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井戸の中

#4

 長いこと走らせ続けてきた車のエンジンを止めると、俺は目の前に建つ年季の入った日本家屋を眺めた。


「相変わらず、ボロいな……」


 中学まで自分が暮らしてきた家を見つめてそう呟くと、車から降りて玄関先へと続く道を歩き始める。



 ────コツンッ



(ん……?)


 何かを蹴飛ばしたような感触に、俺は自分の足元へと視線を落とした。


(これは……)


 地面に転がっていた靴を拾い上げると、マジマジとそれを見つめる。


(……っ! やっぱり、そうだ!)


 この靴は、あの時智に井戸の中へと捨てられたもの。


(何で……これが此処に……?)


 やはりあの時、智は井戸になど捨てていなかったのだろうか? そう考えてみるも、それでも今になってこの場所にある事が不思議でならない。


(…………! きっと、あいつらの仕業だ)


 俺が帰ってくると知った司か隆史のどちらかが、また俺に嫌がらせをしているに違いない。あの時、やはり井戸になんて捨てずに隠し持っていたのだろう。
 十年経っても変わらない関係にウンザリとしながらも、明日の告別式で恥でもかかせてやろうとほくそ笑む。

 田舎から出た俺は、母親に楽をさせたい一心で猛勉強をした。その甲斐あって、ストレートで有名大学へと進学すると、そのまま大学を卒業して一流企業へと就職をした。
 そう──今の俺は、昔とは違う。

 足元の高級な革靴を眺めてフッと鼻で笑うと、俺は手の中にある薄汚れた靴を遠くへと放り投げた。



◆◆◆



 ──翌日。
 告別式の受付が開始される中、やっと手の空いた俺は煙草を吸いに外へと出て来た。煙草に火を着けようと、何気なく受付を流し見た──その時。
 その懐かしい人物の姿に目が止まり、ピタリと止まった俺の右手。十年経っても記憶の中にいる姿と変わらないその可憐さに、俺は思わず見惚れてしまったのだ。

 この田舎で、俺に優しく接してくれた人と言えば、祖父母と母親以外では彼女だけだった。河原美香。そう──彼女は俺の初恋の人。
 俺の視線に気付いた彼女は、その場で軽く会釈をすると俺の元へと歩み寄った。


「この度は、誠にご愁傷様さまです。……久しぶりだね、公平くん」

「……うん。久しぶり、河原さん」


 親父の事などどうでも良かった俺は、それだけ答えるニッコリと微笑んだ。


「──きゃあーーっ!!!」



 ────!!?



 突然聞こえてきた大きな悲鳴に、何事かと騒ぎの方へと視線を向けてみる。すると、人など殆どいない受付の横で、なにやら一人の女性が騒いでいる。


「……ごめん。ちょっと行ってくる」

「あっ、うん。……また後でね」


(何なんだよ、一体……)


 俺は面倒に思いながらも、河原さんを残して一人受け付けへと向かった。
 未だに一人で騒いでいる女性に近付くと、「猫が! ……っ、猫が!」と地面を指差している。俺はその指先を辿るようにして、少し先の地面へと視線を向けてみた。


 ────!!!


(っ、……何だよ、これ……っ)


 頭から血を流して横たわる黒猫を見て、その気持ち悪さに思わずたじろぐ。
 その顔は原型をとどめぬ程にグチャグチャで、見ているだけで吐き気がする。


(なんて最悪なんだ……っ。どうすんだよ、この死体。俺が片付けなきゃいけないのか……?)


 上から落ちて来たと言う女性の言葉に、俺は目の前の大木を眺めると大きく溜息を吐いた。



◆◆◆



「公平。今、ちょっといいか?」


 告別式も無事に終わり、部屋の片隅で食事をとっていた俺は、その声に視線を上げると声の主を見た。
 するとそこには、昔の面影を残しつつも立派な大人へと成長した司と隆史がいた。


「……ああ」


 面倒臭そうに答えた俺の態度を特に気にするでもなく、二人は俺の前に腰を下ろすと口を開いた。


「「あの時は……っ、ごめん」」



 ────!?



 俺に向けて頭を下げる二人を見て、予想もしていなかった展開に面食らう。


(あの二人が……。俺に、謝るっていうのか?)


