不気味なほどのタイミングで現れた、祖父の遺品と思われる古いノート。刀火がゴクリと息を呑み、恐る恐るその表紙に手を伸ばした、その時だった。
ピロリン、と静かな部屋に場違いな電子音が響く。
机の上に放り出されていたスマホの画面が、激しく明滅していた。
「……え?」
画面には「緊急ニュース」の文字。普段なら地震や気象警報の時に鳴るはずの通知音が、何度も、何度も連続して部屋に鳴り響く。
刀火はノートを片手に持ったまま、もう片方の手でスマホをひったくるように掴んだ。
画面に映し出された生放送の映像に、刀火は言葉を失った。
『――繰り返します! 現在、東京都内、および全国各地の市街地で、正体不明の生物が多数目撃されています! 姿形は人気アニメやゲームに登場する『ポケットモンスター』に酷似しており――視認できますか!? 画面奥、新宿駅前に巨大な『カビゴン』らしき生物が横たわっており、交通が完全に麻痺しています!』
ヘリコプターからの空撮映像。そこには、見慣れた日本のコンクリートジャングルの中に、明らかに異質な、しかし大好きなゲームで何度も見た色彩豊かな生き物たちが溢れかえっていた。
SNSのトレンド欄を開くと、文字通りタイムラインが爆発している。
【悲報】ワイの部屋のピカチュウ(ぬいぐるみ)、動く
【速報】近所の公園にポッポの群れ
【ガチ】世界終わった? それとも始まった?
「うちだけじゃない……? 世界中が……?」
刀火の頭がクラクラし始める。
これは夢でも、自分だけの幻覚でもない。世界そのものが、一夜にして変貌してしまったのだ。
「カゲ……?」
足元から、不安そうな声が聞こえた。見下ろすと、ヒトカゲが刀火のパジャマの裾を小さな手でギュッと握りしめていた。尻尾の炎が、その不安を表すように小さく、弱々しく揺れている。
その姿を見た瞬間、刀火の胸の奥で、混乱を上回る強い感情が湧き上がった。
(この子は……私のヒトカゲは、悪者なんかじゃない。怪獣なんかじゃない。私がずっと大好きだった、あの子なんだから)
「大丈夫だよ、ヒトカゲ。怖くないからね」
刀火は床に膝をつき、ヒトカゲをそっと抱きしめた。ぬいぐるみの時よりもずっと温かい、生きている体温。ヒトカゲは驚いたように目を丸くしたが、すぐに嬉しそうに刀火の肩に頭を預けてきた。
「カゲェ……」
「よしよし……。あ、そうだ。おじいちゃんのノート……」
刀火は床に落としていた黒いノート、『境界観測記録』を拾い上げた。
世界中がパニックに陥っている。大好きなポケモンたちが、現実の世界でどんな扱いを受けるか分からない。もし危険な存在として排除されそうになったら?それを防ぐヒントが、このノートにあるかもしれない。
ごくり、と唾を飲み込み、刀火は古びたページをめくった。
最初のページには、祖父の力強い筆跡で、信じられない言葉が書き連ねられていた。
『――世界は、人間の「想いの力」で形作られる。多くの人間が同じ空想を抱き、それを強く望んだ時、世界を隔てる境界は揺らぎ、空想は現実へと侵食を始める。
もし、このノートが読まれる日が来たならば、それは境界が完全に崩壊した証拠だ。
ポケモンたちは、ただのデータでも、ただの綿の塊でもない。人々の「逢いたい」という願いが生み出した、新しい命だ。
刀火。もしお前が最初の一歩を踏み出すなら、どうかその子たちの手を取ってやってくれ。
現実(リアル)と空想(ファンタジー)の架け橋に、お前がなるんだ――』
「おじいちゃん……、これって……」
ノートの文字を追う刀火の目が潤む。
祖父がなぜこんなことを知っていたのか、それはまだ分からない。けれど、ノートの向こうから、大好きだった祖父が自分を応援してくれているような、不思議な確信が持てた。
その時、バタバタと激しい足音が部屋に近づいてきた。
「刀火!! 大変よ!! テレビ見た!? 外が、外がとんでもないことに――」
母親が勢いよくドアを開ける。部屋の真ん中には、刀火。そして、萌葱色のスカーフを巻いた、尻尾の燃えるオレンジ色のトカゲ。
「…………え?」
母親の動きが、完全にフリーズした。
刀火は冷や汗をだらだらと流しながら、それでもヒトカゲをかばうように前に立ち、引きつった笑顔で言った。
「あ、あはは……。お母さん、おはよう。……紹介するね。私の、ヒトカゲです!」
