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君の音が聞こえる。
コンクール前の音楽室は、熱気と焦燥感で満ちていた。
高校2年の夏、ユーフォニアム担当の僕は、自分の出す音に迷い込んでいた。何度吹いても、楽譜通りの退屈な音が響くだけ。音に感情が乗らない。顧問の先生からも「もっと自分の言葉で歌え」と冷たく突き放されていた。
「先輩、またため息。楽器に幸せが逃げちゃいますよ?」
そう言って笑ったのは、今年入部してきたトランペット担当の1年生、一ノ瀬葵(いちのせ あおい)だった。葵は太陽のような笑顔の通り、まっすぐで力強い音を鳴らす。誰もが彼女の音に惹きつけられ、部の中心はいつも彼女だった。
「僕にはセンスがないんだよ。ただ楽譜をなぞっているだけだ」
僕が自嘲気味に言うと、葵は自分のトランペットを構えた。
「じゃあ、私の音を聴いててください!」
彼女が息を吹き込む。
響いたのは、突き抜けるような、それでいてどこか切ない旋律。それは僕たちのコンクール自由曲の、一番盛り上がるソロパートだった。
圧倒される僕の目の前で、葵はパッと楽器を離し、僕の目をまっすぐ見つめた。
「私、先輩のユーフォの音、すごく好きです。優しくて、みんなを後ろから包み込んでくれる。だから、もっと自信持ってください!」
心臓がドクンと跳ねた。
彼女のまっすぐな言葉と、今さっき聴いた鮮やかな音の残響が、胸の奥で暴れている。
その日から、僕たちの放課後の居残りは「秘密のアンサンブル」になった。
コンクールで金賞を取るためじゃない。ただ、彼女の音に遅れないように、彼女の音を支えられるように、僕は必死に息を吹き込んだ。葵のトランペットが走れば、僕のユーフォが優しく引き留める。僕の音が迷えば、彼女の音が道を照らす。
言葉を交わさなくても、楽器を通して、葵の心が、熱量が、そのまま僕に流れ込んでくるようだった。
「……あ、今の音、すごくいい!」
夕暮れの音楽室で、葵が嬉しそうに飛び跳ねる。
僕の音は、いつの間にかただの「楽譜のなぞり書き」ではなくなっていた。葵に届けたい。その一心で紡ぐ、僕だけの特別な音に変わっていた。
そして迎えた、コンクール当日。
ステージの眩しい照明の下、僕たちは静かに楽器を構えた。指揮者の手が上がり、演奏が始まる。
満員のホールの中心で、葵のトランペットソロが響き渡った。今までで一番、美しく気高い音。
それに続くように、僕のユーフォニアムが音を重ねる。
(届いてくれ、葵に――)
僕たちの音が混ざり合い、ホールの天井へと駆け上がっていく。
一瞬、視線が交わった。葵は演奏しながら、小さく微笑んだ。
結果がどうであれ、僕たちのこの夏は、世界で一番美しい和音(ハーモニー)のなかにあった。客席からの割れんばかりの拍手のなかで、僕はただ、隣で汗を輝かせる彼女の横顔を見つめていた。
コンクール前の音楽室は、熱気と焦燥感で満ちていた。
高校2年の夏、ユーフォニアム担当の僕は、自分の出す音に迷い込んでいた。何度吹いても、楽譜通りの退屈な音が響くだけ。音に感情が乗らない。顧問の先生からも「もっと自分の言葉で歌え」と冷たく突き放されていた。
「先輩、またため息。楽器に幸せが逃げちゃいますよ?」
そう言って笑ったのは、今年入部してきたトランペット担当の1年生、一ノ瀬葵(いちのせ あおい)だった。葵は太陽のような笑顔の通り、まっすぐで力強い音を鳴らす。誰もが彼女の音に惹きつけられ、部の中心はいつも彼女だった。
「僕にはセンスがないんだよ。ただ楽譜をなぞっているだけだ」
僕が自嘲気味に言うと、葵は自分のトランペットを構えた。
「じゃあ、私の音を聴いててください!」
彼女が息を吹き込む。
響いたのは、突き抜けるような、それでいてどこか切ない旋律。それは僕たちのコンクール自由曲の、一番盛り上がるソロパートだった。
圧倒される僕の目の前で、葵はパッと楽器を離し、僕の目をまっすぐ見つめた。
「私、先輩のユーフォの音、すごく好きです。優しくて、みんなを後ろから包み込んでくれる。だから、もっと自信持ってください!」
心臓がドクンと跳ねた。
彼女のまっすぐな言葉と、今さっき聴いた鮮やかな音の残響が、胸の奥で暴れている。
その日から、僕たちの放課後の居残りは「秘密のアンサンブル」になった。
コンクールで金賞を取るためじゃない。ただ、彼女の音に遅れないように、彼女の音を支えられるように、僕は必死に息を吹き込んだ。葵のトランペットが走れば、僕のユーフォが優しく引き留める。僕の音が迷えば、彼女の音が道を照らす。
言葉を交わさなくても、楽器を通して、葵の心が、熱量が、そのまま僕に流れ込んでくるようだった。
「……あ、今の音、すごくいい!」
夕暮れの音楽室で、葵が嬉しそうに飛び跳ねる。
僕の音は、いつの間にかただの「楽譜のなぞり書き」ではなくなっていた。葵に届けたい。その一心で紡ぐ、僕だけの特別な音に変わっていた。
そして迎えた、コンクール当日。
ステージの眩しい照明の下、僕たちは静かに楽器を構えた。指揮者の手が上がり、演奏が始まる。
満員のホールの中心で、葵のトランペットソロが響き渡った。今までで一番、美しく気高い音。
それに続くように、僕のユーフォニアムが音を重ねる。
(届いてくれ、葵に――)
僕たちの音が混ざり合い、ホールの天井へと駆け上がっていく。
一瞬、視線が交わった。葵は演奏しながら、小さく微笑んだ。
結果がどうであれ、僕たちのこの夏は、世界で一番美しい和音(ハーモニー)のなかにあった。客席からの割れんばかりの拍手のなかで、僕はただ、隣で汗を輝かせる彼女の横顔を見つめていた。