「君は、あと……おそらく、百日。百日くらいだと思います」
医者の口ぶりはやけに淡々としていた。
まるで、天気予報でも聞かされているような気分だった。
私は黙って頷いた。
泣きもしなかったし、怒りもしなかった。
そうする感情が、出てこなかった。
たぶん私は、最初から人生なんて終わっていたんだ。
親に殴られる日々。
ごはんの時間は、怒号と暴力の時間だった。
外に逃げても、学校では「気持ち悪い」「喋ったら呪われそう」と笑われた。
いつしか「疫病神」というあだ名がついて、みんなが私を避けるようになった。
笑ったことなんて、一度もない。
“笑われること”は、何度もあったけど。
先生たちは見て見ぬふり。
それが社会なんだと、子供ながらに悟った。
それでも――。
あと100日で終わるなら、
私のことを、少しでも“知って”もらってから死にたいと思った。
何かひとつでも、誰かひとりでも。
私のことを、「可哀想」でも「変なやつ」でもなく、
“ちゃんとした人間”として見てくれる人がいたら――
初めて、「笑う」ってことができると思う。
------------------------------------
朝の教室は、ざわざわとした喧騒で満ちていた。
私がドアを開けた瞬間、その空気がほんの少しだけ変わる。
目の端で、数人が私をちらっと見て、すぐに視線を逸らす。
いつものことだ。
私の姿を見ると、教室の空気が少しだけ冷たくなる。
私は無言で、窓際の席に座った。
バッグを机の横にかけ、カバンの中から筆箱を出す。
全部、機械的な動き。
それでも、今日は少し違う。
私は――喋ろうと思っていた。
席の前の女子が、ノートを取り出している。
クラスで特に目立つタイプではないけど、いつも一人で読書をしていて、私と同じ“目立たない”側の人間。
……それでも、私とは違って、ちゃんと「人間」として認識されている人。
喉が渇く。声を出すのが怖い。
だって、私が声を出すと、笑われるか、気持ち悪がられるか、無視されるか――。
でも、でも。
私はもう、100日しかない。
たった一言だけ。声をかけてみるだけ。
それくらいで、何が変わるわけじゃないかもしれないけど――
それでも、やってみたかった。
勇気を振り絞る。
胃がねじれるような感覚。心臓が、ドクドクと不自然なほどに早く打っている。
口が乾いて、舌が引っかかる。
それでも、私は――言った。
「……あの……」
声になっていなかった。蚊の鳴くような声。
彼女は、反応しなかった。聞こえていなかったのか、それとも――
「…………」
……違う。違った。
彼女は、肩をすくめて、少しだけ身を引いた。
ほんの数センチ。でも、それが全部だった。
ああ、私はやっぱり――気持ち悪いんだ。
--------------------------------
昼休み、誰とも目を合わせずに、私は屋上に向かった。
人が来ない場所。風の音だけが聞こえる。
ポケットからスマホを取り出す。
カメラを開いて、自撮りモードにしてみた。
画面の中の私は、ぼさぼさの髪、青白い顔、死んだ目。
服はくたびれていて、袖口には縫い目のほつれ。
まるで幽霊みたいだった。
「……こんな私、誰が好きになるのさ」
画面越しの自分に、問いかけた。
当然、返事はない。
私は画面を閉じ、スマホのメモ帳を開いた。
【100日後に死ぬ私 1日目】
初めて、自分から声をかけようとした。
失敗した。
きっと、声も震えてたし、気持ち悪かったんだろう。
それでも、自分なりに頑張ったつもり。
今日は0点。
でも、0点からしか始められない人間だっている。
次は、もう少しだけ声を大きく出せたらいい。
-------------------------------
風が、空っぽの教室みたいに吹き抜けていった。
私は、屋上のフェンスに手をかけて空を見上げた。
あと99日。
この世界に、自分の形を少しでも残せるのだろうか。
医者の口ぶりはやけに淡々としていた。
まるで、天気予報でも聞かされているような気分だった。
私は黙って頷いた。
泣きもしなかったし、怒りもしなかった。
そうする感情が、出てこなかった。
たぶん私は、最初から人生なんて終わっていたんだ。
親に殴られる日々。
ごはんの時間は、怒号と暴力の時間だった。
外に逃げても、学校では「気持ち悪い」「喋ったら呪われそう」と笑われた。
いつしか「疫病神」というあだ名がついて、みんなが私を避けるようになった。
笑ったことなんて、一度もない。
“笑われること”は、何度もあったけど。
先生たちは見て見ぬふり。
それが社会なんだと、子供ながらに悟った。
それでも――。
あと100日で終わるなら、
私のことを、少しでも“知って”もらってから死にたいと思った。
何かひとつでも、誰かひとりでも。
私のことを、「可哀想」でも「変なやつ」でもなく、
“ちゃんとした人間”として見てくれる人がいたら――
初めて、「笑う」ってことができると思う。
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朝の教室は、ざわざわとした喧騒で満ちていた。
私がドアを開けた瞬間、その空気がほんの少しだけ変わる。
目の端で、数人が私をちらっと見て、すぐに視線を逸らす。
いつものことだ。
私の姿を見ると、教室の空気が少しだけ冷たくなる。
私は無言で、窓際の席に座った。
バッグを机の横にかけ、カバンの中から筆箱を出す。
全部、機械的な動き。
それでも、今日は少し違う。
私は――喋ろうと思っていた。
席の前の女子が、ノートを取り出している。
クラスで特に目立つタイプではないけど、いつも一人で読書をしていて、私と同じ“目立たない”側の人間。
……それでも、私とは違って、ちゃんと「人間」として認識されている人。
喉が渇く。声を出すのが怖い。
だって、私が声を出すと、笑われるか、気持ち悪がられるか、無視されるか――。
でも、でも。
私はもう、100日しかない。
たった一言だけ。声をかけてみるだけ。
それくらいで、何が変わるわけじゃないかもしれないけど――
それでも、やってみたかった。
勇気を振り絞る。
胃がねじれるような感覚。心臓が、ドクドクと不自然なほどに早く打っている。
口が乾いて、舌が引っかかる。
それでも、私は――言った。
「……あの……」
声になっていなかった。蚊の鳴くような声。
彼女は、反応しなかった。聞こえていなかったのか、それとも――
「…………」
……違う。違った。
彼女は、肩をすくめて、少しだけ身を引いた。
ほんの数センチ。でも、それが全部だった。
ああ、私はやっぱり――気持ち悪いんだ。
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昼休み、誰とも目を合わせずに、私は屋上に向かった。
人が来ない場所。風の音だけが聞こえる。
ポケットからスマホを取り出す。
カメラを開いて、自撮りモードにしてみた。
画面の中の私は、ぼさぼさの髪、青白い顔、死んだ目。
服はくたびれていて、袖口には縫い目のほつれ。
まるで幽霊みたいだった。
「……こんな私、誰が好きになるのさ」
画面越しの自分に、問いかけた。
当然、返事はない。
私は画面を閉じ、スマホのメモ帳を開いた。
【100日後に死ぬ私 1日目】
初めて、自分から声をかけようとした。
失敗した。
きっと、声も震えてたし、気持ち悪かったんだろう。
それでも、自分なりに頑張ったつもり。
今日は0点。
でも、0点からしか始められない人間だっている。
次は、もう少しだけ声を大きく出せたらいい。
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風が、空っぽの教室みたいに吹き抜けていった。
私は、屋上のフェンスに手をかけて空を見上げた。
あと99日。
この世界に、自分の形を少しでも残せるのだろうか。