教室のドアを開けると、今日もいつものざわめきが広がっていた。
誰も私には気づかない。いや、たぶん気づいていても“いないふり”をしてる。
そんなの、とっくに慣れている。はずだった。
でも、今日の私は少し違う。
昨日、天海さんと“たぶん“目が合った。
それだけのことで、私は朝からそわそわしていた。
髪をとかしてみたり、制服の襟を直してみたり、普段なら気にもしないことがやけに気になる。
きっと、無駄だ。そんなことで何かが変わるはずがない。
でも、何かを変えたかった。いや、変え“たい”と思ってしまった。
天海さんは、今日も窓際の席に座っていた。
本を読んでいる。いつもの姿。
静かで、誰とも話していないのに、教室の喧騒から浮いていない。
私はというと、浮いているというより、最初から“そこにいない”みたいな存在で――
そんなことを考えながら、私はゆっくりと席に着いた。
--------------------
一限目の授業が始まったが、内容はほとんど頭に入ってこなかった。
ノートはとっているけど、文字だけが並ぶ。意味は残らない。
頭の中では、天海さんのことがぐるぐる回っていた。
(昨日、本当に目が合ってたんだろうか)
(もしかして気のせいだったのかも)
(……いや、あの感じは……)
そのときだった。
パサ、と音がして視界の端に何かが落ちた。
教科書の間から、誰かのプリントが滑り落ちてきたらしい。
床を見ると、それは前の席の子のプリントだった。
私はすぐに気づいた。
でも、その子は気づいていない。
手を伸ばせば、拾える距離。
……渡すべきか?
そんな当たり前の判断が、私にはできない。
(喋ったら、また嫌な顔されるかもしれない)
(拾っただけで睨まれるかもしれない)
でも、昨日決めたはずだ。
小さくてもいい。少しずつでいい。何かを変えるって。
私は、手を伸ばした。
そして、そっとプリントを拾い、震える手で前の子の背中を軽く突いた。
「……お、落ちて……た……」
声が、喉の奥でつかえて、思ったより小さく、かすれていた。
でも、その子は私の声に気づいて振り返った。
「あっ……ありがと……」
小さな声だったけど、確かに言われた。
驚いた顔。けれど、それだけで終わった。
笑われなかった。睨まれなかった。
それだけのことで、胸がぎゅうっと苦しくなった。
なんだこれ……
こんなことで、嬉しいって思うなんて。
私はどれだけ、誰かの言葉に飢えてたんだろう。
でも、嬉しかった。
だから、ちゃんと記録しようって思った。
---------------------
昼休み。
今日は教室に少しだけ残ってみることにした。
いつもなら逃げるように屋上へ向かうのに、今日はなんとなく、ここにいてみたくなった。
誰も私に話しかけないし、相変わらず私は空気のような存在だ。
だけど、“さっき少しだけ喋れた”という事実が、私の中の何かを支えていた。
そのとき、不意に横から誰かが通り過ぎた。
本を持った手。静かな足音。
――天海さん、だった。
彼女は私の横を通り過ぎる瞬間、ふと立ち止まって、こちらをちらっと見た。
目が合った……ような気がした。
私は、とっさに目を逸らしてしまった。
でも、次の瞬間にはもう彼女の背中しか見えなかった。
本を開いたまま、静かに自分の席に戻っていく後ろ姿。
言葉も交わしてないし、何も起きてない。
ただそれだけのことなのに、胸がざわざわしている。
“天海さんは、私の存在を知っている”――そんな風に思ってしまったのは、たぶん私の勝手な勘違いなんだろうけど。
でも、それでもいい。
勘違いでも、希望でも、今の私には必要だから。
-------------
帰り道、曇った空の下を歩きながらスマホを取り出す。
今日も、メモを開いて、書き残す。
---------------------------
【100日後に死ぬ私 3日目】
今日は、プリントを拾って渡した。
前の席の子に。話しかけた。返事をもらった。
それだけで、泣きそうになるなんて、馬鹿みたいだ。
昼休み、天海さんとすれ違った。
目が合ったかどうかは、わからない。
でも、あの子はきっと――いや、もしかしたら、だけど――
私を“見てる”。
明日も、喋れるといい。
もっとちゃんと、声が出せるといい。
------------------
明日が、ほんの少しだけ待ち遠しい。
死までのカウントダウンが、私を少しだけ“生きさせている”。
------------------
[大文字]残り97日。
誰も私には気づかない。いや、たぶん気づいていても“いないふり”をしてる。
そんなの、とっくに慣れている。はずだった。
でも、今日の私は少し違う。
