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都道府県は忙しい

#9

第2回全国会議 議題︰防暑

「あっつ」

 思わず口からこぼれて、慌てて唇を押さえた。会議前だというのに、もう空気が重たい。ここはどこにも属さない場所のはずなのに、今日はやけに南国みたいな熱気がこもっている。

 いや、違うか。これは場所のせいじゃない。集まっている面子のせいだ。前回の終わり方、最悪だったからね。そりゃ、こうなっちゃうか。

 …そういえば、前回広島達が東京とバチバチしてたけど、あの後、彼を納得させる資料、作れたのかな?

 そっと、通路の向こう側を見ると広島や岡山が神妙な面持ちで座っていた。よし。触れないでおこう。

 その時、東京が立ち上がった。

「定刻だ。これより、令和八年度第2回全国会議を始める」

 低く、よく通る声。顔を上げると、議長席の東京がすでに資料を手にしていた。相変わらず小さいのに、空気の支配力だけは桁違いだ。ちょっと傲慢で、あんまり好きではない。

「今回の議題は防暑対策。昨今の気温上昇に伴い、労働効率の低下、インフラへの負荷増大が顕著になっている」

 配られた資料をめくる。数字、グラフ、予測モデル。…うん、やっぱり可愛くない。資料を眺めつつ、ちらりと周りを見る。私たち九州勢は暑さに対する思いが他とは違う。

 鹿児島は腕を組んで目を細めているし、私たちのリーダーである福岡はペンをくるくる回しながら何か企んでる顔。熊本は静かだけど、あれは内心燃えてるときのやつだ。大分だって何か言いたげに東京をチラチラ見ている。

「待ち」

 案の定、待ったという声が飛ぶ。この声は確か…、

「その効率低下っちゅうんはな、どこ基準で言うとんねん」

 大阪だ。終わった。この会議は荒れることが決定した。お先真っ暗な会議を予想して、私は資料に顔を埋める。東京は一瞬だけ視線を大阪に向け、すぐに手元のタブレットに目を落とした。

「全国平均だ。地域差は織り込み済みだが」

「それやと話にならんな」

 大阪は机に肘をつき、にやりと不敵に笑う。

「西日本の暑さ、舐めとるやろ。湿度込みやで。体感温度っちゅうもんがあんねんで」

「大阪の言うとおりちゃいますか?」

 大阪の言葉に京都が加勢する。普段は大阪の皮肉しか言ってないクセに。

「体感温度っちゅうものは、確かに測りにくいもんどすけど……そやさかいこそ、無視してええ理由にはならへんのちゃいますか?」

 その言葉に、九州側が小さく頷く。うん、それはそう。私だって、日照時間や平均気温はトップ10位には入っている。東京の感覚に合わせられたら、たまったもんじゃない。でも東京は依然として表情を変えない。

「体感は指標として不安定だ。よって採用していない」

「はぁ!?」

 一気に空気が荒れる。ああもう、だからそういう言い方。反感を買うって、分からないのかな?

「じゃあ聞くけどな」

 今度は福岡が口を挟む。軽い調子だけど、目は笑ってない。

「熱中症搬送数、年々増えとーよね?あれも体感やけん無視すると?」

 その言葉に、去年熱中症で搬送された人が多かった私の隣の大分や、少し離れたところに座っている佐賀、沖縄、岡山が同調するように頷く。

「無視はしない。だが」

「だが、何じゃ」

 私の隣の鹿児島が被せ気味に言ったその瞬間、場の温度が一段階上がった気がした。まずい、と思った。

 このままじゃ九州vs東京の構図になってしまう。それは私たちにとっても東京にとってもよくない。

「……あの」

 小さく手を挙げる。誰も見てないかと思ったけど、東京の視線だけはちゃんと来た。怖い。

「発言、いいですか」

「簡潔に」

 短い返答。冷たい。でも、拒絶ではない。一度だけ深呼吸する。

「その…防暑って、どこまでやるかが難しいと思うんです」

 みんなの視線が集まる。う、ちょっと緊張する。

「例えば、北の方と南の方で必要な対策って全然違いますよね。でも、全部に合わせようとするとコストが…その…」

 言葉を選びながら続ける。

「だから、地域ごとに“基準”を分けるのはどうでしょうか。全国一律じゃなくて」

 少しだけ、間が空いた。東京が資料をめくる音だけが響く。

「続けろ」

「はい」

 ほっとしつつ、言葉を継ぐ。

「九州とか西日本は、暑さ対策を前提にしたインフラ整備を優先して……逆に、そこまで必要ない地域は別のところに予算を回す、みたいな……その、メリハリをつける感じで……」

