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都道府県は忙しい

#13

第3回全国会議 議題︰開海

「……はぁ。またこれか」

 手元の資料の表紙に躍る『開海、および夏季観光資源の広域活用について』という文字を見て、僕は小さく溜息をついた。周囲の席からは、早くも磯の香りが漂ってきそうなほどの熱気が上がっている。

 特に、四方を海に囲まれた島国根性の塊のような連中、沖縄や高知、神奈川、千葉あたりは、すでに夏の「主役」の座を巡って視線で火花を散らしている。

 僕はそれを、少し離れた席から冷めた目で眺めていた。

 ……別に、羨ましくなんてない。海なんて、塩分濃度が高いだけの非効率な巨大な水溜まりだ。僕には、僕にしかないものがある。

「定刻だ。これより第3回全国会議を始める」

 東京の声が、馬鹿みたいに熱くなっている連中の視線を叩き切る。前回、九州勢の「暑さ対策案」に一定の理解を示したせいか、今日の東京はいつもより一段と不機嫌そうで、眼鏡の奥の瞳は絶対零度だ。

「議題は開海。昨今の電力不足による屋内娯楽の制限、およびインバウンド需要の分散を鑑み、今夏の海開き計画を再編する。各道府県、調整案を出せ。」

「はい! 東京さん!」

 まず勢いよく手を挙げたのは、徳島だった。フン。頭の中でもう海水浴してる、ありがたいヤツめ。

「うちらの鳴門の渦潮とセットで、四国の海を全面的に……」

「待て。徳島、君のところの宿泊キャパシティでは、予測される観光客の0.3%も捌ききれない。却下だ。」

「うわー、駄目だったー」

 あはは。相変わらずの秒殺。流石だね。東京は数字の盾で次々と地方の希望をへし折っていく。

 僕はその様子を見ながら、計算を始める。
 
 海開き。海水浴。……ベタベタするし、シャワーは必要だし、何より水難事故のリスク管理コストが高い。

 だが、ここで発言を控えて存在感を消しすぎると、後で「京都や大阪への送水コスト」という名目で、こっちの予算を削りにくるのが東京のやり方だ。

 僕は、そっと資料の端を指でなぞった。一応、用意はしてある。通る確率は15%、でも通れば向こう十年の修繕費が浮く計算だ。

「あの、いいですか」

 僕が声を出すと、一瞬だけ会議室が静かになった。

 僕は、滅多に自分から動かない。貯金と湖の管理に人生を捧げている男だと、誰もが知っているからだ。

「何の用だ」

 東京の視線が突き刺さる。……くっ。海がない君に、という前置詞の幻聴が聞こえる気がする。

「自分、ちょう待てや。海、無いやんけ」

 大阪が心底驚いたのか、方言が口から出ている。そりゃそうだろうな。この議題で僕たち「内陸県」の出る幕なんて、本当は無いはずなんだからな。

 でも。よく目に焼き付けておけ、海あり県ども。この議題は僕の物だ。

「海がない、というのは語弊がありますね。僕たちには[漢字]淡海[/漢字][ふりがな]あふみ[/ふりがな]がある。今夏の開海の定義に、『琵琶湖』の湖水浴を含めるべきだと提案します」

 鼻で笑うような声がどこからか聞こえた。たぶん、千葉か愛知あたりだ。

「君、海開きっつってんのに湖? スケール小さくない?」

 声のする方を見ると、予想通り千葉だった。東京の飼い犬め。調子乗りやがって。

「……スケール、ですか。」

 僕は眼鏡を押し上げた。その瞬間、僕の背後に『近畿全域の飲料水を支えている』という自負が、静かなプレッシャーとなって立ち昇る。

「海水浴に伴う塩害被害のメンテナンスコスト。それから、水難事故時における淡水の生存率。これらを加味した上で、都心部からのアクセスコストを算出しました。……大阪、京都。」

 僕は隣の席に座る京都と、その隣に座っている大阪の二人に視線をやって、にこっと笑う。

「君たちが夏に飲む水、どこから来てるか忘れてないよね? 僕の提案に協力するなら、今夏の水資源管理、少し融通を利かせてもいいけど?」

 大阪が「げっ」という顔をし、京都が扇子で口元を隠して目を逸らした。よし。首根っこは掴んでいる。

 僕は真剣な表情で、もう一度東京に向き直る。

「東京。琵琶湖を『海の代替案』ではなく、『上位互換の避暑地』として組み込めば、インフラ維持コストは2.1%削減できます。これが僕の、今月の『貯蓄』案です。」

 東京の指が、ピタリと止まった。彼は無機質な瞳で僕を見つめ、それから手元のタブレットを高速で叩き始めた。

「……なるほど。淡水による機材劣化の抑制か。理屈は通る」

 東京の言葉に、周囲がざわつく。僕は内心で小さくガッツポーズをした。

 目立たず、着実に。相手の弱みを握りつつ、自分に有利な数字を叩きつける。

「ただし、その分、琵琶湖周回道路の整備費は、君の『積立金』から出すことになるが、構わないな?」

「それは……」

 絶句した。……こいつ、僕の個人口座(県の貯蓄)まで把握してやがるのか。

「……検討します。」

 絞り出すように言うと、隣の岐阜が「流石だね」と感心したように笑ったのが見えた。

 会議は続く。

 海のない僕が、海の議題で主導権の一部を掠め取った。その事実に僕は少しだけ満足する。
 
 結局、この国は数字と、それから「誰が命の綱を握っているか」で決まるんだ。

 僕は、まだ少し震える指先を隠すように、資料を丁寧に閉じ、カバンの中に綺麗に収めた。

作者メッセージ

大阪「お前、ちょっと待てよ。海、無いじゃないか」

前回の答え!

語り手は「宮崎」です!

本文中のヒント
「私たち九州勢は…」
→宮崎は九州

「鹿児島は腕を組んで目を細めているし、私たちのリー
 ダーである福岡はペンをくるくる回しながら何か企ん
 でる顔。熊本は静かだけど、あれは内心燃えてるとき
 のやつだ。大分だって何か言いたげに東京をチラチラ
 見ている」
→福岡以外は宮崎の隣接県

「私だって、日照時間や平均気温はトップ10位には入っ
 ている。」
→気象庁の平年値データから年間日照時間の都道府県別
 ランキングでは宮崎は6位にランクインしている。
 又、総務省統計局「統計でみる都道府県のすがた 202
 4/2021/2014/2008」から、2022年、2019年、201
 年、2006年の気象データとして、年平均気温をランキ
 ング化しているサイトを参照すると、宮崎は第3位に
 ランクインしている。

2026/06/01 08:06

映画大好き
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都道府県擬人化

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