「カゲッ!」
ヒトカゲも元気よく右手を上げて挨拶をした。
ピロリン、と静かな部屋に場違いな電子音が響く。
机の上に放り出されていたスマホの画面が、激しく明滅していた。
「……え?」
画面には「緊急ニュース」の文字。普段なら地震や気象警報の時に鳴るはずの通知音が、何度も、何度も連続して部屋に鳴り響く。
刀火はノートを片手に持ったまま、もう片方の手でスマホをひったくるように掴んだ。
画面に映し出された生放送の映像に、刀火は言葉を失った。
『――繰り返します! 現在、東京都内、および全国各地の市街地で、正体不明の生物が多数目撃されています! 姿形は人気アニメやゲームに登場する『ポケットモンスター』に酷似しており――視認できますか!? 画面奥、新宿駅前に巨大な『カビゴン』らしき生物が横たわっており、交通が完全に麻痺しています!』
ヘリコプターからの空撮映像。そこには、見慣れた日本のコンクリートジャングルの中に、明らかに異質な、しかし大好きなゲームで何度も見た色彩豊かな生き物たちが溢れかえっていた。
SNSのトレンド欄を開くと、文字通りタイムラインが爆発している。
【悲報】ワイの部屋のピカチュウ(ぬいぐるみ)、動く
【速報】近所の公園にポッポの群れ
【ガチ】世界終わった? それとも始まった?
「うちだけじゃない……? 世界中が……?」
刀火の頭がクラクラし始める。
これは夢でも、自分だけの幻覚でもない。世界そのものが、一夜にして変貌してしまったのだ。
「カゲ……?」
足元から、不安そうな声が聞こえた。見下ろすと、ヒトカゲが刀火のパジャマの裾を小さな手でギュッと握りしめていた。尻尾の炎が、その不安を表すように小さく、弱々しく揺れている。
その姿を見た瞬間、刀火の胸の奥で、混乱を上回る強い感情が湧き上がった。
(この子は……私のヒトカゲは、悪者なんかじゃない。怪獣なんかじゃない。私がずっと大好きだった、あの子なんだから)
「大丈夫だよ、ヒトカゲ。怖くないからね」
刀火は床に膝をつき、ヒトカゲをそっと抱きしめた。ぬいぐるみの時よりもずっと温かい、生きている体温。ヒトカゲは驚いたように目を丸くしたが、すぐに嬉しそうに刀火の肩に頭を預けてきた。
「カゲェ……」
「よしよし……。あ、そうだ。おじいちゃんのノート……」
刀火は床に落としていた黒いノート、『境界観測記録』を拾い上げた。
世界中がパニックに陥っている。大好きなポケモンたちが、現実の世界でどんな扱いを受けるか分からない。もし危険な存在として排除されそうになったら?それを防ぐヒントが、このノートにあるかもしれない。
ごくり、と唾を飲み込み、刀火は古びたページをめくった。
最初のページには、祖父の力強い筆跡で、信じられない言葉が書き連ねられていた。
『――世界は、人間の「想いの力」で形作られる。多くの人間が同じ空想を抱き、それを強く望んだ時、世界を隔てる境界は揺らぎ、空想は現実へと侵食を始める。
もし、このノートが読まれる日が来たならば、それは境界が完全に崩壊した証拠だ。
ポケモンたちは、ただのデータでも、ただの綿の塊でもない。人々の「逢いたい」という願いが生み出した、新しい命だ。
刀火。もしお前が最初の一歩を踏み出すなら、どうかその子たちの手を取ってやってくれ。
現実(リアル)と空想(ファンタジー)の架け橋に、お前がなるんだ――』
「おじいちゃん……、これって……」
ノートの文字を追う刀火の目が潤む。
祖父がなぜこんなことを知っていたのか、それはまだ分からない。けれど、ノートの向こうから、大好きだった祖父が自分を応援してくれているような、不思議な確信が持てた。
その時、バタバタと激しい足音が部屋に近づいてきた。
「刀火!! 大変よ!! テレビ見た!? 外が、外がとんでもないことに――」
母親が勢いよくドアを開ける。部屋の真ん中には、刀火。そして、萌葱色のスカーフを巻いた、尻尾の燃えるオレンジ色のトカゲ。
「…………え?」
母親の動きが、完全にフリーズした。
刀火は冷や汗をだらだらと流しながら、それでもヒトカゲをかばうように前に立ち、引きつった笑顔で言った。
「あ、あはは……。お母さん、おはよう。……紹介するね。私の、ヒトカゲです!」
「カゲッ!」
ヒトカゲも元気よく右手を上げて挨拶をした。