閲覧前に必ずご確認ください
話によるためシリーズとしてのタグはつけませんが、暴力表現がある場合がございます。読む前に、1話ごとにチェックしていただくことをお勧めします。
「カオル」
自分を呼ぶ声に振り向く。まだ暗い朝方、俺の白銀の髪は廊下に取り付けられた照明に輝いた。
「・・・キョーカ。何の用?」
「いや、声をかけただけだ。仕事帰りに」
「・・・そ」
俺がチラリと目を逸らす先は、彼の右手。そこからは、既に拭き取ったのであろう、生臭い嗅ぎ慣れた匂いが漂ってくる。
「また手助けしてきたの?」
「ここから近かったしな。それに、総帥からの命令だった」
「なら仕方ないか。お疲れ」
お疲れ、の言葉と共に欠伸をかました彼は、紫の髪を揺らしながら自分の部屋の方向へと足を向ける。
「ああ。私はもう寝る。お前は何処に行くんだ?」
「これまた総帥のところに」
「・・・お前も大変だな」
「そんな渋い顔しなくても」
総帥からの呼び出しだと知った途端、顔を思いっきり顰めて身を引かれた。そんなに俺は可哀想な奴だと思われているのだろうか。
「新しく入る隊員もいるし、最終調整がしたいんでしょ。ま、半分は仕事と称した雑談だけどさ」
「全くだ」
過去に覚えがあるのか、忌々しそうに鼻を鳴らした後、今度こそ踵を返して歩いて行った。見えなくなるまで見送った後、俺も玄関へと足を運ぶ。
万が一の装備はちゃんとある。もってこいと言われた端末もある。食事は、最悪帰ってきてから摂れば怒られはしない。
黒い靴を突っ掛けて、森の中へと消える。輝かしい朝日が、ずっと向こうの地平線から覗いていた。
『日の本』。日本という名前だったその土地は、ある日から1日が始まる場所へと変わった。
古来から人を脅かしてきた『魔物』。それらは人を喰い、喰った分だけ力をつけて、より多くの人を襲う、そんな醜悪な化け物。
だが、悪いばかりではない。中には、人の為に尽くす、何処ぞの物語の中の魔法生物のようなものがいれば、人などに興味はないと、何処ぞの森深くで独自の生態系を作ったものもいた。つまり、人を食べずども生きることはできるのである。
魔物が本来喰らうのは、『印力』。空気中に分子レベルで小さく散布している、いわば窒素酸素と同じようなものだ。これを日常的に呼吸することで摂取し、緩やかに成長していく。では何故、それらが人を喰らうようになったのか。
答えは簡単だ。『人が美味いから』。人の中には印力を体質的に多く補完できる者がいる。魔物にとって、それらは沢山の印力が得られる絶品。こうして喰らうことによって人本来の味にも気づき、最終的に人を日常的に襲うようになった。
日本で言う平安から、人々は魔物から身を守る為に独自の防御策を常に講じてきた。魔物にとって最も最高の餌は大量の印力であり、また、最大の武器はそこらの鉄や木などではなく、やはり大量の印力。毒には毒を以って制する。その為に、日本では狩人と呼ばれる者たちが片っ端から魔物を退治していった。
その結果、1950年代に入る頃には、魔物の出現など極稀なものへと変化していた。続く平穏に人々は堕落していき、当時急速に進化していたテクノロジーが人々の生活を代弁し、やがて人々は機械に1日を左右されるようになっていった。
だからだろう。急なアラートに即座に対応できなかったのは。
機械はあくまで人々が作ったものだ。自立思考は人々が教えなければ誕生しない。魔物などまともに見たことがなかった機械たちにとって、それは異形な生物としか認識されず、『危険』という判断までには至らなかった。
遅れをとった人々になす術などない。狩人たちは奮闘したが、全世界に突如出現した何千、何万、いや、何億なのかもしれない。そのような大量の魔物を相手する腕は、この機会飽和社会において受け継がれていることはなかった。
2911年の悲劇。『魔弾侵攻』と名付けられた大規模な侵攻は、世界を破滅に追いやった。
だが、生きた者はいた。数百にも満たない生き残りは、生き延びた地・・・・・・日本で、また明日の朝日を見るために、新たな都市を作った。そして、『日の本』ができた。
周囲は魔物だらけ。堅剛な結界を張ったとしても、それは保証にはならない。そこで彼らは新たに、『ハンター』として、この地を、人々を守っている。
