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死の描写あり

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あの日、天使は死んだ

あの日、天使は死んだ。



夏は、高校生にとって現実感が薄い。
制服のまま汗をかき、どうでもいい未来の話をして、
終わりがあることを考えずにいられる季節だ。

私と君は、同じ高校に通っていた。
三階の教室、窓際の席。
君はよく外を見ていた。
強い日差しの中でも、君だけは眩しそうにしなかった。

君は、色が薄かった。
髪も、肌も、睫毛も。
血の気がないというより、最初から余分な色を持っていないみたいだった。
夏の光を受けると、輪郭が溶けて、背景に紛れそうになる。

私は君を、名前で呼ばなかった。
名前を呼ぶと、君の存在が鮮明になりすぎる気がした。
君はもっと、別のものみたいだったから。
だから「君」で十分だった。

放課後の校舎は、いつも騒がしかった。
部活の声、笑い声、スピーカーの音。
その中で、君は浮いていた。
存在しているのに、触れたら消えそうで。

君を、私は天使だと思っていた。
理由はない。
そう思った、ただそれだけだ。

期末テスト前、君は少し疲れていた気がする。
白い肌の下に、影が沈んでいくみたいだった。
でも私は、何も言わなかった。
高校生活は忙しい。
そういうものだ。

あの日も、下校途中だった。
君は少し前を歩いていた。
背中越しでも、色の薄さははっきりわかった。

信号が青に変わり、人の流れが動き出す。
君は横断歩道に足を出した。

甲高いブレーキ音。
次の瞬間、鈍く湿った音。
骨が砕ける、はっきりとした音だった。

君の体が宙に浮いた。
白い制服が裂け、
赤いものが、夏の光の中で不自然に滲んだ。

色のない君に、
その色だけが、やけに鮮やかだった。

私は立っていた。
近づかなかった。
近づけなかった。
声も出なかった。

蝉は鳴いていた。
空は青かった。
世界は、何事もなかったみたいに続いていた。

君は、そのまま死んだ。

翌日、学校は騒がしかった。
誰かが笑い、
誰かが走り、
誰かが昨日の続きを生きていた。

君の席は空いていた。
それだけだった。

先生は事務的に言った。
「残念な事故でした」
それで終わり。

みんな、すぐに忘れた。
あるいは、最初から覚えていなかったみたいだった。
教室はうるさくて、そのうるささが正解みたいだった。

私は、その中に座っていた。
都合の悪いことから目を背け、楽しいことしか考えようとしない。
都合の悪いことには一切向き合わない、
逃げて、逃げて、逃げて。そんな人とも言えようかわからない奴らに、教室の取り繕ったようなうるささに、大概うんざりだった。


廊下の端。
窓際。
誰もいない階段の踊り場。

振り返っても、君はいない。
前を見ても、君はいない。

それなのに、
君の色の薄さだけが、
世界のどこにでも残っていた。

葬儀の日、私は制服のまま立っていた。
棺の中の君は、
生きていた頃よりも、さらに白く、
ほとんど光みたいだった。

そのときも、
特別な感情は浮かばなかった。

君は天使じゃなかった。
羽も、奇跡も、救いもなかった。
ただ、この世界に馴染んでいなかっただけだ。

それでも私は、
君を思い出すたびに、
天使みたいだと思ってしまう。

夏が来る。
横断歩道はそこにある。
信号は変わる。
人は渡る。

私は今も、その手前に立っている。
渡らない理由はない。そのはずだ。
ただ、渡らない。

君は、向こう側に立っている。
色が薄くて、
夏の光に溶けそうで、
でも、はっきりと。

話しかけられることはない。
触れられるわけもない。
それでも、はっきりと君が見える。

忘れようとしたことはない。
忘れたいと思ったこともない。
なぜなら、
君はずっと、そこにいた。

あの日、天使は死んだ。

「残念な事故」で。

私は生きている。
君は死んでいる。

その境界線に、
私は、立ったままだ。

2026/01/23 11:11


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