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指輪と私とランドリー
__________
結婚指輪を、洗濯してしまった。
いや、正確にいうと 結婚指輪をズボンのポケットに入れたまま コインランドリーで洗濯してしまったのだが。
まあ結婚指輪を無くさなかったことが不幸中の幸いか、と思った。
「あちゃぁー...。これどうするかなぁ...。」
びちょびちょに濡れた指輪を眺めながら呟く。
僕は普段、指輪をつけるタイプでは無い。しかし、やむを得ない状況だったのだ。
昨日は友人の結婚式だった。結婚式と言われてしまえば結婚している僕は、結婚指輪をつけざるを得ない。
何故かは知らないが、日本は一般的にそうすることが多い気がする(これはあくまで僕の考えだが)。
そして結婚式が終わった後、結婚指輪をつけるという義務から解放された僕は、ズボンのポケットに結婚指輪を入れた。
「恵梨香、怒るかな...。」
”恵梨香”とは僕の妻の名前だ。
彼女はアクセサリーが好きで、僕がアクセサリーを触るたびに何かと注意してくる。
酸がどうだとか、色がくすむだとか。それが本当なのかは僕には分からないし、分かるわけがないと思う。
とにかく彼女は結婚指輪が濡れたと知ったら、きっと「錆がつく」とでも言って怒ってくるだろう。
もしこの結婚指輪が鉄で出来ていた暁には、一日二日は話を聞いてもらえないだろう。
だから僕はこの結婚指輪の素材を何か考えなければならない。
何故夫のお前がそれを知らないんだ、と言われたら、それは恵梨香が選んだからだ、としか説明ができない。
プロポーズをした後、僕は「一緒に結婚指輪を買いに行こう」と恵梨香を誘ったが、彼女は「私が一人で選ぶ」と言って聞かなかった。
きっと僕がアクセサリーに無頓着なことを知ってだろう。僕はこの結婚指輪が何のブランドなのかも分からない。
...結婚指輪のブランドさえ分かればそこから一気に素材を特定しやすくなる。
「せめてどこで買ったか分かれば...。」
「あ」思わず声が漏れる。
...レシート。そう、レシートだ。
恵梨香は昔からアクセサリーのレシートをアクセサリーの入った箱の中に取っておいておくクセがあった。
彼女に理由を聞けば、「アクセサリーを買ったときの思い出が詰まっているから」との事だった(僕には到底理解できない行動だが)。
そのレシートが沢山入った箱が見つかればかなり楽になる。
そうと決まれば早く家に帰ろう。そう思って立ち上がった瞬間、ピーという音が目の前の洗濯機から鳴り響く。
どうやら二回目の洗濯が終わったようだった。
忘れていた、ここはコインランドリーだ。
洗濯機の蓋を開け、持ってきていた籠に洗濯物を移していく。
結婚指輪と僕の行く先を考えながら、丁寧に一枚一枚畳んで籠へ入れた。
__________
「ただいまー...。」
家の扉を開ける。やはり恵梨香は仕事でまだ帰ってきていないようだった。
手を洗い、うがいをしてから洗濯物を片付ける。
恵梨香がいないのは好都合だ。結婚指輪の素材が分かり次第、僕で何事も無かったかのように証拠隠滅をしてしまえばいいのだから。
...しかし、恵梨香はアクセサリーに対して物凄く敏感だ。前に彼女のネックレスを触った後に傷が一つついてしまったのにも あっさりと気付いた。
バレた場合はうまく誤魔化そう。そう思いながらYシャツをハンガーにとおした。
__________
「あった。」
ガチャガチャと棚を漁る。思ったより奥の方から綺羅びやかなジュエリーボックスが出てきた。
...きっと奥においた理由は、地震のときに落ちるのが嫌だったとかそんなものだろう。
パカッとボックスの蓋を開ける。
「は?」
思わず声が出た。
...中に入っていたのは、アクセサリーでもレシートでもなく、数十枚の請求書だった。
手に汗が滲む。一体恵梨香が何をしていたと言うのだ。
震える手で請求書を取り出して 目を通す。
どうやら、請求元はホストクラブのようだった。
しかも請求書は三年前のものから先月のものまであった。
これが意味することは、恵梨香は三年前_____僕と結婚する前から、たったの先月まで、ずっとホストクラブに借金をしていたということだ。
とある請求書にはお世辞にも綺麗とは言えない字体で、「エリカはいつもアクセサリーをオレにくれるから多めに見てやるよ」とだけ書かれていた。
「嘘だろ...?」
