文字サイズ変更

君の名前を呼ぶまで

#9

第9話 胸の音がうるさい

図書室での出来事から一夜明けても、胸の奥のざわつきは消えなかった。
蒼真の言葉が、何度も頭の中で繰り返される。

――結衣といると、落ち着く。

その一言だけで、世界が少し変わった気がした。

教室に入ると、蒼真はいつもの席にいた。
けれど、昨日よりもほんの少しだけ、私の方を意識しているように見える。

「……おはよう」

声をかけると、蒼真は本を閉じて、ゆっくり顔を上げた。

「……おはよう」

その声は小さいのに、胸が跳ねる。

席に戻ろうとしたとき、蒼真がぽつりと言った。

「今日……帰り、また少しだけ……いい?」

心臓が一瞬止まりそうになった。

「うん、いいよ」

蒼真は小さくうなずき、視線をそらした。
耳がほんのり赤い。

放課後。
校門を出ると、蒼真が待っていた。

「……行こ」

その一言が、やけに優しい。

二人で歩く帰り道。
沈黙が続いても、不思議と苦しくない。
むしろ、胸の音がうるさくて、沈黙のほうがありがたいくらい。

「……結衣」

名前を呼ばれた瞬間、心臓が跳ねた。

「なに?」

「昨日……話したこと、後悔してない?」

「え、なんで?」

「……弱いところ、見せたから」

その言葉に、胸がきゅっとなる。

「後悔なんてしてないよ。
 むしろ……嬉しかった」

蒼真は驚いたように目を瞬き、
そして、少しだけ視線をそらした。

「……変わってる」

「またそれ言う」

「……でも、結衣にだけは……言ってもいい気がした」

その言葉が、胸の奥にじんと染みる。

夕陽が沈みかけ、街がオレンジ色に染まる。

「蒼真くん」

「……なに」

「私ね……蒼真くんといると、なんか……」

言いかけて、言葉が喉で止まった。
“好き”なんてまだ言えない。
でも、胸の奥はもう答えを知っている。

蒼真は、そんな私の迷いを見透かしたように、
静かに言った。

「……俺も、よく分からないけど」

風が吹いて、蒼真の前髪が揺れる。

「結衣といると……胸がうるさい」

その一言で、息が止まった。

胸がうるさい。
それはきっと、私と同じ気持ち。

夕暮れの帰り道で、
二人の心はまたひとつ、確かに近づいた。
ページ選択

2026/03/14 17:07

おひめ
ID:≫ 19ZQABSFMiPlU
コメント

この小説につけられたタグ

通報フォーム

お名前
(任意)
Mailアドレス
(任意)

※入力した場合は確認メールが自動返信されます
違反の種類 ※必須 ※ご自分の小説の削除依頼はできません。
違反内容、削除を依頼したい理由など※必須

盗作されたと思われる作品のタイトル

どういった部分が元作品と類似しているかを具体的に記入して下さい。

※できるだけ具体的に記入してください。

《記入例》
・3ページ目の『~~』という箇所に、禁止されているグロ描写が含まれていました
・「〇〇」という作品の盗作と思われます。登場人物の名前を変えているだけで●●というストーリーや××という設定が同じ
…等

備考欄
※伝言などありましたらこちらへ記入
メールフォーム規約」に同意して送信しますか?※必須
タイトル
URL

この小説の著作権はおひめさんに帰属します

TOP