「・・・・・・なーんて、そんなのはどうでもいいんだけどさー」
コポコポ、という音と共にオレンジソーダを注ぐ彼女は、つまらなさそうに頬杖をついた。怠そうにグラスを傾けるその向かいでは、俺がラムネの瓶をこじ開けている。
「ここ90年、魔物倒すばっかでまともに活動できてないじゃん?結界の外とか手回んないし。侵入してくる輩で手一杯なんだってのに、御三家はさー」
「仕方ないでしょ。御三家は己の利益しか眼中にない。現実を見ずに夢物語を追いかけようとするから、被害者が増えるんだよ」
「わあ、辛辣ぅー」
けらけらと笑いながら炭酸を飲んでゲップを漏らす彼女に、はあ、と息を吐く。相変わらず、この人は変わらない。
しっかりと日が水平線から上り切り、下界を照らす朝。窓枠から見える雲一つない快晴が目に眩しい。
「瓦礫の撤去もめんどいしさー。もう殆ど終わったーっていっても、まだ結界付近のは進んでないんだよー。なーんで、日本の関東地方なんて栄えた地域に結界を張ったのー?もーちょっとズレてたら、まだ楽だったかもしれないのにー」
伸ばし棒ばかりのねっとりした口調は朝にはきつい。眉間の皺を伸ばしてから、瓶を傾ける。カラン、と涼やかなビー玉の音がした。
「終わったことは仕方ないでしょ。瓦礫も殆どが長年雨風にさらされて風化されてるんだから、脆くて数十年前に比べたらまだ楽だし。ごちゃごちゃ言わない」
「えー、カオルクンは味方になってくれないんだー、御三家の相手をあたし1人にするんだー、わーん酷いーっ!」
「うっせぇな本当に・・・・・・」
女特有のキーンとする声がうざったくて、また眉を顰める。えぐえぐと嘘泣きをする彼女に冷めた目を向けながら、黒いソファーから立ち上がった。
「一応同伴しますよ、『側近として』ならさ。そろそろ行くよ、『総帥』」
「わーい、総帥ったら頑張っちゃうぞー!」
チャイナヘアからポニーテールのように垂れ下がった茶髪が揺れ動き、黒い膝丈のスカートが宙を舞う。ソファーの背もたれから地面へと勢いよく飛び越えた総帥は、はだけている胸元に光る十字架のネックレスを掲げた。
「さーて、出発進行ーっ!」
「騒がないでよ」
キラキラ光る総帥の隣で、俺は真っ黒なマントを羽織り、フードを口元まで引き下げた。
自分を呼ぶ声に振り向く。まだ暗い朝方、俺の白銀の髪は廊下に取り付けられた照明に輝いた。
「・・・キョーカ。何の用?」
「いや、声をかけただけだ。仕事帰りに」
「・・・そ」
俺がチラリと目を逸らす先は、彼の右手。そこからは、既に拭き取ったのであろう、生臭い嗅ぎ慣れた匂いが漂ってくる。
「また手助けしてきたの?」
「ここから近かったしな。それに、総帥からの命令だった」
「なら仕方ないか。お疲れ」
お疲れ、の言葉と共に欠伸をかました彼は、紫の髪を揺らしながら自分の部屋の方向へと足を向ける。
「ああ。私はもう寝る。お前は何処に行くんだ?」
「これまた総帥のところに」
「・・・お前も大変だな」
「そんな渋い顔しなくても」
総帥からの呼び出しだと知った途端、顔を思いっきり顰めて身を引かれた。そんなに俺は可哀想な奴だと思われているのだろうか。
「新しく入る隊員もいるし、最終調整がしたいんでしょ。ま、半分は仕事と称した雑談だけどさ」
「全くだ」
過去に覚えがあるのか、忌々しそうに鼻を鳴らした後、今度こそ踵を返して歩いて行った。見えなくなるまで見送った後、俺も玄関へと足を運ぶ。
万が一の装備はちゃんとある。もってこいと言われた端末もある。食事は、最悪帰ってきてから摂れば怒られはしない。
黒い靴を突っ掛けて、森の中へと消える。輝かしい朝日が、ずっと向こうの地平線から覗いていた。
『日の本』。日本という名前だったその土地は、ある日から1日が始まる場所へと変わった。
古来から人を脅かしてきた『魔物』。それらは人を喰い、喰った分だけ力をつけて、より多くの人を襲う、そんな醜悪な化け物。
だが、悪いばかりではない。中には、人の為に尽くす、何処ぞの物語の中の魔法生物のようなものがいれば、人などに興味はないと、何処ぞの森深くで独自の生態系を作ったものもいた。つまり、人を食べずども生きることはできるのである。