信じられない、恵梨香は僕と結婚して居るのにも関わらず、内緒でホストクラブに通っていたということなのか。
そこで全て意味が変わっていくのを感じた。
彼女が沢山のアクセサリーを買っていたのは全て、ホストに貢ぐためだったのでは無いか。
アクセサリーに傷がつくと彼女が怒るのは、ホストに貢ぐものだったからのでは無いか。
彼女が結婚指輪を一人で買いに行ったのは、その店の常連だということがバレないようにするためでは無いか。
レシートを取っていたのは、彼女がいくらホストに貢いだか、分かるようにしておくためだったのでは無いか。
ジュエリーボックスを奥に入れておいたのは、僕にこの請求書がバレないようにするためだったのでは無いか。
「そういう事だったのか...?」
そこで僕は、ジュエリーボックスの底にまだ一枚の紙があることに気付く。
その紙は請求書と比べてやけに可愛らしいピンク色で、ハートの柄が施されていた。
僕は紙を手に取る。
「...婚姻、届...。」
声が、震えた。そこに入っていたのはそう、僕と恵梨香の婚姻届だったからだ。
そこにはしっかりと、「佐藤 裕太」「木村 恵梨香」と書かれていた。
...僕は生涯で、一度しか婚姻届を書いたことがない。恵梨香との婚姻届のみである。
「はははは、」
乾いた笑い声が唇から溢れた。
僕と恵梨香は、結婚すらしていなかったということだろうか。
なら僕と恵梨香の関係も、この婚約指輪も、今までの生活も、一体何だったのだろうか。
恵梨香は僕のことを「ただの金ヅル」としか思っていなかったのだろうか。
僕の恵梨香へのこの気持ちは、どうすれば良かったのだろうか。
そこにあったのは、嘘を吐かれたことに対しての怒りでも、裏切られたことでの悲しみでもなく、ただひたすらの虚しさだけだった。
ガチャリ、ドアの鍵が開く。
「ただいまー」と言う恵梨香の声が聞こえる。
彼女がリビングに入る前に、僕はランドリーで洗った”ただの指輪”をゴミ箱に捨てた。
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指輪と私とランドリー
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結婚指輪を、洗濯してしまった。
いや、正確にいうと 結婚指輪をズボンのポケットに入れたまま コインランドリーで洗濯してしまったのだが。
まあ結婚指輪を無くさなかったことが不幸中の幸いか、と思った。
「あちゃぁー...。これどうするかなぁ...。」
びちょびちょに濡れた指輪を眺めながら呟く。
僕は普段、指輪をつけるタイプでは無い。しかし、やむを得ない状況だったのだ。
昨日は友人の結婚式だった。結婚式と言われてしまえば結婚している僕は、結婚指輪をつけざるを得ない。
何故かは知らないが、日本は一般的にそうすることが多い気がする(これはあくまで僕の考えだが)。
そして結婚式が終わった後、結婚指輪をつけるという義務から解放された僕は、ズボンのポケットに結婚指輪を入れた。
「恵梨香、怒るかな...。」
”恵梨香”とは僕の妻の名前だ。
彼女はアクセサリーが好きで、僕がアクセサリーを触るたびに何かと注意してくる。
酸がどうだとか、色がくすむだとか。それが本当なのかは僕には分からないし、分かるわけがないと思う。
とにかく彼女は結婚指輪が濡れたと知ったら、きっと「錆がつく」とでも言って怒ってくるだろう。
もしこの結婚指輪が鉄で出来ていた暁には、一日二日は話を聞いてもらえないだろう。
だから僕はこの結婚指輪の素材を何か考えなければならない。
何故夫のお前がそれを知らないんだ、と言われたら、それは恵梨香が選んだからだ、としか説明ができない。
プロポーズをした後、僕は「一緒に結婚指輪を買いに行こう」と恵梨香を誘ったが、彼女は「私が一人で選ぶ」と言って聞かなかった。
きっと僕がアクセサリーに無頓着なことを知ってだろう。僕はこの結婚指輪が何のブランドなのかも分からない。
...結婚指輪のブランドさえ分かればそこから一気に素材を特定しやすくなる。
「せめてどこで買ったか分かれば...。」
「あ」思わず声が漏れる。
...レシート。そう、レシートだ。
恵梨香は昔からアクセサリーのレシートをアクセサリーの入った箱の中に取っておいておくクセがあった。
彼女に理由を聞けば、「アクセサリーを買ったときの思い出が詰まっているから」との事だった(僕には到底理解できない行動だが)。
