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君の名前を呼ぶまで

#10

第10話 雨が降るまで

その日の空は、朝からどこか不安定だった。
晴れているのに、雲がゆっくりと広がっていく。
胸の中のざわつきと、どこか似ていた。

教室に入ると、蒼真はいつもの席にいた。
けれど、昨日よりも少しだけ落ち着かない様子で本をめくっている。

「……おはよう」

声をかけると、蒼真は顔を上げた。
その瞳が、ほんの一瞬だけ揺れた。

「……おはよう」

小さな声。
でも、昨日よりも近い。

席に戻ろうとしたとき、蒼真がぽつりと言った。

「今日……雨、降るかも」

「え、そうなの?」

「……なんとなく」

天気予報じゃなくて、“なんとなく”。
でも、蒼真の“なんとなく”は、なぜか当たる気がした。

放課後。
校門を出た瞬間、ぽつりと冷たいものが頬に落ちた。

「……やっぱり降った」

振り返ると、蒼真が立っていた。
傘を持っていない私を見て、少しだけ眉を寄せる。

「……入る?」

差し出された傘。
昨日よりも、もっと自然に。

「うん」

二人でひとつの傘に入る。
肩が触れそうで、触れない距離。
胸の音がうるさくて、雨音がかき消してくれるのがありがたかった。

「……結衣」

名前を呼ばれた瞬間、心臓が跳ねる。

「なに?」

「昨日の……胸がうるさいってやつ」

「うん」

「……今日も、そう」

その言葉に、息が止まった。

雨の匂い。
蒼真の静かな呼吸。
近すぎる距離。

「……結衣は?」

聞かれて、答えられない。
だって、胸の音がうるさすぎて。

「……私も、そうだよ」

やっとの思いで言うと、蒼真は驚いたように目を見開いた。

「……そっか」

その声は、雨よりも優しかった。

しばらく歩いたあと、蒼真がふと立ち止まった。

「……結衣」

「なに?」

蒼真は少しだけ迷ったように視線を落とし、
そして、ゆっくりと顔を上げた。

「……俺、結衣のこと……」

言いかけた瞬間、雨が強くなった。
風が吹き、傘が揺れる。

蒼真の言葉は、雨音にかき消された。

「……ごめん。今の、聞こえた?」

「ううん……聞こえなかった」

蒼真は少しだけ目を伏せ、
そして、静かに言った。

「……じゃあ、また今度言う」

胸が熱くなる。
“また今度”が、こんなに嬉しいなんて知らなかった。

雨の中で、二人の心はまたひとつ、確かに近づいた。
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2026/03/14 17:13

おひめ
ID:≫ 19ZQABSFMiPlU
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