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君の名前を呼ぶまで

#20

第20話 触れたいのに

蒼真が「もっと近くで感じたい」と言った翌日。
胸の奥がずっと熱くて、落ち着かない。
昨日の言葉が、何度も何度も頭の中で反響していた。

――もっと近くで。

その“近く”が、どれくらいの距離なのか。
考えるだけで胸が苦しくなる。

教室に入ると、蒼真はいつもの席にいた。
でも、今日は本を開いてすらいなかった。

「……おはよう」

声をかけると、蒼真はゆっくり顔を上げた。

「……おはよう」

その声は小さいのに、昨日よりもずっと優しい。
胸がふわりと温かくなる。

席に戻ろうとしたとき、蒼真がぽつりと言った。

「今日……帰り、少しだけ時間ほしい」

胸が跳ねた。

「うん、いいよ」

蒼真は小さくうなずき、視線をそらした。
耳がほんのり赤い。

放課後。
校門を出ると、蒼真が待っていた。

「……行こ」

その声は静かで、どこか決意が混ざっていた。

二人で歩く帰り道。
いつもよりさらにゆっくりした歩幅。
沈黙が続いても、不思議と苦しくない。

夕陽が沈みかけ、街がオレンジ色に染まる。

ふと、蒼真が立ち止まった。

「……結衣」

名前を呼ばれた瞬間、心臓が跳ねる。

「なに?」

蒼真は少しだけ迷ったように指先を動かし、
そして、ぽつりと言った。

「俺……結衣のこと、考えすぎてる」

胸がぎゅっとなる。

「考えすぎって……?」

「声とか、名前とか……笑った顔とか。
 全部、頭から離れない」

その一言で、息が止まった。

夕陽が二人の影を長く伸ばす。
風が吹いて、蒼真の前髪が揺れる。

「……蒼真くん」

名前を呼ぶと、蒼真は少しだけ目をそらした。

「触れたいって思うのに……触れられないの、悔しい」

その声は震えていて、どこか苦しそうだった。

「でも……逃げたくない。
 結衣からも、気持ちからも」

胸が熱くなる。
涙が出そうなくらい嬉しくて、苦しくて。

蒼真はゆっくりと息を吸い、
そして、静かに手を伸ばした。

触れない距離で、空気を掴むように。

「……結衣の手に、触れたい」

その言葉は、告白じゃないのに、告白よりも強く胸に響いた。

私はそっと言った。

「……触れられるよ。いつかじゃなくて、今でも」

蒼真は驚いたように目を見開いた。

「……でも、俺……」

「大丈夫だよ。無理にじゃなくて、少しだけでいい」

蒼真は迷うように指先を震わせ、
そして――ほんの一瞬だけ、私の指先に触れた。

触れたというより、かすめた。
でも、その一瞬で胸が熱くなった。

蒼真はすぐに手を引っ込め、顔を赤くした。

「……ごめん。これが限界」

「ううん……すごく嬉しかったよ」

蒼真は驚いたように顔を上げ、
そして、ほんの少しだけ笑った。

「……ありがとう」

触れられないのに、触れたくて。
触れたくて、触れられなくて。

その距離の中で、
二人の心はまたひとつ、確かに近づいた。
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2026/03/14 17:20

おひめ
ID:≫ 19ZQABSFMiPlU
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