この世にポケモンがいたのなら
#1
事件は突然
スマホのアラームが鳴る数秒前、[漢字]日ノ本 刀火[/漢字][ふりがな]ひのもと とうか[/ふりがな]は妙な違和感で目を覚ました。
(……暑い)
六月の朝にしては、布団の中がやけに温かい。
「んぅ」
寝返りを打とうとして、刀火は眉をひそめた。
(……重い)
いつも抱いて寝ているヒトカゲのぬいぐるみにしては、妙にずっしりしていた。しかも、さっきから腹の辺りが、もぞもぞ動いている。
「お母さん……?湯たんぽいらないって言ったよね……?」
寝ぼけたまま布団を力任せに引っ張った。
「カゲッ!」
「うあわああああっ!?」
橙色の何かが勢いよく飛び出し、刀火はベッドから転げ落ちる。ドサッ、と床にしたたかに打ち付けられた。
「いっったぁ……!」
涙目で顔を上げた彼女は、そのまま固まった。ベッドの上。そこには、二本足で立つ小さな生き物がいた。丸く深緑の瞳。クリーム色のぽっこりしたお腹。短い手足。そして、ゆらゆら燃える尻尾の炎。
「……え」
何も考えられない。理解が追いつかない。状況把握が出来ない。それは、あまりにも、非現実的な光景だった。
「ヒト……カゲ……?」
その生き物は、こてん、と首を傾けた。
「カゲ?」
間違いない。昨日まで抱いて寝ていた、あのヒトカゲのぬいぐるみそのままだった。首には刀火が似合うだろうと思って巻いた萌葱色のスカーフが、呼吸に合わせて微かに揺れていた。……呼吸に合わせて。さっき言ったことは訂正しよう。
正しく言うと、「そのまま」ではない。ぬいぐるみにはなかった呼吸がある。瞬きがある。尻尾の炎からは、かすかに熱まで伝わってくる。……生きている。
「え、ちょ、待って待って待って」
刀火は思わず後ずさる。だがヒトカゲの方は、逆に興味津々といった様子でベッドから降り、ぺたぺたと近寄ってきた。
「カゲッ」
「来ないで!?いや来て!?違う、待って!!ちょっと待って!!」
完全に混乱していた。昨日の夜まで、確かに、確かにただのぬいぐるみだったのだ。寝る前だって、いつものように「おやすみヒトカゲ」と言って抱きしめた記憶が鮮明にある。
なのに、朝起きたら本物になっているなんて。
「夢……?」
刀火は自分の頬を思いっきりつねった。
「いひゃあい……」
自分でやった事なのに、思わず呻く。めっちゃ痛い。現実以外の何物でもなかった。
「カゲ?」
ヒトカゲが心配そうに覗き込んでくる。近くで見ると、信じられないほど精巧だった。いや、精巧という表現も違う。本当に生きている。
瞳が動く。胸が上下する。尻尾の炎が空気に合わせて揺れている。そして何より――かわいい。
「……………………」
「カゲッ?」
「……かわいすぎるでしょ……」
思わず呟いてしまった。ヒトカゲは嬉しそうに目を細め、尻尾の炎を揺らす。
「カゲェ」
「うわっ反応した!!」
刀火は再び混乱した。その時だった。
「刀火ー!起きてる!?遅刻するわよー!」
母の声が廊下から響く。
「!!!!」
刀火とヒトカゲの目が合った。
「やばっ……!」
こんなの見つかったら絶対大騒ぎになる。というか説明できない。ヒトカゲも空気を察したのか、ぴたりと動きを止めた。
「刀火ー?」
「お、起きてる!!起きてる!!着替えてるから立ち入り禁止!!」
「はいはい、朝ごはんできてるからね」
足音が遠ざかっていく。刀火は心底ほっとして、その場にへたり込んだ。
「セーフ……」
「カゲ」
ヒトカゲも真似するように座り込む。その仕草がまた可愛くて、刀火は頭を抱えた。
「いや待って、本当にどうしよう……」
すると、ヒトカゲはてててっと部屋の隅へ向かい、棚の前で立ち止まった。
そこに飾ってあったのは、一枚の古い写真。幼い刀火と、優しそうな老人が並んで写っている。その老人は、彼女の祖父だ。ヒトカゲはその写真をじっと見上げ、小さく鳴いた。
「……カゲ」
「え?この写真が、どうかした?」
刀火は刀葉が近づくと、写真立ての裏から、何かが落ちた。一冊の、古びた小さく黒いノートだった。
「こんなの……あったっけ?」
表紙には、かすれた字でこう書かれていた。《境界観測記録》。そしてその下に、小さく、
