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nmmn、微グロあるかもしれない…そこはごめん。
あと下手だよ
【日 航 機 墜 落 事 故 カ ラ 4 0 年 】 4 本 ノ 、 ガ ー ベ ラ
n「こんちゃーこの小説は昨日出そうとしていたにみにみです」
r「早くアオハル更新しろよと思ってるレイです」
n「めんどいのでスタート」
r「おい」
Ynt「ちょい闇かもしれん。キャラ崩壊してるよ」
赤佐 雨或 (あかさ うある)「Yntくんと結婚してるお☆」
[水平線]
Ynt「雨或~!この枝さして~!」
生け花の家元だったYntくんに散々振り回され、こき使われた。
Yntくんには悪いけど、いい夫だとは言えない…。
Ynt「もみじ、とって~!」
モミジをとるためだけに大阪から長野に行かされ、
ある時は6mの大作をつくるために梯子に登らされ、
Ynt「📣もっと上だぁぁぁ~!」
下からメガホンで怒鳴られ放置され。
Ynt「鬼の髪を表現したいの!」
そういわれて数千枚ものはっぱを連日連夜、剣で切り裂いていたこともあった。
だけど、Ynt君が作るいけばなは斬新で心地よく、優しかった。
私は一番の君のファンだった。この後はYntくんがこの生け花界のトップに立つと信じて疑わなかったのに、、、。
”その歩みはあるとき、突然割かれた。”
一緒に入れたのは僅か12年半ほど。
なんで、先に行ってしまったの?
華道家に私もなった。その日の思い出を振り返ろう…。
[中央寄せ][太字][太字][大文字]君の命日に[/大文字][/太字][/太字][/中央寄せ]
[水平線]
アナウンサー「次のニュースです。次は日航機墜落事故から何年…という取材です。」
[字幕]1985年8月12日、羽田発大阪行キノ日本航空123便ガ、群馬県上野村ノ山中ニ墜落シタ
墜落現場ハ後ニ「御巣鷹ノ尾根」ト命名サレタ。
520人ガ犠牲トナリ、単独ノ航空機事故トシテハ史上最悪ノ悲劇ダッタ。[字幕終了]
…ーーーーー…
夫のYntさん(当時41)を亡くした、ーー ー市の華道家、赤佐 雨或さんが今回、取材を受けてくれました。
[水平線]
[太字][下線]Yntくんはいいやつだ。だけど頼りない。[/下線][/太字]
優しくて話も上手で愛嬌のある子だった。
Yntくんは新しい流派をつくって創設者として活躍していた…。
私もちょっと、生け花やってた時期があった。
生け花、楽しいって思ったこと、そういえばないなって(笑)
…価値観の違いから、カレカノで喧嘩もしたなぁ。
その後結婚して、急に上手になったような、私が妻だということも差し引いても、Yntくんの生け花、好きだなって。
いつの間にか、Yntくんが、Yntくんの花が好きになってたんだって。
こんなのでもちょっとしたら、テレビに出て。
その記念の放送から3か月後、その時は誰も知らなかったんです、、、。
[水平線]
私が予約した123便、あの日搭乗者名簿に「Ynt」という文字が見えた。
ただ私が、私だけが浮いているようだった。
Yntくんの身元が確認されるまでは少々じかんがかかったが、私はその状況を、受け入れたくなかった。
涙が止まらない。
けれど私の感覚はそこでは終わりませんでした。
なぜならそのころ作品展があったから。その作品展で「Ynt」の名前を残せるのはここだけだから。
無念さを思うととても心が窮屈になりました。
いつも裏方サポート役の私は自分の作品を出品したことが数回しかなかったのですが心に決めました
『絶対に、やる。』
と。
Ynt君が好きだった花を氷につけて。
もっと、いろんな人に見せたかったけれど1日しか飾る予定がなかったため、1日だけの公開となった。
そのあとはYnt君を思い出すための「道具」として使うようになった。
ユーフォルビア、シオン、ネリネ、そして4本のガーベラを添えて、、、。
私はこうしてYnt君の後を継いだ。
『君の代わりになれなくても、一生君の歴史を残すから。』
『絶対見ていてね』
その後、取材を受けた日の直後、接近していた台風が都心へ襲ってきた。
ちょうど、私が帰るときに川は氾濫していて、でも1階に下がってきていた。
…どうしよう
