かぼちゃの光
坂木は筆を置いて自分が今まで描いていた絵を見つめた。春の野原の絵。どこにでもあるような凡庸な絵。
――絵描きになれないなら死んだ方がましだ。
窓に打ち付ける風は冷たいだろう、枯れ葉が舞っていて外は寒そうだ。この部屋だって電気式の暖房は付けているものの、全くといっていいほど意味をなしていない。
このまま死にに行こうか。冷たい外へ繰り出して、どこか身投げする場所を探そうか。
「俺の人生、なんだったんだろう」
イーゼルを蹴飛ばして絵が倒れる。もう、どうだっていい。
コートも着ないまま外へ飛び出した。
この地方都市は年々過疎化が進んでいて街を歩いていてもお年寄りが多いことがわかる。廃ビルを探して上を見て歩く。駅前でもそんなに高いビルなんて無い。坂木はため息ひとつして駅のホームへ向かった。
ホームで急行電車を待つ。この駅は急行が止まらない。そこへ身投げして死のうと思っていた。
まもなく死ぬとなると怖くなる。本当に、飛び込めるのかと思う。でも、そうするしかないとも思う。
各停が二つ通りすぎ、急行電車通過のアナウンスが鳴った。
さあ、と一歩乗り出すと、となりの小学生がこちらを向く。思わずそっちを振り返ると、眉を下げてこちらの様子を見ている。何かを察知したのか。
「お、お兄さん」
小学生が坂木のズボンを引っ張っていた。
「何だ」
払い除けることができなかった。
「あ、あの……」
後ろに、風を感じる。急行電車が通りすぎている。
「何だよ!」
坂木の大声は、電車の騒音にかき消されて誰にも届かない。
坂木は死に損なった恐怖からその場に踞る。
小学生は男子だった。髪が長かったため、女子と思っていた。
男子小学生は次に来た各停に乗り込んだ。
「僕はこれから絵を描きに行くのですが、お兄さんも来ますか」
坂木は何も考えず、電車に乗り込んだ。
□□□
男子小学生は隣の駅で降り、少し歩いた。その後を坂木が歩いた。坂木は興奮し終わったときの異様な精神状態で、泣き出しそうでもあったし、怒りを感じてもいた。ただ、男子小学生が描くという絵がどんなものか気になった。
外は寒かったが、そのことは気にならなかった。
二人は「絵画教室アップル」に入った。駅前のビルの三階だ。駅の階段には小学生が描いたスケッチがところ狭しと張られている。
「こんにちはー」
「あら、三崎くん、後ろのお兄さんは?」
「け、見学です」
三崎と呼ばれた男子小学生は荷物をロッカーに置き、椅子に座って絵を描き始めた。
よくある絵画教室だった。子供もいたし、大人もいた。油絵だの、水彩だの各々好きな絵を描いていた。
「見学のかた、お名前は?」
「……坂木です」
「坂木さんも絵を描いていかれますか」
「いえ……見るだけで」
三崎は水彩で輪切りにされたかぼちゃを描いている。時折スタッフに助言されながら、一時間で書き上げた。その間、坂木は彼の絵を見ていた。
見事な絵だった。光があると思えば光を描き、暗いと思えば影を描く。かぼちゃの素朴な感じと、彼の光の捉え方で、その絵は絵手紙とも違う、気取った絵でもなく、独特の三崎の絵だという存在感を醸し出していた。
片付けをする三崎に、坂木は話しかけた。
「いつから絵は描いている」
「僕は幼稚園の頃から絵を描くのが好きです。それからかなあ」
「あの絵をどうするんだ」
「家に帰って、飾ります」
「くれないか」
「え?」
三崎の大きな黒い目が坂木を見た。
「あの絵、欲しいんだ」
坂木は、頼む、と頭を下げた。
一瞬、絵画教室内視線が二人に集まる。
「もちろん、いいですよ。僕の絵でよかったら……」
三崎は照れくさそうに言った。
二人は帰りの電車に乗って、駅の改札口で別れた。
三崎は、何も言わなかった。坂木が電車に飛び込みそうだったことを。
俺も、彼のような絵が描けたら。
手に持ったかぼちゃの絵を見る。
