「………………は?」
母親の思考回路が完全に停止した。
視線は、刀火の顔と、その足元で元気よく右手を挙げているオレンジ色の生き物の間を何度も往復している。数秒の重苦しい沈黙の後、母親はすーっと息を吸い込んで叫んだ。
「いやああああああああっ!? トカゲ!? 燃えてるわよ!? 尻尾が燃えてるわよ刀火ぁぁぁぁっ!?」
「落ち着いてお母さん!! 火事にはならないから! この火は大丈夫なやつだから!!」
大パニックに陥る母親に、刀火は必死で説明を試みる。
「トカゲじゃないよ、ヒトカゲ! ほら、私がずっと大事にしてたぬいぐるみ! スカーフ見てよ!」
「カゲカゲ!」
ヒトカゲも「そうそう!」と言わんばかりに自分のスカーフを誇らしげに引っ張ってみせる。
母親は目を白黒させながら、おそるおそる腰をかがめ、ヒトカゲの顔をじっと見つめた。ヒトカゲは首を傾げ、つぶらな瞳で母親を見つめ返す。
「……え? 本当に……あの子……? 毎晩一緒に寝てた、あの……?」
「そう! 朝起きたら生き物になってたの! テレビ見たでしょ!? 新宿のカビゴンと同じ現象だよ!」
「カビゴンとこれが一緒って言われても……」
母親は困惑しつつも、危険な怪獣ではないと察したのか、少しずつ落ち着きを取り戻してきた。何より、ヒトカゲが怖がるどころか、母親のパジャマの裾をちょんちょんと引っ張り、嬉しそうに尻尾を振っているのだ。
「……なんか、すっごく懐かれてるんだけど……」
「お母さんのこと、ちゃんと覚えてるんだよ。毎日ごはん作ってくれてるの見てたから」
「カゲッ」
ヒトカゲが可愛らしく鳴くと、母親の表情が急速に和らいでいった。
「……可愛いわね。じゃなくて! これからどうするの!? 学校は!? 仕事は!? 外は警察や自衛隊が出動して大騒ぎなのよ!?」
刀火が頭を抱えた、その時だった。
フサッ……、と刀火の頭上に影が落ちた。
「……え?」
ひんやりとした冷気が部屋の空気を包み込む。
刀火がおそるおそる見上げると、本棚の最上段――かつてポケモンセンターで争奪戦を制してゲットした、あの大きな紫色のぬいぐるみが、ゆっくりと大きな羽を広げているところだった。
「オンバーン……!?」
バサッ! と大きな羽ばたき一回で、部屋の中に小さな竜巻のような風が巻き起こる。
黒と紫の鋭い体躯が棚からふわりと浮かび上がった。鋭い目つきと尖った牙。一見すると恐ろしいドラゴンそのものだ。
「きゃあああああ! コウモリ!? ドラゴン!? なんか大きいの出たあああ!」
「お母さん静かに! 刺激しちゃダメ!!」
刀火の心臓がバックバクと嫌な音を立てる。
ヒトカゲと違って、オンバーンは大型のドラゴンタイプのポケモンだ。もし部屋の中で大暴れしたり、『ばくおんぱ』なんて技を使われたりしたら、この家ごと吹き飛んでしまう!
「オ、オンバーン……? 落ち着いてね……私だよ、刀火だよ……?」
刀火は両手を広げ、刺激しないようにゆっくりと歩み寄る。
オンバーンは空中を旋回しながら、その鋭い黄色い瞳でじっと刀火を見つめていた。そして、音もなく刀火の目の前に舞い降りる。攻撃されるかもしれない。刀火は目を瞑った。
すりっ。
「……へ?」
鱗の感覚に思わず目を見開くと、巨大な顔を刀火の頬に力いっぱい擦り付けているオンバーンが見えた。甘えるような、それでいて少し力加減の怪しいその抱きつき方に、刀火の体がグラリと揺れる。
「オバァー……」
耳の奥に響くような低い声。けれど、その声には一切の敵意がなかった。それどころか、「ずっとここにいたよ」「遊んで」と言わんばかりの愛嬌に満ちあふれている。
「……あ、そっか」
刀火は緊張で強張っていた体を緩め、オンバーンの首元の白いフサフサした毛に顔をうずめた。
「そっか……。君も、私が大好きで飾ってたんだもんね。怖がってごめんね、オンバーン」
「オバッ!」
刀火の足元で心配そうに事の成り行きを見ていたヒトカゲが出てきたのを見て、オンバーンが嬉しそうに羽ばたいた。
部屋のプリントが何枚か舞い散るその中で、母親が腰を抜かしたまま固まっている。
「うちの部屋……ポケモンセンターになっちゃうの……?」