そのレシートが沢山入った箱が見つかればかなり楽になる。
そうと決まれば早く家に帰ろう。そう思って立ち上がった瞬間、ピーという音が目の前の洗濯機から鳴り響く。
どうやら二回目の洗濯が終わったようだった。
忘れていた、ここはコインランドリーだ。
洗濯機の蓋を開け、持ってきていた籠に洗濯物を移していく。
結婚指輪と僕の行く先を考えながら、丁寧に一枚一枚畳んで籠へ入れた。
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「ただいまー...。」
家の扉を開ける。やはり恵梨香は仕事でまだ帰ってきていないようだった。
手を洗い、うがいをしてから洗濯物を片付ける。
恵梨香がいないのは好都合だ。結婚指輪の素材が分かり次第、僕で何事も無かったかのように証拠隠滅をしてしまえばいいのだから。
...しかし、恵梨香はアクセサリーに対して物凄く敏感だ。前に彼女のネックレスを触った後に傷が一つついてしまったのにも あっさりと気付いた。
バレた場合はうまく誤魔化そう。そう思いながらYシャツをハンガーにとおした。
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「あった。」
ガチャガチャと棚を漁る。思ったより奥の方から綺羅びやかなジュエリーボックスが出てきた。
...きっと奥においた理由は、地震のときに落ちるのが嫌だったとかそんなものだろう。
パカッとボックスの蓋を開ける。
「は?」
思わず声が出た。
...中に入っていたのは、アクセサリーでもレシートでもなく、数十枚の請求書だった。
手に汗が滲む。一体恵梨香が何をしていたと言うのだ。
震える手で請求書を取り出して 目を通す。
どうやら、請求元はホストクラブのようだった。
しかも請求書は三年前のものから先月のものまであった。
これが意味することは、恵梨香は三年前_____僕と結婚する前から、たったの先月まで、ずっとホストクラブに借金をしていたということだ。
とある請求書にはお世辞にも綺麗とは言えない字体で、「エリカはいつもアクセサリーをオレにくれるから多めに見てやるよ」とだけ書かれていた。
「嘘だろ...?」
信じられない、恵梨香は僕と結婚して居るのにも関わらず、内緒でホストクラブに通っていたということなのか。
そこで全て意味が変わっていくのを感じた。
彼女が沢山のアクセサリーを買っていたのは全て、ホストに貢ぐためだったのでは無いか。
アクセサリーに傷がつくと彼女が怒るのは、ホストに貢ぐものだったからのでは無いか。
彼女が結婚指輪を一人で買いに行ったのは、その店の常連だということがバレないようにするためでは無いか。
レシートを取っていたのは、彼女がいくらホストに貢いだか、分かるようにしておくためだったのでは無いか。
ジュエリーボックスを奥に入れておいたのは、僕にこの請求書がバレないようにするためだったのでは無いか。
「そういう事だったのか...?」
そこで僕は、ジュエリーボックスの底にまだ一枚の紙があることに気付く。
その紙は請求書と比べてやけに可愛らしいピンク色で、ハートの柄が施されていた。
僕は紙を手に取る。
「...婚姻、届...。」
声が、震えた。そこに入っていたのはそう、僕と恵梨香の婚姻届だったからだ。
そこにはしっかりと、「佐藤 裕太」「木村 恵梨香」と書かれていた。
...僕は生涯で、一度しか婚姻届を書いたことがない。恵梨香との婚姻届のみである。
「はははは、」
乾いた笑い声が唇から溢れた。
僕と恵梨香は、結婚すらしていなかったということだろうか。
なら僕と恵梨香の関係も、この婚約指輪も、今までの生活も、一体何だったのだろうか。
恵梨香は僕のことを「ただの金ヅル」としか思っていなかったのだろうか。
僕の恵梨香へのこの気持ちは、どうすれば良かったのだろうか。
そこにあったのは、嘘を吐かれたことに対しての怒りでも、裏切られたことでの悲しみでもなく、ただひたすらの虚しさだけだった。
ガチャリ、ドアの鍵が開く。
「ただいまー」と言う恵梨香の声が聞こえる。
彼女がリビングに入る前に、僕はランドリーで洗った”ただの指輪”をゴミ箱に捨てた。
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指輪と私とランドリー
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