池の底にあるものは
私は小説家だ。いつだって人に「ウケる」文章を書く。この前の世界規模の大会でだって見事優勝したのだ。今書いている小説だってきっと世間は気に入るだろう。私は不正解な文章を書かない。正解だけを書くのだ。正解は失敗しない。皆の心を掴み、私を勧める私の名誉はいつだってこの王座にある。今書いている小説だってほら、自分で読み返しても傑作だ。私は不正解を書かない。今季1感動するなんて一時的な興奮に過ぎないだろう。3ヶ月後にはいつもどうり私の小説が並んでいるのだ。20年も前に出した小説が。
私の小説はいつまでも美しい。いつまでもいつまでも輝き続けるのだ。薔薇のように咲き続ける。
そんな事をおもいながら新刊を出す手続きを終わらせすることが何もなくなった。さて、今週のランキングでも見てみるか。見ても意味なんてないのだ。1位は私なのだから。そう言ってランキングを見た瞬間、背筋が凍った。私が2位になっている。気のせいだ。きっとな、もし仮に、私が2位だったとしても3日後にはもう1位さ。こんな初版を出しただけで盛り上がる世間や凡人どもはどうしたものなのだろうか。頭の悪い小説を読みやがって、私の世界を汚すな。
さぁ。待望の3日目だ。ランキングを見る前に、あるネットニュースを見つけた。「長年の王者、遂に敗北か。」なんの記事かと思い見ると、私の記事だった。意味もないのに、冷や汗が絶え間なく出てくる。どうせガセだ。私の事を妬ましく思う凡人がこんな記事を書いたのだ。記事を閉じてランキングを見ると、無かった。私の名前がない。そんな馬鹿な、世界中の小説家しか乗らないランキングから、私が消えるなんて、有り得ない。こんな事はあってはならない。そうだ、本屋に行こう。いつもの2mの高さの棚には人生で読むべき小説、読まなかったら来世も損などと書かれている棚に、私の本がないわけがない。醜い。醜い醜い醜い醜い醜い醜い。醜い。私の棚だ。これは私の王座だ。なのに、どうして、どうして私の本がない。検索コーナーを探しても、本屋の2階を探してみても、無い。私の本がない、新刊も、20年前の傑作も。きれいサッパリ消えている。そして、恐る恐る店員に聞いてみる。20年前の世紀の傑作と言われた本はどこだ。すると、店員がスッと言った。「ああ、ここ数日動かなくて、ネットニュースとか、テレビでも不評がとてもあったんですよ。評論家もこの小説は悪い意味で社会現象だって言うくらいで。うちの店にも、やっぱ売上って言うのはあるもんでね、全部処分しちゃいました。」
そんなことがあるわけがない。私の傑作が、死んだだと?この王座に、私の小説がないだと?有り得ない。完璧に有り得ないぞ。絶対、ぜっっっっっったいにそんなことはない。有り得ない。あり得るわけがない。私のどこが不正解なのだ?何も不正解じゃない。周りの声がどんどん遠くなる。崩れそうな足で、家に帰る。新しい原稿を机に置く。万年筆を手に持つ。新しい文字を書く。紙においた瞬間、新しい原稿用紙に、一本の、斜め線ができた。文字を書こうも、書けない。どうすればいい。私は今「ふせいかい」をした。小説家としてのふせいかいだ。原稿用紙を無駄にするなんて、できない、そんなことをしたら今まで見てきた凡人たちと同じになってしまうではないか。新しい原稿用紙を出す。机に置く。万年筆を手に取る。筆先を用紙に置く。おかしい。今度は手が動かない。もうこの白紙は、私にとっての悪魔だ。「不正解」だ。小説の不正解だ。本の不正解だ。こいつはおかしい。こいつは駄目だ。これは私が文章を書いてきた原稿用紙ではない。絶対に。「悪魔め!あっちへ行け!」俺の、俺の文章を、人生を名誉を返せぇぇえぇぇえ!そう叫んだ瞬間、私の目の前は真っ暗だ。悪魔は目の前に来ている。叫びたいことが山ほどある。なのに、叫べない。後ずさりしてでも逃げたいのに、力が入らない。手が動かない。黒い沼に沈んで行く。目を開ける力さえない。この冷や汗さえも黒い沼は吸収する。目が見えないのに、悪魔は見える。体がどんどん冷えていく。叫びたい。そう思う力さえも消えてきた。私は小説家だ。人に「ウケる」文章を書く。