魔物が本来喰らうのは、『印力』。空気中に分子レベルで小さく散布している、いわば窒素酸素と同じようなものだ。これを日常的に呼吸することで摂取し、緩やかに成長していく。では何故、それらが人を喰らうようになったのか。
答えは簡単だ。『人が美味いから』。人の中には印力を体質的に多く補完できる者がいる。魔物にとって、それらは沢山の印力が得られる絶品。こうして喰らうことによって人本来の味にも気づき、最終的に人を日常的に襲うようになった。
日本で言う平安から、人々は魔物から身を守る為に独自の防御策を常に講じてきた。魔物にとって最も最高の餌は大量の印力であり、また、最大の武器はそこらの鉄や木などではなく、やはり大量の印力。毒には毒を以って制する。その為に、日本では狩人と呼ばれる者たちが片っ端から魔物を退治していった。
その結果、1950年代に入る頃には、魔物の出現など極稀なものへと変化していた。続く平穏に人々は堕落していき、当時急速に進化していたテクノロジーが人々の生活を代弁し、やがて人々は機械に1日を左右されるようになっていった。
だからだろう。急なアラートに即座に対応できなかったのは。
機械はあくまで人々が作ったものだ。自立思考は人々が教えなければ誕生しない。魔物などまともに見たことがなかった機械たちにとって、それは異形な生物としか認識されず、『危険』という判断までには至らなかった。
遅れをとった人々になす術などない。狩人たちは奮闘したが、全世界に突如出現した何千、何万、いや、何億なのかもしれない。そのような大量の魔物を相手する腕は、この機会飽和社会において受け継がれていることはなかった。
2911年の悲劇。『魔弾侵攻』と名付けられた大規模な侵攻は、世界を破滅に追いやった。
だが、生きた者はいた。数百にも満たない生き残りは、生き延びた地・・・・・・日本で、また明日の朝日を見るために、新たな都市を作った。そして、『日の本』ができた。
周囲は魔物だらけ。堅剛な結界を張ったとしても、それは保証にはならない。そこで彼らは新たに、『ハンター』として、この地を、人々を守っている。
「・・・・・・なーんて、そんなのはどうでもいいんだけどさー」
コポコポ、という音と共にオレンジソーダを注ぐ彼女は、つまらなさそうに頬杖をついた。怠そうにグラスを傾けるその向かいでは、俺がラムネの瓶をこじ開けている。
「ここ90年、魔物倒すばっかでまともに活動できてないじゃん?結界の外とか手回んないし。侵入してくる輩で手一杯なんだってのに、御三家はさー」
「仕方ないでしょ。御三家は己の利益しか眼中にない。現実を見ずに夢物語を追いかけようとするから、被害者が増えるんだよ」
「わあ、辛辣ぅー」
けらけらと笑いながら炭酸を飲んでゲップを漏らす彼女に、はあ、と息を吐く。相変わらず、この人は変わらない。
しっかりと日が水平線から上り切り、下界を照らす朝。窓枠から見える雲一つない快晴が目に眩しい。
「瓦礫の撤去もめんどいしさー。もう殆ど終わったーっていっても、まだ結界付近のは進んでないんだよー。なーんで、日本の関東地方なんて栄えた地域に結界を張ったのー?もーちょっとズレてたら、まだ楽だったかもしれないのにー」
伸ばし棒ばかりのねっとりした口調は朝にはきつい。眉間の皺を伸ばしてから、瓶を傾ける。カラン、と涼やかなビー玉の音がした。
「終わったことは仕方ないでしょ。瓦礫も殆どが長年雨風にさらされて風化されてるんだから、脆くて数十年前に比べたらまだ楽だし。ごちゃごちゃ言わない」
「えー、カオルクンは味方になってくれないんだー、御三家の相手をあたし1人にするんだー、わーん酷いーっ!」
「うっせぇな本当に・・・・・・」
女特有のキーンとする声がうざったくて、また眉を顰める。えぐえぐと嘘泣きをする彼女に冷めた目を向けながら、黒いソファーから立ち上がった。
「一応同伴しますよ、『側近として』ならさ。そろそろ行くよ、『総帥』」
「わーい、総帥ったら頑張っちゃうぞー!」
チャイナヘアからポニーテールのように垂れ下がった茶髪が揺れ動き、黒い膝丈のスカートが宙を舞う。ソファーの背もたれから地面へと勢いよく飛び越えた総帥は、はだけている胸元に光る十字架のネックレスを掲げた。
「さーて、出発進行ーっ!」
「騒がないでよ」
キラキラ光る総帥の隣で、俺は真っ黒なマントを羽織り、フードを口元まで引き下げた。