕に、少し歪んだ笑顔で『まだ諦められてないんじゃないですか?』と言った彼女。
あの子は、僕のことが好きだったんだ。
それなのに僕は「妹みたい」なんて言葉で、彼女の優しさと勇気を踏みにじってしまった。
「……類斗、僕、本当に馬鹿だ」
「知ってる。今すぐ行って、その本当の気持ち、あの子に伝えてこいよ」
僕は弁当箱を掴むと、彼女のいる中庭へと走り出していた。
階段を駆け降りる心臓が、痛いくらいに脈打っている。
どこにでもいる、平凡な中学1年生。そんなあの子に、僕はとっくに恋に落ちていたんだ。
あの窓際の席から始まった恋の引力に、逆らうことなんて最初からできもしなかった。
もうあの子に悲しい思いはさせない。今度は僕が、あの子の手を真っ直ぐに繋ぎ止める番だ。
僕は彼女の冷え切ってしまった心をもう一度温めるために、ただひたすらに、走り続けた。
[水平線]
「……お疲れ様でした、優先輩」
ペコリと小さく頭を下げて、季子ちゃんが音楽室を去っていく。
最近の彼女は、僕が話しかけても無理に作ったような笑顔を浮かべるだけで、すぐに目を逸らしてしまう。
ショッピングモールの一件以来、明らかに距離を置かれていた。
『季子、僕にとっての妹みたい。可愛いなあ』
以前、寮で言った自分の言葉が、今さら猛烈に悔やまれる。
あの言葉で傷つけ、彼女に遠慮をさせているのだろうか。
それにしても、僕を見る彼女の瞳の奥が、あまりにも切なく寂しげなのが気になって仕方がなかった。
翌日の昼休み、B棟の屋上から中庭を見下ろすと、季子ちゃんが同じ1年の男子生徒と親しげに話していた。
「あ、ありがとう! 次の移動教室、一緒に行こ」
楽しげな声が風に乗って聞こえてくる。男子生徒は嬉しそうに耳を赤くして、彼女に優しく笑いかけていた。
その光景を見た瞬間、胸の奥がキュッと締め付けられるように痛んだ。
僕の前ではあんなに元気がなくて、今にも泣きそうな顔を隠すように去っていくくせに。
どうして僕にはあんな風に笑ってくれないんだろう。
いや、僕があの子から、あの眩しい笑顔を奪ってしまったんだ。
胸に広がるもやもやとした焦燥感に戸惑っていると、隣で弁当を食べていた類斗が、呆れたように僕の視線を追った。
「トロンボーンの後輩ちゃん、次の恋に進めたんだろ。お前が『興味ない』って言ってたんだから、良かったじゃん」
「……そんなんじゃない。ただ、あの子が遠くに行っちゃいそうな気がして……」
一気に元気がなくなった僕を、類斗はすべてを見透かしたような目でじっと見つめ、ふっと笑った。
「じゃあ聞くけど、もしあの子が本当に他の誰かを好きになって、二度とお前にあの笑顔を向けなくなったらどうする?」
ドクン、と心臓が大きく跳ねた。
あの子が、僕じゃない誰かと付き合う?
僕の知らないところで支え合って、部活が終われば僕ではなく、その誰かの元へ嬉しそうに駆けていく――?
「……嫌だ。そんなの、寂しすぎる」
喉の奥から絞り出すような声が出た。
あの子の隣で、あの子を一番近くで支える存在でありたかった。
類斗は僕の肩をポンと叩いた。
「だろ。それ、妹を心配する兄貴の気持ちじゃないよ。ただの恋だよ、優。お前、あの子のこと、めちゃくちゃ好きじゃんか」
その一言が、僕の胸に真っ直ぐに突き刺さった。
「僕が、季子ちゃんを……?」
美咲との一件で周りを巻き込んで傷つくのが怖くて。
僕は彼女の真っ直ぐな視線から、ただ「先輩」という安全な枠に逃げていただけだ。
あの時、美咲の話をした僕に、少し歪んだ笑顔で『まだ諦められてないんじゃないですか?』と言った彼女。
あの子は、僕のことが好きだったんだ。
それなのに僕は「妹みたい」なんて言葉で、彼女の優しさと勇気を踏みにじってしまった。
「……類斗、僕、本当に馬鹿だ」
「知ってる。今すぐ行って、その本当の気持ち、あの子に伝えてこいよ」
僕は弁当箱を掴むと、彼女のいる中庭へと走り出していた。
階段を駆け降りる心臓が、痛いくらいに脈打っている。
どこにでもいる、平凡な中学1年生。そんなあの子に、僕はとっくに恋に落ちていたんだ。
あの窓際の席から始まった恋の引力に、逆らうことなんて最初からできもしなかった。
もうあの子に悲しい思いはさせない。今度は僕が、あの子の手を真っ直ぐに繋ぎ止める番だ。
僕は彼女の冷え切ってしまった心をもう一度温めるために、ただひたすらに、走り続けた。