中学校の入学式が終わった帰り道。
私は、小学校からの大親友・杠葉胡桃(ゆずりはくるみ)と一緒に歩いていた。
新しい制服はまだ少し肩がこそばゆくて、リボンの結び目もいまいちしっくりこない。
それでも、鏡の前で何度も確認した今朝の自分は、少しだけ背筋が伸びて見えた気がする。
「ねえ神奈(かんな)、担任の先生ちょっと堅そうじゃなかった?」
胡桃が、スカートの裾をつまみながら言った。
「うん、たしかに。でも話し方は優しかったし、意外と面白い先生かも」
私がそう言うと、胡桃は「ふふ、そうかもね」と笑った。
今日は家族がそれぞれ用事で不在だったから、家まで一緒に帰るのは私と胡桃だけ。
通学路ではないけど、近くのスーパーや図書館に行くときに何度も通った、よく知っている道を選んだ。
桜並木の下を、制服姿で並んで歩く。
春の風がすこし冷たくて、でもやわらかくて、どこか安心する匂いがした。
「ついに中学生かあ……なんか変な感じする」
胡桃が空を見上げながらつぶやいた。
「わかる。でも、楽しみだね」
私はそう言って、ひとつ深呼吸をする。
この先に待っている毎日は、どんな景色なんだろう。
やがて、歩道の先にある横断歩道に差しかかった。
信号はなかったけれど、何度も通っている道だから、私はつい足を止めずに歩き出してしまった。
「神奈、ちょっと――!」
胡桃の声が背中にかかった瞬間。
「ギュッ……」
ブレーキ音が響いた。
私は咄嗟に目をぎゅっと閉じる。
……
しばらく目を瞑っていたが、なかなか痛みが来ない。
おそるおそる目を開けると、私は歩道に立っていた。
肩には、誰かの手が優しく添えられている。
顔を上げると、見知らぬスーツ姿の男性が私を見つめていた。
穏やかな目をしていて、微笑みながら「大丈夫?」とだけ言った。
「あ、はい……ありがとうございます」
私は慌てて頭を下げた。
その人は軽く頷くと、何も言わずに歩き出して、すっと人混みにまぎれていった。
「神奈!!」
胡桃が駆け寄ってくる。
顔を真っ青にして、息を切らしていた。
「……うん、大丈夫。誰かが……助けてくれた」
自分でも、よくわからない。けど、確かにあのとき、何かに引き戻されたような感覚があった。
「も〜〜ほんと勘弁してよ。入学式初日で事故ったらシャレになんないよ?」
「……ほんと、それね」
私が笑うと、胡桃も安心したように頷いた。
「もう〜、せっかく楽しい気分だったのに、びっくりさせないでよね」
「ごめんってば。……明日からはちゃんと気をつけるよ」
そう言いながら、私はもう一度制服のリボンを直した。
春風がふわりと吹いて、胡桃の髪が揺れる。
「ねえ、帰りにコンビニ寄っていかない? 新しいお菓子出てたんだって」
「いいね。お母さんに頼まれてた牛乳も買わなきゃだし」
いつもの、たわいない会話。
道の端を歩きながら、私たちはふたり並んで歩き出した。
あたたかい午後の日差しの中で、見慣れた街の景色が、ゆっくりと後ろへ流れていく。
春は、始まったばかりだった。
私は、小学校からの大親友・杠葉胡桃(ゆずりはくるみ)と一緒に歩いていた。
新しい制服はまだ少し肩がこそばゆくて、リボンの結び目もいまいちしっくりこない。
それでも、鏡の前で何度も確認した今朝の自分は、少しだけ背筋が伸びて見えた気がする。
「ねえ神奈(かんな)、担任の先生ちょっと堅そうじゃなかった?」
胡桃が、スカートの裾をつまみながら言った。
「うん、たしかに。でも話し方は優しかったし、意外と面白い先生かも」
私がそう言うと、胡桃は「ふふ、そうかもね」と笑った。
今日は家族がそれぞれ用事で不在だったから、家まで一緒に帰るのは私と胡桃だけ。
通学路ではないけど、近くのスーパーや図書館に行くときに何度も通った、よく知っている道を選んだ。
桜並木の下を、制服姿で並んで歩く。
春の風がすこし冷たくて、でもやわらかくて、どこか安心する匂いがした。
「ついに中学生かあ……なんか変な感じする」
胡桃が空を見上げながらつぶやいた。
「わかる。でも、楽しみだね」
私はそう言って、ひとつ深呼吸をする。
この先に待っている毎日は、どんな景色なんだろう。
やがて、歩道の先にある横断歩道に差しかかった。
信号はなかったけれど、何度も通っている道だから、私はつい足を止めずに歩き出してしまった。
「神奈、ちょっと――!」
胡桃の声が背中にかかった瞬間。
「ギュッ……」
ブレーキ音が響いた。
私は咄嗟に目をぎゅっと閉じる。
……
しばらく目を瞑っていたが、なかなか痛みが来ない。
おそるおそる目を開けると、私は歩道に立っていた。
肩には、誰かの手が優しく添えられている。
顔を上げると、見知らぬスーツ姿の男性が私を見つめていた。
穏やかな目をしていて、微笑みながら「大丈夫?」とだけ言った。
「あ、はい……ありがとうございます」
私は慌てて頭を下げた。
その人は軽く頷くと、何も言わずに歩き出して、すっと人混みにまぎれていった。
「神奈!!」
胡桃が駆け寄ってくる。
顔を真っ青にして、息を切らしていた。
「……うん、大丈夫。誰かが……助けてくれた」
自分でも、よくわからない。けど、確かにあのとき、何かに引き戻されたような感覚があった。
「も〜〜ほんと勘弁してよ。入学式初日で事故ったらシャレになんないよ?」
「……ほんと、それね」
私が笑うと、胡桃も安心したように頷いた。
「もう〜、せっかく楽しい気分だったのに、びっくりさせないでよね」
「ごめんってば。……明日からはちゃんと気をつけるよ」
そう言いながら、私はもう一度制服のリボンを直した。
春風がふわりと吹いて、胡桃の髪が揺れる。
「ねえ、帰りにコンビニ寄っていかない? 新しいお菓子出てたんだって」
「いいね。お母さんに頼まれてた牛乳も買わなきゃだし」
いつもの、たわいない会話。
道の端を歩きながら、私たちはふたり並んで歩き出した。
あたたかい午後の日差しの中で、見慣れた街の景色が、ゆっくりと後ろへ流れていく。
春は、始まったばかりだった。