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たとえ未来が同じでも

#16

16話

文化祭当日の朝。
校舎に足を踏み入れた瞬間、空気がいつもとまるで違っていた。ざわざわとした騒がしさと、どこか浮き立ったような熱気が肌を撫でる。
「うわぁ……」
思わず小さく呟いた私の隣で、胡桃がくすっと笑う。
「いよいよだね、文化祭。」
「うん。ほんとに、今日なんだね……。」
緊張してるのか、楽しみなのか。心の中がふわふわして、うまく整理がつかない。
教室のドアを開けると、すでに何人かが来ていて、それぞれ準備に取り掛かっていた。衣装を整える子、台詞をブツブツ唱えている子、小道具を確認している子。
「おーっす、神奈ぁ!今日も頼りにしてっからなー!」
元気すぎる声で颯人が背中を叩いてきた。
「いったぁ……!あんた、今日は舞台に出るんだから落ち着きなさいよ。」
「へへっ、でもテンション上がるだろ!文化祭だぞ、ぶ・ん・か・さ・い!」
「……うるさい。」
真横から健気がぼそっと低い声を漏らすと、颯人が肩をすくめて笑った。
そのやりとりに、教室にいた何人かもクスクスと笑っていた。
「あ、神奈ちゃん。台本、もう一度確認してもいい?」
絢が手にしたバスケ部の雑誌を机に置いて、私に声をかけてきた。
「うん、大丈夫。はい、これ。」
私は印刷してまとめておいた台本の束を手渡した。
「ありがと。何回も読んでるはずなのに、やっぱり今日ってなるとちょっと緊張するね。」
「でも、動物の登場シーンもバッチリだし、大丈夫だよ。」
私は窓の外を見ながら、小さく息を吐いた。
グラウンドの裏で控えているうさぎや犬、鳥たちは、朝からしっかり調教済み。胡桃と絢がアフレコ担当だから、タイミングもちゃんと合わせてある。
「ねぇ、神奈。」
健気がいつもの眼鏡をポケットにしまいながら、私の方に近づいてきた。
「なんか、今日の君、いつもより頼もしいよ。」
「そ、そうかな……?」
「うん。いつもすごいけど、今日は特に。」
「そ、そう……ありがとう。」
素直に受け取ればいいのに、なんだか恥ずかしくて、視線を逸らしてしまった。
その時、教室の扉が開き、担任の先生が顔を覗かせた。
「みんな、そろそろ体育館に移動して準備して。舞台の幕が開くのはあと一時間だよ。」
「はーい!」
ざわざわしていた教室が一気に慌ただしくなり、衣装や小道具を持って移動を始める。
私も脚本を胸に抱えて、ゆっくりと立ち上がった。
体育館の裏手。
舞台の幕はまだ閉じたまま。けれど、その向こうから聞こえる観客のざわめきが、じんわりと緊張感を煽ってくる。
「……はぁ、緊張するぅ……」
胡桃が手を胸の前で合わせて、深呼吸していた。
「大丈夫だよ。全部練習通りにやれば、うまくいくって。」
私は小さく微笑みながら、みんなの顔を見渡す。
颯人も、健気も、絢も、千鶴も、緊張しながらもそれぞれに準備を進めていた。
「幕、開けまーす!」
スタッフの声が聞こえ、私たちは各自の位置に散っていった。

