「定刻だ。これより、令和八年度第1回全国会議を始める。」
その一声で場の空気がピンとはり、僕も背筋を伸ばした。原則月に1回の、この全国会議という名の戦が始まった。会議はいつも荒れる。…特にこの、第1回は。
ここは擬人化した都道府県たちが集う、日本のどこにも属さない場所。最初は東京都の永田町でやってたいたんだけど、全国から…特に関西の方からの猛反対により、この場所になった。
僕は議長席に座る彼、東京を見る。この、面積関係がそのまま背丈に反映される世界において、東京はあまりにも頼りない。
「司会、進行はこの私、東京都が務めさせていただく。今日の議題は補正予算についてだ」
相変わらずよく通る声だ。面積順位47都道府県中、45番目。下から数えたほうが早い。僕よりも小さいのにこの場を支配している、可愛げのないリーダーだ。そんなことを思いながら、東京の配った資料に目を落とす。こっちも相変わらず可愛くない数字だ。僕たち、地方を突き放すような数字。
「全46道府県、異論はないな」
「異議ありや!」
東京が言い終わらないうちに、大阪の声が飛ぶ。標準語が乱れている…ということは、大阪、怒っているな。僕たちは普段、標準語で話すけど、感情が高ぶったとき、例えば怒りや悲しみ、驚きを感じているときや気が緩んでいるときは方言が出る。一応、会議では標準語を使うことになっているんだけど…大阪。僕は心の中で彼の意見に同意しつつ、突っ込みを入れる。
東京は鋭い目で大阪を射抜いた。身長は低い。だがその瞳に宿らせる、日本中のサーバーを同期させたような無機質な光が場を凍らせる。
「大阪。万博関連の経済波及効果、当初の試算から0,8%の下方修正。加えて、インフラ維持コストの増大。君に発言権を与えるだけのポジティブな数字がどこにある?」
「なっ…」
「それから、今は会議中だ。標準語を使え」
二の句が継げない大阪を捨て置き、東京は手元の資料を淡々とめくる。めちゃくちゃムカつく。けど、反抗したら最後、数字でぐうの音もでないほど叩きのめされるに決まってる。
その時、荒々しく机を叩く音が響いた。
「つばえんな、この合理主義者が!」
声の主は僕の隣に座っていた広島だ。こいつはいつもそうだ。瀬戸内海の穏やかな海を背負っているクセに、一度火がつくといつもこうだ。
「東京、われの言う補正予算案にゃあ、わしらの歴史や文化、造船や自動車産業の維持費が入っとらん!数字、数字ってよぉ、現場で汗かいとる人間を何じゃ思いよるんじゃ!」
でも、東京は眉一つ動かさない。
「広島。君の管轄する自動車業の生産台数は昨年と比べて10.7%低下している。これをどう説明するつもりだ」
「効率だけで語るな言いよるんじゃ!」
広島がさらに噛みつき、ほとんどの道府県が同調するように頷く。まさに四面楚歌。だけど、東京の声は低く、硬かった。
「感情は、予算に変換できない」
東京の声が静かに響く。
「君たちが『歴史』や『誇り』と呼ぶものは、私にとって『維持コスト』と言う項目でしかない。今の日本を沈没させないためには地方に限りある資源を投入するより、都心に回すほうが生存確率が0,05%上がる。それが、私の導き出した唯一の正解だ」
会議室の温度が一気に下がる。淡々と冷徹に。東京の言葉は、僕たちの淡い期待も切り裂いていく。資料を握り締めた。昔から災害が少なく、交通の要所としてうまくやってきた自負がある。中国四国のクロスロード。鉄道も道路も、僕を通らなきゃ始まらない。
だからこそ、東京のこの「地方切り捨て」に近い予算案がどれほど物流の動脈を締め上げるか、痛いほどわかる。
「東京、君のこの予算案は完璧かもしれない」
思わず口から言葉が出た。ガタッと立ち上がる。これ以上言ったら、叩きのめされることは間違いないのに、言葉があふれて止まらない。
「でも、数字は人を動かさない。僕らが納得しなければ、この国はまわらないよ」
東京の視線が僕を射抜いた。その眼鏡のレンズ越しの瞳には、軽蔑も哀れみもなく、ただ「最適解」を求めるような不気味な静かさがあった。体が不意に硬直する。
「結果で示す。それが一番君たちが納得するだろう。そのための今回の予算案だ」
正論だ。言い返せない。他の道府県も同じようだった。
「傲慢だな」
広島が吐き捨てるように言う。周りを見ると、鳥取と香川がため息を付き、兵庫が気難しい顔で資料を睨見つけ、広島が鼻を鳴らしている。部屋の気温は下がる一方だ。そのとき、東京が口を開いた。
「これより、強制採決に移る。不服がある者は次回までに、私の計算を上回るだけの利益を数字で証明しろ。それ以外は一切受け取らない。」
東京はものすごいスピードで資料を閉じると、一度も振り返ることなく会議室を後にした。残されたのは、圧倒的な正論という名の暴力に打ちのめされた、46人の敗北者たちだけだった。
「あいつ、マジでいっぺん、瀬戸内海にしずめたろか」
