「こりゃあ無理ばい!」
会議後、福岡の家に集まった九州の全員と沖縄が悲鳴を上げた。
机に広げられた資料は、もはや資料と呼べる代物ではなかった。各県が持ち寄ったデータ、バラバラのフォーマット、単位も定義も揃っていない数値の山。紙もタブレットも関係なく、机が数字で埋まっている。
「気温ん基準がまず違うやん」
福岡県が眉間を押さえながら言う。
「日平均、最高気温、湿度込みん指数…どれ使うかで全部変わってしまうね」
「体感温度も入れてえよね」
大分県が控えめに口を挟む。
「やかぃ、そりゃ主観だって言わるるって前回」
宮崎が言い返す。普段だったら絶対にそんなきつい言い方はしない。だが、期限は一カ月。その余裕のなさが出ている。
「搬送数ベースで組むとが現実的じゃなかか?」
熊本が静かに言った。
「結果として倒れた人数なら、文句は言わせにくか」
「じゃっどん、それじゃと予防にならん」
鹿児島県が低く返す。
「倒れてから対策すっとな?」
空気が一気に険悪になる。言い分としてはどちらも正しい。
「……全部、入るるしかねえっちゃない?」
宮崎が小さく呟く。
「気温も、湿度も、搬送数も…それぞれ重みつけて、一つん指標にする」
「複合指標か」
福岡が顎に手を当てる。
「ばってんそれ、重みどう決めると?」
誰も答えられない。どの数字をどれだけ重要とするか。それはつまり、何を優先するかという意思決定そのものだ。
「…実測データから回帰じ出す?」
大分が恐る恐る言う。
「過去ん気象データと搬送数ん相関じ…」
「サンプルが足らん地域はどがんする」
長崎が噛みつくように言う。
「離島てぃがろー、データ偏てぃちゃとーんさぁ」
沖縄県が珍しく真剣な表情で言う。終わった。全員がそう思った。視線が一斉に逸れる。
「……じゃあ全国平均で補完する?」
長崎が恐る恐る言う。
「それやと地域差ば潰すなって話に戻るやろ」
福岡が即座に否定する。完全に詰んだ。誰かがため息をつく。沈黙が場を支配する。時間だけが、彼らを嘲笑うように過ぎていく。ふと、宮崎の頭の中で、前回の東京の声が再生された。
感情は、予算に変換できない
「……いや」
顔を上げる。
「逆に、感情を数字にすりゃいいっちゃ」
「は?」
福岡が眉を上げる。
「満足度やら、不快指数やら、アンケートでん何でんいい。人がどれだけきちいと感じたかを数値化して…」
「それ、通るて思う?」
即答だった。福岡じゃない。熊本。静かで、でもはっきりした否定。
「東京たい」
言葉が詰まる。分かってる。そんな曖昧なもの、通るわけがない。
「……でも、それ切りうっせたら、現実とズレる」
鹿児島が少し考えて、納得したように頷く。
「確かに。搬送されちょらんどん限界やったし、たくさんいっとじゃなかか?そげんと全部無視して“効率”だけで組んだや、絶対どっかで破綻すっに決まっちょっじゃらせんか」
また長い沈黙。今度は誰もため息すらつかない。福岡はじっと目を閉じて、くるくるとペンを回す。何か考え込んでいるようだった。やがて、椅子のきしむ音がした。
「……二本立てにするか」
福岡が立ち上がりながら続ける。
「客観データんモデルと、主観指標んモデル。両方出す」
「は?」
「で、ズレば見しぇる」
ペンをくるくる回しながら、にやりと笑う。
「これだけ乖離しとーって証明できりゃあ、無視できんやろ」
なるほど。それなら、主観を直接採用しなくてもいい。無視したときのリスクとして提示できる。
「……やるか」
熊本が短く言う。
「計算量、エグかばい」
佐賀が顔を覆って言う。
「今しゃら何ば」
福岡が笑う。鹿児島は何も言わない。でも、資料を引き寄せた。大分が小さく頷く。佐賀の顔が「うわぁ…」と引きつる。沖縄がいつも通り「なんくるないさー!」と言いながらパソコンを開く。
これからだ。これから、東京を唸らす資料をつくるのだ。