母親の思考回路が完全に停止した。
視線は、刀火の顔と、その足元で元気よく右手を挙げているオレンジ色の生き物の間を何度も往復している。数秒の重苦しい沈黙の後、母親はすーっと息を吸い込んで叫んだ。
「いやああああああああっ!? トカゲ!? 燃えてるわよ!? 尻尾が燃えてるわよ刀火ぁぁぁぁっ!?」
「落ち着いてお母さん!! 火事にはならないから! この火は大丈夫なやつだから!!」
大パニックに陥る母親に、刀火は必死で説明を試みる。
「トカゲじゃないよ、ヒトカゲ! ほら、私がずっと大事にしてたぬいぐるみ! スカーフ見てよ!」
「カゲカゲ!」
ヒトカゲも「そうそう!」と言わんばかりに自分のスカーフを誇らしげに引っ張ってみせる。
母親は目を白黒させながら、おそるおそる腰をかがめ、ヒトカゲの顔をじっと見つめた。ヒトカゲは首を傾げ、つぶらな瞳で母親を見つめ返す。
「……え? 本当に……あの子……? 毎晩一緒に寝てた、あの……?」
「そう! 朝起きたら生き物になってたの! テレビ見たでしょ!? 新宿のカビゴンと同じ現象だよ!」
「カビゴンとこれが一緒って言われても……」
母親は困惑しつつも、危険な怪獣ではないと察したのか、少しずつ落ち着きを取り戻してきた。何より、ヒトカゲが怖がるどころか、母親のパジャマの裾をちょんちょんと引っ張り、嬉しそうに尻尾を振っているのだ。
「……なんか、すっごく懐かれてるんだけど……」
「お母さんのこと、ちゃんと覚えてるんだよ。毎日ごはん作ってくれてるの見てたから」
「カゲッ」
ヒトカゲが可愛らしく鳴くと、母親の表情が急速に和らいでいった。
「……可愛いわね。じゃなくて! これからどうするの!? 学校は!? 仕事は!? 外は警察や自衛隊が出動して大騒ぎなのよ!?」
刀火が頭を抱えた、その時だった。
フサッ……、と刀火の頭上に影が落ちた。
「……え?」
ひんやりとした冷気が部屋の空気を包み込む。
刀火がおそるおそる見上げると、本棚の最上段――かつてポケモンセンターで争奪戦を制してゲットした、あの大きな紫色のぬいぐるみが、ゆっくりと大きな羽を広げているところだった。
「オンバーン……!?」
バサッ! と大きな羽ばたき一回で、部屋の中に小さな竜巻のような風が巻き起こる。
黒と紫の鋭い体躯が棚からふわりと浮かび上がった。鋭い目つきと尖った牙。一見すると恐ろしいドラゴンそのものだ。
「きゃあああああ! コウモリ!? ドラゴン!? なんか大きいの出たあああ!」
「お母さん静かに! 刺激しちゃダメ!!」
刀火の心臓がバックバクと嫌な音を立てる。
ヒトカゲと違って、オンバーンは大型のドラゴンタイプのポケモンだ。もし部屋の中で大暴れしたり、『ばくおんぱ』なんて技を使われたりしたら、この家ごと吹き飛んでしまう!
「オ、オンバーン……? 落ち着いてね……私だよ、刀火だよ……?」
刀火は両手を広げ、刺激しないようにゆっくりと歩み寄る。
オンバーンは空中を旋回しながら、その鋭い黄色い瞳でじっと刀火を見つめていた。そして、音もなく刀火の目の前に舞い降りる。攻撃されるかもしれない。刀火は目を瞑った。
すりっ。
「……へ?」
鱗の感覚に思わず目を見開くと、巨大な顔を刀火の頬に力いっぱい擦り付けているオンバーンが見えた。甘えるような、それでいて少し力加減の怪しいその抱きつき方に、刀火の体がグラリと揺れる。
「オバァー……」
耳の奥に響くような低い声。けれど、その声には一切の敵意がなかった。それどころか、「ずっとここにいたよ」「遊んで」と言わんばかりの愛嬌に満ちあふれている。
「……あ、そっか」
刀火は緊張で強張っていた体を緩め、オンバーンの首元の白いフサフサした毛に顔をうずめた。
「そっか……。君も、私が大好きで飾ってたんだもんね。怖がってごめんね、オンバーン」
「オバッ!」
刀火の足元で心配そうに事の成り行きを見ていたヒトカゲが出てきたのを見て、オンバーンが嬉しそうに羽ばたいた。
部屋のプリントが何枚か舞い散るその中で、母親が腰を抜かしたまま固まっている。
「うちの部屋……ポケモンセンターになっちゃうの……?」