 自分でもちょっとぼんやりしてるな、と思う。でも、言わないよりはいい。しばらくの沈黙。私は東京を見つめる。

「非効率だな」

 ぴしりと切られた。ですよね~。合理主義の東京ならそう言うと思ってた。

「基準が複数存在すると管理コストが増大する。一元化した方が…」

「でも」

 思わず言葉を重ねていた。自分でもびっくりするくらい、自然に。

「それで倒れる人が増えたら、意味ないと思います」

 静かになった。さっきまでざわついていたのが嘘みたいに。東京がこちらを見る。その目は相変わらず、感情が読めない。

「具体的な数値は」

「えっ」

「地域別に基準を設けた場合のコスト増と、それによる損失回避の試算だ。それがなければ検討に値しない」

 ああ、やっぱりそう来るよね。

「……今は、持ってません」

 正直に言う。

「でも、作れます。たぶん、みんなでやれば」

 そう言って、九州の方を見る。福岡がふっと笑って、肩をすくめた。

「しょんなかね。乗るばい」

 熊本も大分も小さく頷く。鹿児島は無言だけど、否定はしてない。少しだけ、空気が緩んだ気がした。東京はしばらく黙っていたけど、やがて資料を閉じた。

「期限は一ヶ月だ」

 その一言で、また空気が締まる。

「次回までに福岡経由で私に提出しろ。基準は問わない。私を納得させられるならな」

 それだけ言うと、東京は席を立った。去り際、一瞬だけこちらを見た気がしたけど、気のせいかもしれない。
残された会議室で、大きく息を吐く。

「はぁ……」

「珍しいね」

 隣から声がする。見ると、大分だった。

「自分から前に出るなんて」

 くすっと笑う。

「たまには、ね」

 九州はクセが強い人ばっかりだから、放っておくとすぐぶつかる。

「ちょっとくらい、間に入らないと」

 窓の外なんてないはずなのに、なぜか南の空気を感じた気がした。あったかくて、やわらかい風。
 
 やっぱり、暑いのは苦手だけど嫌いじゃないな。

作者メッセージ

大阪「待った」
  「その効率低下っていうのは、どこ基準で言ってるんだ」
  「それだと話にならないな」
  「西日本の暑さ、舐めてるだろ。湿度込みだぞ。体感温度っていうものがあるんだ」

京都「大阪の言うとおりじゃないですか?」
  「体感温度っていうものは、確かに測りにくいものですけど……だからこそ、無視していい理由にはならないんじゃないですか?」

福岡「熱中症搬送数、年々増えてるよね?あれも体感だから無視するの?」

鹿児島「だが、なんだ」

福岡「しょうがないね。乗るよ」



前回の答え

語り手は「岡山」です!

本文中のヒント
「声の主は僕の隣に座っていた広島だ。」
→岡山は広島の隣

「昔から災害が少なく、交通の要所としてうまくやってきた自負がある。中国四国のクロスロード。鉄道も道路も、僕を通らなきゃ始まらない。」
→台風はだいたい反れるし、大きな地震もほとんど起きない。中国地方の玄関であり、四国の香川と瀬戸大橋で繋がっている。(少し誇張だが、岡山の自負を表した表現)

「周りを見ると、鳥取と香川がため息を付き、兵庫が気難しい顔で資料を睨見つけ、広島が鼻を鳴らしている。」
→岡山の隣接県達

誰視点だか、皆さん当ててみてください!

2026/05/01 08:00

映画大好き
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都道府県擬人化

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