会議後、福岡の家に集まった九州の全員と沖縄が悲鳴を上げた。
机に広げられた資料は、もはや資料と呼べる代物ではなかった。各県が持ち寄ったデータ、バラバラのフォーマット、単位も定義も揃っていない数値の山。紙もタブレットも関係なく、机が数字で埋まっている。
「気温ん基準がまず違うやん」
福岡県が眉間を押さえながら言う。
「日平均、最高気温、湿度込みん指数…どれ使うかで全部変わってしまうね」
「体感温度も入れてえよね」
大分県が控えめに口を挟む。
「やかぃ、そりゃ主観だって言わるるって前回」
宮崎が言い返す。普段だったら絶対にそんなきつい言い方はしない。だが、期限は一カ月。その余裕のなさが出ている。
「搬送数ベースで組むとが現実的じゃなかか?」
熊本が静かに言った。
「結果として倒れた人数なら、文句は言わせにくか」
「じゃっどん、それじゃと予防にならん」
鹿児島県が低く返す。
「倒れてから対策すっとな?」
空気が一気に険悪になる。言い分としてはどちらも正しい。
「……全部、入るるしかねえっちゃない?」
宮崎が小さく呟く。
「気温も、湿度も、搬送数も…それぞれ重みつけて、一つん指標にする」
「複合指標か」
福岡が顎に手を当てる。
「ばってんそれ、重みどう決めると?」
誰も答えられない。どの数字をどれだけ重要とするか。それはつまり、何を優先するかという意思決定そのものだ。
「…実測データから回帰じ出す?」
大分が恐る恐る言う。
「過去ん気象データと搬送数ん相関じ…」
「サンプルが足らん地域はどがんする」
長崎が噛みつくように言う。
「離島てぃがろー、データ偏てぃちゃとーんさぁ」
沖縄県が珍しく真剣な表情で言う。終わった。全員がそう思った。視線が一斉に逸れる。
「……じゃあ全国平均で補完する?」
長崎が恐る恐る言う。
「それやと地域差ば潰すなって話に戻るやろ」
福岡が即座に否定する。完全に詰んだ。誰かがため息をつく。沈黙が場を支配する。時間だけが、彼らを嘲笑うように過ぎていく。ふと、宮崎の頭の中で、前回の東京の声が再生された。
感情は、予算に変換できない
「……いや」
顔を上げる。
「逆に、感情を数字にすりゃいいっちゃ」
「は?」
福岡が眉を上げる。
「満足度やら、不快指数やら、アンケートでん何でんいい。人がどれだけきちいと感じたかを数値化して…」
「それ、通るて思う?」
即答だった。福岡じゃない。熊本。静かで、でもはっきりした否定。
「東京たい」
言葉が詰まる。分かってる。そんな曖昧なもの、通るわけがない。
「……でも、それ切りうっせたら、現実とズレる」
鹿児島が少し考えて、納得したように頷く。
「確かに。搬送されちょらんどん限界やったし、たくさんいっとじゃなかか?そげんと全部無視して“効率”だけで組んだや、絶対どっかで破綻すっに決まっちょっじゃらせんか」
また長い沈黙。今度は誰もため息すらつかない。福岡はじっと目を閉じて、くるくるとペンを回す。何か考え込んでいるようだった。やがて、椅子のきしむ音がした。
「……二本立てにするか」
福岡が立ち上がりながら続ける。
「客観データんモデルと、主観指標んモデル。両方出す」
「は?」
「で、ズレば見しぇる」
ペンをくるくる回しながら、にやりと笑う。
「これだけ乖離しとーって証明できりゃあ、無視できんやろ」
なるほど。それなら、主観を直接採用しなくてもいい。無視したときのリスクとして提示できる。
「……やるか」
熊本が短く言う。
「計算量、エグかばい」
佐賀が顔を覆って言う。
「今しゃら何ば」
福岡が笑う。鹿児島は何も言わない。でも、資料を引き寄せた。大分が小さく頷く。佐賀の顔が「うわぁ…」と引きつる。沖縄がいつも通り「なんくるないさー!」と言いながらパソコンを開く。
これからだ。これから、東京を唸らす資料をつくるのだ。