——幕が開いた。
まぶしいライトが、目の前を真っ白にする。
目を細めながら、私は一歩前に出た。
静まり返った体育館には、舞台のきしむ音すらも響き渡る。
ナレーションが流れる。
穏やかな、でもどこか神秘的な声。語り部は健気。
「これは、遠い昔……とある村に住む、一人の少女のお話です。」
照明が落ち着き、舞台には木々と、苔むした小道。
私が演じる“ツキ”は、その中で静かに佇んでいる。
口を開かない少女。
言葉が話せず、人との会話ができない。
でも、森の中では笑っていた。
動物たちの言葉が、彼女には聞こえる。
「ツキー!」
胡桃がアフレコを担当する、ウサギの声が響く。
実際にステージ横からひょっこり出てきた白いウサギが、ぴょこぴょこと舞台の上を跳ねた。
「今日も遊ぼーっ!」
客席から、どよめきが起きる。
本物の動物が、演劇の中で演じている。
その新鮮さに、みんな目を奪われているようだった。
私はツキとして、ウサギのあとを笑顔で追いかける。
何も話さず、ただ笑う。
言葉がなくても、通じ合えることがある——そう伝えるように。
他の動物たちも登場し、舞台の森がにぎやかになっていく。
絢のアフレコでキツネが「こっちだよー!」と声をあげると、ウサギが跳ねてそれに続く。
ツキもそのあとを追い、舞台の端から端まで走る。
歓声が、舞台の向こうから聞こえる。
成功してる。みんなちゃんとやれてる。
でも、次のシーンで空気は一変する。
照明がゆっくりと暗転していき、
健気のナレーションがまた語り始めた。
ナレーション(健気):
「動物たちと仲良く話す日々。けれど、その平和は、長くは続きませんでした。」
音楽が止まり、
照明がにわかにざわつき始める。
空の映像が、プロジェクターで投影された舞台奥のスクリーンに映る。
ナレーション(健気):
「天の上では、神々が争っていました。
世界の秩序を巡る、大きな戦い。
それはやがて、地上へと、災いをもたらすことになります。」
絢が担当する雷の神と、他のクラスメイトたちが演じる火や風の神が、
舞台奥の高台でぶつかり合う。
衣装も凝っていて、ちゃんと神様っぽく見えた。
雷が鳴り、火花が散る演出。
颯人が担当した演出チームの本気が伝わってくる。
ナレーション(健気):
「その余波で、空から巨大な隕石が——」
ドンッ!!!!
巨大な音とともに照明が赤く染まり、煙が舞い上がる。
動物たちが、次々に倒れていく。
舞台上の動きが止まり、命が消えたことを暗示する静寂。
私はツキとして、ぽつんと中央に立ち尽くす。
動かない。声も出さない。
ナレーション(健気):
「一瞬の出来事でした。
森は焼け、村は消え、命は失われました。
ツキは、ただひとり、生き残ったのです。」
私はそっと膝をつき、両手を床につけて震える。
そのまま、ピクリとも動かなくなる。
まるで銅像のように——
“心を失った”ことを演技で見せる。
音楽も照明も止まり、
しばらく、舞台上に沈黙が落ちる。
そして——
ナレーション(健気):
「しばらくして、ツキは救助され、保護されました。
けれど——話せない彼女を、誰も理解しようとはしませんでした。」
舞台には、新しいセットが現れる。
“仮設住宅”のような簡素な家。
その中に座るツキ。
周囲には、白衣を着た大人たちや、子ども役のクラスメイトたちが登場。
「え、この子、喋れないの?」
「やだ、気味悪い……」
「動物と話してたって……妄想でしょ?」
冷たいセリフが飛び交う中で、
私はツキとして何も言わず、
ただ視線を伏せて、膝を抱えた。
ナレーション(健気):
「誰にも必要とされず、誰からも声をかけられず。
ツキの心は、また凍りついていきました。」
舞台袖に現れるのは、月の上に座る白いうさぎ。
スポットライトが静かに照らす。
彼は、じっとツキを見下ろしながら、そっとつぶやく。
胡桃(アフレコ・ウサギ役):
「君は、優しい子だ。
誰よりも孤独で、誰よりも強い。
、、よく頑張ったね。
そんな偉い君には、1つ、能力を授けよう。
……“それ”が、君の居場所になることを願っているよ。」
そのセリフに、光が包み込む演出。
ツキの周りがゆっくりと白く染まり、
ステージは「月の上」のセットへと切り替わる。
ナレーション(健気):
「気づくと、ツキは月にいました。
息もできる、不思議な世界。
そこには、もういないはずの動物たちが——」
動物たちが、月の岩陰から一匹ずつ現れる。
「ツキ……」
「会いたかった……」
「もう一度、君に……」
絢がアフレコでキツネの声を重ねる。
絢(アフレコ):
「……ツキ、おかえり。」
ツキは驚きと喜びでいっぱいの表情を浮かべて、
顔をくしゃくしゃにして泣きながら微笑む。
絢(アフレコ:鳥役)
「やっぱり、ウサギさんは、ずっと君のことを見てたんだよ。」
「よかったね、ツキ」
ナレーション(健気):
「後にツキは、動物たちから聞きました。
今、ここにツキがいるのは1匹のウサギのおかげだということ。
そして、そのウサギは、自分の命と引き換えに、ツキに力を与えたのだということを。」
照明がふっと落ち、月の高台に白ウサギがもう一度だけ映る。
彼はもう動かない。
ただ、優しく見守っているように微笑んでいた。
ツキはそっと目を閉じる。
手を胸に当て、深くうなずいた。
ナレーション(健気):
「ツキは思いました。
“どうして、私のような者に……”
その理由を、ずっと考えて——
そして、決めました。」
舞台が転換し、世界地図のような背景。
様々な人たちが、ツキの力によって救われる演出。
(クラスメイトたちが代わる代わる演じる)
目の見えない子に話しかけて励ますツキ。
孤独な老人にそっと寄り添うツキ。
貧しい村に水を引いてあげるツキ。
——“月の力”を通じて、“地上”の心を救う姿。
ナレーション(健気):
「ツキは、他者を救い続けました。
孤独な人に居場所を。
哀しみを抱える人に、微笑みを。
その心が、天の神々の心を打ったのです。」
颯人たちが演じる神々が、
ツキの頭上に光を差す演出。
ナレーション(健気):
「ツキは、命と優しさをつなぐ、月の神として——
この空の上に、今もそっと座っています。」
照明が徐々に落ちていき、
最後、月の上にちょこんと座るツキの姿だけが残される。
微笑みながら、そっと手を振る、ツキの姿が。
——劇、終幕。

2025/10/27 15:46

彩り豊かな小説を
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