「もしポケモンが現れたなら、まずこのノートを開くこと」と。
「……うん?」
刀火の背筋を、冷たいものが走った。
(……暑い)
六月の朝にしては、布団の中がやけに温かい。
「んぅ」
寝返りを打とうとして、刀火は眉をひそめた。
(……重い)
いつも抱いて寝ているヒトカゲのぬいぐるみにしては、妙にずっしりしていた。しかも、さっきから腹の辺りが、もぞもぞ動いている。
「お母さん……?湯たんぽいらないって言ったよね……?」
寝ぼけたまま布団を力任せに引っ張った。
「カゲッ!」
「うあわああああっ!?」
橙色の何かが勢いよく飛び出し、刀火はベッドから転げ落ちる。ドサッ、と床にしたたかに打ち付けられた。
「いっったぁ……!」
涙目で顔を上げた彼女は、そのまま固まった。ベッドの上。そこには、二本足で立つ小さな生き物がいた。丸く深緑の瞳。クリーム色のぽっこりしたお腹。短い手足。そして、ゆらゆら燃える尻尾の炎。
「……え」
何も考えられない。理解が追いつかない。状況把握が出来ない。それは、あまりにも、非現実的な光景だった。
「ヒト……カゲ……?」
その生き物は、こてん、と首を傾けた。
「カゲ?」
間違いない。昨日まで抱いて寝ていた、あのヒトカゲのぬいぐるみそのままだった。首には刀火が似合うだろうと思って巻いた萌葱色のスカーフが、呼吸に合わせて微かに揺れていた。……呼吸に合わせて。さっき言ったことは訂正しよう。
正しく言うと、「そのまま」ではない。ぬいぐるみにはなかった呼吸がある。瞬きがある。尻尾の炎からは、かすかに熱まで伝わってくる。……生きている。
「え、ちょ、待って待って待って」
刀火は思わず後ずさる。だがヒトカゲの方は、逆に興味津々といった様子でベッドから降り、ぺたぺたと近寄ってきた。
「カゲッ」
「来ないで!?いや来て!?違う、待って!!ちょっと待って!!」
完全に混乱していた。昨日の夜まで、確かに、確かにただのぬいぐるみだったのだ。寝る前だって、いつものように「おやすみヒトカゲ」と言って抱きしめた記憶が鮮明にある。
なのに、朝起きたら本物になっているなんて。
「夢……?」
刀火は自分の頬を思いっきりつねった。
「いひゃあい……」
自分でやった事なのに、思わず呻く。めっちゃ痛い。現実以外の何物でもなかった。
「カゲ?」
ヒトカゲが心配そうに覗き込んでくる。近くで見ると、信じられないほど精巧だった。いや、精巧という表現も違う。本当に生きている。
瞳が動く。胸が上下する。尻尾の炎が空気に合わせて揺れている。そして何より――かわいい。
「……………………」
「カゲッ?」
「……かわいすぎるでしょ……」
思わず呟いてしまった。ヒトカゲは嬉しそうに目を細め、尻尾の炎を揺らす。
「カゲェ」
「うわっ反応した!!」
刀火は再び混乱した。その時だった。
「刀火ー!起きてる!?遅刻するわよー!」
母の声が廊下から響く。
「!!!!」
刀火とヒトカゲの目が合った。
「やばっ……!」
こんなの見つかったら絶対大騒ぎになる。というか説明できない。ヒトカゲも空気を察したのか、ぴたりと動きを止めた。
「刀火ー?」
「お、起きてる!!起きてる!!着替えてるから立ち入り禁止!!」
「はいはい、朝ごはんできてるからね」
足音が遠ざかっていく。刀火は心底ほっとして、その場にへたり込んだ。
「セーフ……」
「カゲ」
ヒトカゲも真似するように座り込む。その仕草がまた可愛くて、刀火は頭を抱えた。
「いや待って、本当にどうしよう……」
すると、ヒトカゲはてててっと部屋の隅へ向かい、棚の前で立ち止まった。
そこに飾ってあったのは、一枚の古い写真。幼い刀火と、優しそうな老人が並んで写っている。その老人は、彼女の祖父だ。ヒトカゲはその写真をじっと見上げ、小さく鳴いた。
「……カゲ」
「え?この写真が、どうかした?」
刀火は刀葉が近づくと、写真立ての裏から、何かが落ちた。一冊の、古びた小さく黒いノートだった。
「こんなの……あったっけ?」
表紙には、かすれた字でこう書かれていた。《境界観測記録》。そしてその下に、小さく、
「もしポケモンが現れたなら、まずこのノートを開くこと」と。
「……うん?」
刀火の背筋を、冷たいものが走った。