(終)
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私の小説はいつまでも美しい。いつまでもいつまでも輝き続けるのだ。薔薇のように咲き続ける。
そんな事をおもいながら新刊を出す手続きを終わらせすることが何もなくなった。さて、今週のランキングでも見てみるか。見ても意味なんてないのだ。1位は私なのだから。そう言ってランキングを見た瞬間、背筋が凍った。私が2位になっている。気のせいだ。きっとな、もし仮に、私が2位だったとしても3日後にはもう1位さ。こんな初版を出しただけで盛り上がる世間や凡人どもはどうしたものなのだろうか。頭の悪い小説を読みやがって、私の世界を汚すな。
さぁ。待望の3日目だ。ランキングを見る前に、あるネットニュースを見つけた。「長年の王者、遂に敗北か。」なんの記事かと思い見ると、私の記事だった。意味もないのに、冷や汗が絶え間なく出てくる。どうせガセだ。私の事を妬ましく思う凡人がこんな記事を書いたのだ。記事を閉じてランキングを見ると、無かった。私の名前がない。そんな馬鹿な、世界中の小説家しか乗らないランキングから、私が消えるなんて、有り得ない。こんな事はあってはならない。そうだ、本屋に行こう。いつもの2mの高さの棚には人生で読むべき小説、読まなかったら来世も損などと書かれている棚に、私の本がないわけがない。醜い。醜い醜い醜い醜い醜い醜い。醜い。私の棚だ。これは私の王座だ。なのに、どうして、どうして私の本がない。検索コーナーを探しても、本屋の2階を探してみても、無い。私の本がない、新刊も、20年前の傑作も。きれいサッパリ消えている。そして、恐る恐る店員に聞いてみる。20年前の世紀の傑作と言われた本はどこだ。すると、店員がスッと言った。「ああ、ここ数日動かなくて、ネットニュースとか、テレビでも不評がとてもあったんですよ。評論家もこの小説は悪い意味で社会現象だって言うくらいで。うちの店にも、やっぱ売上って言うのはあるもんでね、全部処分しちゃいました。」
そんなことがあるわけがない。私の傑作が、死んだだと?この王座に、私の小説がないだと?有り得ない。完璧に有り得ないぞ。絶対、ぜっっっっっったいにそんなことはない。有り得ない。あり得るわけがない。私のどこが不正解なのだ?何も不正解じゃない。周りの声がどんどん遠くなる。崩れそうな足で、家に帰る。新しい原稿を机に置く。万年筆を手に持つ。新しい文字を書く。紙においた瞬間、新しい原稿用紙に、一本の、斜め線ができた。文字を書こうも、書けない。どうすればいい。私は今「ふせいかい」をした。小説家としてのふせいかいだ。原稿用紙を無駄にするなんて、できない、そんなことをしたら今まで見てきた凡人たちと同じになってしまうではないか。新しい原稿用紙を出す。机に置く。万年筆を手に取る。筆先を用紙に置く。おかしい。今度は手が動かない。もうこの白紙は、私にとっての悪魔だ。「不正解」だ。小説の不正解だ。本の不正解だ。こいつはおかしい。こいつは駄目だ。これは私が文章を書いてきた原稿用紙ではない。絶対に。「悪魔め!あっちへ行け!」俺の、俺の文章を、人生を名誉を返せぇぇえぇぇえ!そう叫んだ瞬間、私の目の前は真っ暗だ。悪魔は目の前に来ている。叫びたいことが山ほどある。なのに、叫べない。後ずさりしてでも逃げたいのに、力が入らない。手が動かない。黒い沼に沈んで行く。目を開ける力さえない。この冷や汗さえも黒い沼は吸収する。目が見えないのに、悪魔は見える。体がどんどん冷えていく。叫びたい。そう思う力さえも消えてきた。私は小説家だ。人に「ウケる」文章を書く。
(終)
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