昨日、天海さんと“たぶん“目が合った。
それだけのことで、私は朝からそわそわしていた。
髪をとかしてみたり、制服の襟を直してみたり、普段なら気にもしないことがやけに気になる。
きっと、無駄だ。そんなことで何かが変わるはずがない。
でも、何かを変えたかった。いや、変え“たい”と思ってしまった。
天海さんは、今日も窓際の席に座っていた。
本を読んでいる。いつもの姿。
静かで、誰とも話していないのに、教室の喧騒から浮いていない。
私はというと、浮いているというより、最初から“そこにいない”みたいな存在で――
そんなことを考えながら、私はゆっくりと席に着いた。
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一限目の授業が始まったが、内容はほとんど頭に入ってこなかった。
ノートはとっているけど、文字だけが並ぶ。意味は残らない。
頭の中では、天海さんのことがぐるぐる回っていた。
(昨日、本当に目が合ってたんだろうか)
(もしかして気のせいだったのかも)
(……いや、あの感じは……)
そのときだった。
パサ、と音がして視界の端に何かが落ちた。
教科書の間から、誰かのプリントが滑り落ちてきたらしい。
床を見ると、それは前の席の子のプリントだった。
私はすぐに気づいた。
でも、その子は気づいていない。
手を伸ばせば、拾える距離。
……渡すべきか?
そんな当たり前の判断が、私にはできない。
(喋ったら、また嫌な顔されるかもしれない)
(拾っただけで睨まれるかもしれない)
でも、昨日決めたはずだ。
小さくてもいい。少しずつでいい。何かを変えるって。
私は、手を伸ばした。
そして、そっとプリントを拾い、震える手で前の子の背中を軽く突いた。
「……お、落ちて……た……」
声が、喉の奥でつかえて、思ったより小さく、かすれていた。
でも、その子は私の声に気づいて振り返った。
「あっ……ありがと……」
小さな声だったけど、確かに言われた。
驚いた顔。けれど、それだけで終わった。
笑われなかった。睨まれなかった。
それだけのことで、胸がぎゅうっと苦しくなった。
なんだこれ……
こんなことで、嬉しいって思うなんて。
私はどれだけ、誰かの言葉に飢えてたんだろう。
でも、嬉しかった。
だから、ちゃんと記録しようって思った。
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昼休み。
今日は教室に少しだけ残ってみることにした。
いつもなら逃げるように屋上へ向かうのに、今日はなんとなく、ここにいてみたくなった。
誰も私に話しかけないし、相変わらず私は空気のような存在だ。
だけど、“さっき少しだけ喋れた”という事実が、私の中の何かを支えていた。
そのとき、不意に横から誰かが通り過ぎた。
本を持った手。静かな足音。
――天海さん、だった。
彼女は私の横を通り過ぎる瞬間、ふと立ち止まって、こちらをちらっと見た。
目が合った……ような気がした。
私は、とっさに目を逸らしてしまった。
でも、次の瞬間にはもう彼女の背中しか見えなかった。
本を開いたまま、静かに自分の席に戻っていく後ろ姿。
言葉も交わしてないし、何も起きてない。
ただそれだけのことなのに、胸がざわざわしている。
“天海さんは、私の存在を知っている”――そんな風に思ってしまったのは、たぶん私の勝手な勘違いなんだろうけど。
でも、それでもいい。
勘違いでも、希望でも、今の私には必要だから。
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帰り道、曇った空の下を歩きながらスマホを取り出す。
今日も、メモを開いて、書き残す。
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【100日後に死ぬ私 3日目】
今日は、プリントを拾って渡した。
前の席の子に。話しかけた。返事をもらった。
それだけで、泣きそうになるなんて、馬鹿みたいだ。
昼休み、天海さんとすれ違った。
目が合ったかどうかは、わからない。
でも、あの子はきっと――いや、もしかしたら、だけど――
私を“見てる”。
明日も、喋れるといい。
もっとちゃんと、声が出せるといい。
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明日が、ほんの少しだけ待ち遠しい。
死までのカウントダウンが、私を少しだけ“生きさせている”。
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[大文字]残り97日。