そんな間もなく”あの人”が見えた…。あの人の声が聞こえた。
Ynt(?)「雨或~!こっちに、おいで~!」
end…。
r「早くアオハル更新しろよと思ってるレイです」
n「めんどいのでスタート」
r「おい」
Ynt「ちょい闇かもしれん。キャラ崩壊してるよ」
赤佐 雨或 (あかさ うある)「Yntくんと結婚してるお☆」
[水平線]
Ynt「雨或~!この枝さして~!」
生け花の家元だったYntくんに散々振り回され、こき使われた。
Yntくんには悪いけど、いい夫だとは言えない…。
Ynt「もみじ、とって~!」
モミジをとるためだけに大阪から長野に行かされ、
ある時は6mの大作をつくるために梯子に登らされ、
Ynt「📣もっと上だぁぁぁ~!」
下からメガホンで怒鳴られ放置され。
Ynt「鬼の髪を表現したいの!」
そういわれて数千枚ものはっぱを連日連夜、剣で切り裂いていたこともあった。
だけど、Ynt君が作るいけばなは斬新で心地よく、優しかった。
私は一番の君のファンだった。この後はYntくんがこの生け花界のトップに立つと信じて疑わなかったのに、、、。
”その歩みはあるとき、突然割かれた。”
一緒に入れたのは僅か12年半ほど。
なんで、先に行ってしまったの?
華道家に私もなった。その日の思い出を振り返ろう…。
[中央寄せ][太字][太字][大文字]君の命日に[/大文字][/太字][/太字][/中央寄せ]
[水平線]
アナウンサー「次のニュースです。次は日航機墜落事故から何年…という取材です。」
[字幕]1985年8月12日、羽田発大阪行キノ日本航空123便ガ、群馬県上野村ノ山中ニ墜落シタ
墜落現場ハ後ニ「御巣鷹ノ尾根」ト命名サレタ。
520人ガ犠牲トナリ、単独ノ航空機事故トシテハ史上最悪ノ悲劇ダッタ。[字幕終了]
…ーーーーー…
夫のYntさん(当時41)を亡くした、ーー ー市の華道家、赤佐 雨或さんが今回、取材を受けてくれました。
[水平線]
[太字][下線]Yntくんはいいやつだ。だけど頼りない。[/下線][/太字]
優しくて話も上手で愛嬌のある子だった。
Yntくんは新しい流派をつくって創設者として活躍していた…。
私もちょっと、生け花やってた時期があった。
生け花、楽しいって思ったこと、そういえばないなって(笑)
…価値観の違いから、カレカノで喧嘩もしたなぁ。
その後結婚して、急に上手になったような、私が妻だということも差し引いても、Yntくんの生け花、好きだなって。
いつの間にか、Yntくんが、Yntくんの花が好きになってたんだって。
こんなのでもちょっとしたら、テレビに出て。
その記念の放送から3か月後、その時は誰も知らなかったんです、、、。
[水平線]
私が予約した123便、あの日搭乗者名簿に「Ynt」という文字が見えた。
ただ私が、私だけが浮いているようだった。
Yntくんの身元が確認されるまでは少々じかんがかかったが、私はその状況を、受け入れたくなかった。
涙が止まらない。
けれど私の感覚はそこでは終わりませんでした。
なぜならそのころ作品展があったから。その作品展で「Ynt」の名前を残せるのはここだけだから。
無念さを思うととても心が窮屈になりました。
いつも裏方サポート役の私は自分の作品を出品したことが数回しかなかったのですが心に決めました
『絶対に、やる。』
と。
Ynt君が好きだった花を氷につけて。
もっと、いろんな人に見せたかったけれど1日しか飾る予定がなかったため、1日だけの公開となった。
そのあとはYnt君を思い出すための「道具」として使うようになった。
ユーフォルビア、シオン、ネリネ、そして4本のガーベラを添えて、、、。
私はこうしてYnt君の後を継いだ。
『君の代わりになれなくても、一生君の歴史を残すから。』
『絶対見ていてね』
その後、取材を受けた日の直後、接近していた台風が都心へ襲ってきた。
ちょうど、私が帰るときに川は氾濫していて、でも1階に下がってきていた。
…どうしよう
そんな間もなく”あの人”が見えた…。あの人の声が聞こえた。
Ynt(?)「雨或~!こっちに、おいで~!」
end…。
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