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オタクは今日も恋をする

#31

え……?

 私は早速母にピアノの伴奏をやると言った。
すると、「すごいじゃん!」と真剣な口調で言った。
「ちゃんと見ててよ」私は念を押すように言った。
大切な瞬間、ちゃんと見てほしい──私が変わろうとしている姿を。
母はふっと笑った。
「分かってるって」
 私は嬉しくなって、でも同時に、胸の奥がぎゅっと締めつけられるような不安もあった。
卒業式まで、あと一週間。
私は学校から帰るたび、すぐにピアノの前に座り、練習した。
──あの日、私は変わりたかった。

今までみたいに、見えないふりをして、何も言わずに過ぎるだけの毎日はもう終わりにしたかったんだ。たとえ、二次元でも、元の世界でも。自分から、手を伸ばす勇気がほしかったんだ。
 そして、学年全体で合唱練習の日が来た。
学年の生徒たちの声がざわざわと体育館内に響いていたが、私の耳には自分の心臓の音しか聞こえていなかった。
今日、私は学年代表の伴奏者として、ピアノの前に座る。
大勢の視線。仲間の声。流れる空気。
……失敗できない。たとえ練習でも。

一音間違えただけで、全体のリズムが崩れてしまう。
だから私は、恐怖で指が震えそうになるのを必死にこらえて、静かに鍵盤に手を置いた。

演奏終了。
「ふぅ」
「結月ちゃん、頑張ったね! 練習してから何日目?」と遥ちゃんが満面の笑みで近づいてきた。
「何日目だろ? 十五日くらいかな……?」
「え? 十五日でこのクオリティ⁉︎ 凄すぎ……」
「結月、お疲れ。頑張ったな」と慎二くんが言った。
「ありがとう」と私は照れ隠しのように微笑んだ。
「ピアノの伴奏、結月さんだったの⁉︎」光くんが驚きの声を上げた。
「知らなかったのかよ⁈」と淳司くんも驚いた。
「マジで知らなかった」
「ってか結月さんってピアノやってたんだな」
「小さい時からやってたよ」
──もう、怖くなんかない。
大丈夫。私ならきっと出来るはずだ。

放課後、帰り道春の暖かい風が頬をやさしく撫でる。
「ってかもう卒業かあ」と寂しそうに光くんは言った。
「三年って、ほんと早いよね」
その時、ぱしゃっとシャッター音がした。
「お、おいっ! 勝手に撮るなよ!」
「卒アルに載せよっ」と意地悪げに遥ちゃんが言った。
「やめてくれ……」
こうやって他愛のない話をするのも、もうすぐで最後。
平和な生活ももうすぐで終わる。
そう思った瞬間、胸にぽっかりと穴が開いたような気がした。

──元の世界に戻る? もう、ここにはいられないの?
そう悩んでいると、それに気づいたのか、慎二くんが「結月、大丈夫?」と心配してくれた。
「あ、うんん。ずっとここに居たいな。って思っただけ」
「そっか」

 そして、卒業式当日。
私が弾くのは、国歌・校歌、そして卒業の合唱曲。

一つずつ、丁寧に、思いを込めて

国歌、校歌はなんとか終えた。
次は最後だ。
 緊張しながら卒業証書を貰う。
そして、最後の曲。
この音でみんなの三年間が終わる。
 泣きそうな気持ちを抑えて、私は最後の鍵盤に指を置いた。

なんとか終了。
「みんなぁ、ありがとぉ! 離れていても一緒だからぁぁ」と泣きながら光くんは言った。
「分かってるって」あははとみんな。
「色々あった三年だったな」
「そうだね」
「ってかあの写真、卒アルに載せた?」光くんは確認した。
「載せてないって」
「結月もありがとう」
慎二くんが、ふと静かに言った。
「こちらこそ」
「じゃあ、写真を撮る?」
「そうだね」
そう言って、またカメラのシャッター音が鳴る。
 
 撮り終わった瞬間、慎二くんが、私の手を掴んで走り出した。
「ちょ、ちょっと、慎二くん⁉︎ どこに行くの⁉︎」
「秘密」
 辿り着いたのは、体育館の裏。誰もいない、静かな場所だ。
後ろには満開で、見頃の桜。
 風がふわりと吹いて、花びらが舞う。
「着いた」
慎二くんは私を見て、ふっと笑い、壁に手をつき、私の顔を真正面から見つめて──
 ドンッ。
「え……っ?」
──壁ドン。
しかも、背景には満開の桜。信じられないくらい完璧なロケーションだ。
慎二くんは、そっと顔を近づけてきて、キスをした。
 その瞬間、世界が真っ白になった。
バタンッ、と私はその場で倒れた。
 
 何が起こったのか、正直、全然分からなかった。

作者メッセージ

お詫び

2025/06/05 16:18

貴志柚夏
ID:≫ 14ODATaJ5tCFM
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オタ恋推し二次元トリップ

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