 目の前で頭を下げ続ける二人の姿を見て、俺は一度小さく溜息を吐くとその重い口を開いた。


「……いいよ、もう」


(何だか拍子抜けだ)


 そう思った俺は、それだけ告げると席を立った。
 また何かしてこようものなら、どう鼻を明かしてやろうかと画策していたのだが、どうやらそれは[漢字]杞憂[/漢字][ふりがな]きゆう[/ふりがな]だったようだ。
 気分転換にと外での一服を終えると、俺は再び部屋の中へ戻ろうと玄関扉に手をかけた──その時。


「──公平には、近付くなよ」



 ────!?



 中から漏れ聞こえてきた話し声に、扉からそっと手を離した俺は身を潜めた。


(……俺の事?)


 何やら、俺の話しで揉めているらしい隆史と河原さん。俺はその会話に耳を傾けると、二人に気付かれぬよう息を殺した。


「……あいつはっ! 死んだ親父にソックリだよ!」


 河原さんのすすり泣く声が聞こえた後、パタパタと走り去る音を残して静かになった扉の向こう側。
 俺はゆっくりと扉を開くと、そこにいた隆史に向かって声を掛けた。


「……隆史。二人きりで話し、いいかな? 色々と聞かれちゃマズいこともあるだろうし、裏庭に行こうか」


 突然現れた俺に驚いた顔を見せる隆史。
 そんな隆史を見て、俺はゆっくりと口元に弧を描くとニヤリと微笑んだ。



──────


────



「明日には帰っちゃうなんて……せっかく会えたのに、何だか寂しいね」


 そう言って俯いた河原さんは、受け付けの横でピタリと足を止めた。


「今度遊びにおいでよ」

「え……? っ、うん」


 ほんのりと赤く頬を染めると、嬉しそうに微笑んだ河原さん。そんな姿を見て、やっぱりまだ好きだな、と改めて思う。


「……ねぇ、公平くん。隆史くん何処にいるか知らない? 一緒に帰る約束だったんだけど……見当たらなくて」

「さぁ……俺は告別式で見かけたきりだから、分からないなぁ」

「そっか……」

「俺が送るよ」

「っ、うん。ありがとう」


 照れたようにして微笑む河原さんを横目に、歩き出そうと右足を一歩前へと踏み出した──その時。
 俺の視界を遮るようにして何かが落下すると、そのまま足元にある地面の上でトサリと軽い音を響かせた。

 地面に転がる、見覚えあるポーチ。
 

(これは……智の……? あの時……確かに井戸の中へ捨てたはず……。空から、降ってき……、た……? っ、え……?)


 俺は震える右手でポーチを拾い上げると、先程見た猫の死体と、昨日拾った靴のことを思い返した。
 その全ての出来事を思い返しながら、ガタガタと小刻みに震え始めた俺の身体。


(じゃあ……次に、降ってくるのは……っ)


 俺は強張る身体をゆっくりと動かすと、絶望に満ちた瞳で空を見上げた。

 頭上に広がるその空は、そんな俺を[漢字]嘲笑[/漢字][ふりがな]あざわら[/ふりがな]うかのように不気味な色で覆われ──。
 それはまるで、底なしの井戸の中のようだった。






─完─
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作者メッセージ

この主人公が本当の意味で井戸の中に落としたモノとは、“醜く歪んでしまった病んだ心”だったのだと思います。

この作品に出てくる登場人物の多くは、その人物の醜くさや弱さ、愚かさを表現しました。
父親、周りの大人達、いじめっ子はもちろんの事、母親でさえも……
主人公にとっては悪の種だったのです。
そして、自らも悪へと染まってしまった主人公。

そんな人々の、弱い心を喰らう悪魔の井戸。
目に見えるアイテムとして井戸をモチーフにしましたが、この作品で表現したかった事は不思議な井戸の存在などではなく、『人の愚かで醜い、弱さ』。そして、次第に狂気へと飲み込まれゆく主人公の人間性でした。

最後までお読み頂き、ありがとうございました( . .)"

2024/09/27 23:41

天音ろっく@暫くお休み中
ID:≫ 29AUQfmipv/.k
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R-15短編アイロニー狂気秘密残虐表現有り

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