広島の震える声は虚しく消えていった。
その一声で場の空気がピンとはり、僕も背筋を伸ばした。原則月に1回の、この全国会議という名の戦が始まった。会議はいつも荒れる。…特にこの、第1回は。
ここは擬人化した都道府県たちが集う、日本のどこにも属さない場所。最初は東京都の永田町でやってたいたんだけど、全国から…特に関西の方からの猛反対により、この場所になった。
僕は議長席に座る彼、東京を見る。この、面積関係がそのまま背丈に反映される世界において、東京はあまりにも頼りない。
「司会、進行はこの私、東京都が務めさせていただく。今日の議題は補正予算についてだ」
相変わらずよく通る声だ。面積順位47都道府県中、45番目。下から数えたほうが早い。僕よりも小さいのにこの場を支配している、可愛げのないリーダーだ。そんなことを思いながら、東京の配った資料に目を落とす。こっちも相変わらず可愛くない数字だ。僕たち、地方を突き放すような数字。
「全46道府県、異論はないな」
「異議ありや!」
東京が言い終わらないうちに、大阪の声が飛ぶ。標準語が乱れている…ということは、大阪、怒っているな。僕たちは普段、標準語で話すけど、感情が高ぶったとき、例えば怒りや悲しみ、驚きを感じているときや気が緩んでいるときは方言が出る。一応、会議では標準語を使うことになっているんだけど…大阪。僕は心の中で彼の意見に同意しつつ、突っ込みを入れる。
東京は鋭い目で大阪を射抜いた。身長は低い。だがその瞳に宿らせる、日本中のサーバーを同期させたような無機質な光が場を凍らせる。
「大阪。万博関連の経済波及効果、当初の試算から0,8%の下方修正。加えて、インフラ維持コストの増大。君に発言権を与えるだけのポジティブな数字がどこにある?」
「なっ…」
「それから、今は会議中だ。標準語を使え」
二の句が継げない大阪を捨て置き、東京は手元の資料を淡々とめくる。めちゃくちゃムカつく。けど、反抗したら最後、数字でぐうの音もでないほど叩きのめされるに決まってる。
その時、荒々しく机を叩く音が響いた。
「つばえんな、この合理主義者が!」
声の主は僕の隣に座っていた広島だ。こいつはいつもそうだ。瀬戸内海の穏やかな海を背負っているクセに、一度火がつくといつもこうだ。
「東京、われの言う補正予算案にゃあ、わしらの歴史や文化、造船や自動車産業の維持費が入っとらん!数字、数字ってよぉ、現場で汗かいとる人間を何じゃ思いよるんじゃ!」
でも、東京は眉一つ動かさない。
「広島。君の管轄する自動車業の生産台数は昨年と比べて10.7%低下している。これをどう説明するつもりだ」
「効率だけで語るな言いよるんじゃ!」
広島がさらに噛みつき、ほとんどの道府県が同調するように頷く。まさに四面楚歌。だけど、東京の声は低く、硬かった。
「感情は、予算に変換できない」
東京の声が静かに響く。
「君たちが『歴史』や『誇り』と呼ぶものは、私にとって『維持コスト』と言う項目でしかない。今の日本を沈没させないためには地方に限りある資源を投入するより、都心に回すほうが生存確率が0,05%上がる。それが、私の導き出した唯一の正解だ」
会議室の温度が一気に下がる。淡々と冷徹に。東京の言葉は、僕たちの淡い期待も切り裂いていく。資料を握り締めた。昔から災害が少なく、交通の要所としてうまくやってきた自負がある。中国四国のクロスロード。鉄道も道路も、僕を通らなきゃ始まらない。
だからこそ、東京のこの「地方切り捨て」に近い予算案がどれほど物流の動脈を締め上げるか、痛いほどわかる。
「東京、君のこの予算案は完璧かもしれない」
思わず口から言葉が出た。ガタッと立ち上がる。これ以上言ったら、叩きのめされることは間違いないのに、言葉があふれて止まらない。
「でも、数字は人を動かさない。僕らが納得しなければ、この国はまわらないよ」
東京の視線が僕を射抜いた。その眼鏡のレンズ越しの瞳には、軽蔑も哀れみもなく、ただ「最適解」を求めるような不気味な静かさがあった。体が不意に硬直する。
「結果で示す。それが一番君たちが納得するだろう。そのための今回の予算案だ」
正論だ。言い返せない。他の道府県も同じようだった。
「傲慢だな」
広島が吐き捨てるように言う。周りを見ると、鳥取と香川がため息を付き、兵庫が気難しい顔で資料を睨見つけ、広島が鼻を鳴らしている。部屋の気温は下がる一方だ。そのとき、東京が口を開いた。
「これより、強制採決に移る。不服がある者は次回までに、私の計算を上回るだけの利益を数字で証明しろ。それ以外は一切受け取らない。」
東京はものすごいスピードで資料を閉じると、一度も振り返ることなく会議室を後にした。残されたのは、圧倒的な正論という名の暴力に打ちのめされた、46人の敗北者たちだけだった。
「あいつ、マジでいっぺん、瀬戸内海にしずめたろか」
広島の震える声は虚しく消えていった。