かぼちゃは光を受けて、暗く、明るく輝いていた。
――絵描きになれないなら死んだ方がましだ。
窓に打ち付ける風は冷たいだろう、枯れ葉が舞っていて外は寒そうだ。この部屋だって電気式の暖房は付けているものの、全くといっていいほど意味をなしていない。
このまま死にに行こうか。冷たい外へ繰り出して、どこか身投げする場所を探そうか。
「俺の人生、なんだったんだろう」
イーゼルを蹴飛ばして絵が倒れる。もう、どうだっていい。
コートも着ないまま外へ飛び出した。
この地方都市は年々過疎化が進んでいて街を歩いていてもお年寄りが多いことがわかる。廃ビルを探して上を見て歩く。駅前でもそんなに高いビルなんて無い。坂木はため息ひとつして駅のホームへ向かった。
ホームで急行電車を待つ。この駅は急行が止まらない。そこへ身投げして死のうと思っていた。
まもなく死ぬとなると怖くなる。本当に、飛び込めるのかと思う。でも、そうするしかないとも思う。
各停が二つ通りすぎ、急行電車通過のアナウンスが鳴った。
さあ、と一歩乗り出すと、となりの小学生がこちらを向く。思わずそっちを振り返ると、眉を下げてこちらの様子を見ている。何かを察知したのか。
「お、お兄さん」
小学生が坂木のズボンを引っ張っていた。
「何だ」
払い除けることができなかった。
「あ、あの……」
後ろに、風を感じる。急行電車が通りすぎている。
「何だよ!」
坂木の大声は、電車の騒音にかき消されて誰にも届かない。
坂木は死に損なった恐怖からその場に踞る。
小学生は男子だった。髪が長かったため、女子と思っていた。
男子小学生は次に来た各停に乗り込んだ。
「僕はこれから絵を描きに行くのですが、お兄さんも来ますか」
坂木は何も考えず、電車に乗り込んだ。
□□□
男子小学生は隣の駅で降り、少し歩いた。その後を坂木が歩いた。坂木は興奮し終わったときの異様な精神状態で、泣き出しそうでもあったし、怒りを感じてもいた。ただ、男子小学生が描くという絵がどんなものか気になった。
外は寒かったが、そのことは気にならなかった。
二人は「絵画教室アップル」に入った。駅前のビルの三階だ。駅の階段には小学生が描いたスケッチがところ狭しと張られている。
「こんにちはー」
「あら、三崎くん、後ろのお兄さんは?」
「け、見学です」
三崎と呼ばれた男子小学生は荷物をロッカーに置き、椅子に座って絵を描き始めた。
よくある絵画教室だった。子供もいたし、大人もいた。油絵だの、水彩だの各々好きな絵を描いていた。
「見学のかた、お名前は?」
「……坂木です」
「坂木さんも絵を描いていかれますか」
「いえ……見るだけで」
三崎は水彩で輪切りにされたかぼちゃを描いている。時折スタッフに助言されながら、一時間で書き上げた。その間、坂木は彼の絵を見ていた。
見事な絵だった。光があると思えば光を描き、暗いと思えば影を描く。かぼちゃの素朴な感じと、彼の光の捉え方で、その絵は絵手紙とも違う、気取った絵でもなく、独特の三崎の絵だという存在感を醸し出していた。
片付けをする三崎に、坂木は話しかけた。
「いつから絵は描いている」
「僕は幼稚園の頃から絵を描くのが好きです。それからかなあ」
「あの絵をどうするんだ」
「家に帰って、飾ります」
「くれないか」
「え?」
三崎の大きな黒い目が坂木を見た。
「あの絵、欲しいんだ」
坂木は、頼む、と頭を下げた。
一瞬、絵画教室内視線が二人に集まる。
「もちろん、いいですよ。僕の絵でよかったら……」
三崎は照れくさそうに言った。
二人は帰りの電車に乗って、駅の改札口で別れた。
三崎は、何も言わなかった。坂木が電車に飛び込みそうだったことを。
俺も、彼のような絵が描けたら。
手に持ったかぼちゃの絵を見る。
かぼちゃは光を受けて、暗く、明るく輝いていた。
クリップボードにコピーしました