閲覧前に必ずご確認ください
話によるためシリーズとしてのタグはつけませんが、暴力表現がある場合がございます。読む前に、1話ごとにチェックしていただくことをお勧めします。
この『日の本』は、蛍黒寮を中心に半円球状の結界が張られ、その結界内には四等分された『保護地域』が存在する。
その保護地域から蛍黒寮までの間には、深い森が境界として分断している。その深い森のどこかに、人知れずひっそりと暮らす者達がいた。
木々に隠されるようにして存在する、仄かな印力の道標。情報部隊が誇る探知能力でも発見することができないこの道標は、総帥とあいつらが俺の為に作ってくれた特注品だ。
等間隔で記されたその緑色の光を走って追いながら、総帥の言った言葉に想いを馳せた。
(『他の子達にも手伝ってもらうからね』って・・・あいつはともかく、2人が聞いたらどうなるか)
果たして試験は波乱なく終わるのだろうか、と眉を顰めた。
最後の道標。その光に追いついた時、周囲の緑に吸われるかのように消え、代わりに木々で覆われていた視界が開け、木造の建築物が現れた。
鉄の門に近づき、『家』と書かれた表札の隣にある機械に手を伸ばす。
《印力を検知 認証完了 登録済みです》
その音声と共に、門が開かれる。
門を潜り、玄関の扉を開けて閉め、三和土で靴を脱ぎ、靴箱に入れる。そこから少し歩けば襖があり、そこを開くと、大きなコ型のソファーが現れた。いつもながらにインパクトがすごい。当然ながら、これをリビングに置いたのは総帥である。
「あ、おかえんさい」
その無駄にでかいソファーから顔をひょっこりと出したのは、とても薄い桃色の髪と目をした男。ぴょんと座っていた場所から飛び降りる様は子供のようで、その証拠に身長だって低い。150いくつとか言ってたな。つまりチビ。だが、その中身はれっきとした20代である。
「またチビとか思っとるやろ。お前は顔に出やすいねん」
「総帥には分かりずらいって言われるんだけど」
「言葉の綾やろ。そりゃ、お前のことよく知らん奴には無表情に思われてもしゃーない顔面しとるわボケ」
「ボケなんか言わないでよー」
軽口を叩きながら俺はソファーに座り込み、彼は部屋の隅の冷蔵庫へと歩いていく。
ふわ、と大きなあくびをした。それから、さっきまで羽織っていた黒いマントを背もたれにかける。改めてソファーに身を沈めると、詰められたバネと綿が俺の体を優しく包み込んだ。・・・無駄にでかいものしか作らないけど、その質はちゃんとぜんぶいいんだよなぁ。
「カオル」
「ありがとー冬理」
渡されたのは瓶のラムネ。ビー玉を押し込むと小君いい音がして、瓶を傾ければ強い炭酸が俺の喉を刺激する。
「あ"ー染み渡る」
「幸せそうで何よりや」
ケラケラと笑った冬理は、またもやソファーに寝転がり、手元の端末を起動した。
「何見てんの?」
「お前が道標使ったやろ、また起動させとる。今やっとかんと忘れるやろうしな」
「あー、」
ぽちぽち、と足先で雑に機械を操作するショタを横目に、最後の一滴を啜った。
「あれ、そういえば2人は?」
「キョーカは部屋で書類でも見とんやろ。毬藻は手当した後だから疲れて寝てる」
「そっか」
毬藻には申し訳ないが、起こさせてもらおう。今冬理たちに試験について話したとしても、同意を求められないのは勿論、下手したら『家』が爆散するかもしれない。まずは毬藻に意見を聞いた方がスムーズに進みそうだ。
「毬藻に用あるんだけど、どこで寝てるの?」
「医務室やろ。起きてたら自分の部屋か地下ちゃう?」
「りょ」
空瓶をゴミ箱の中に鮮やかにシュートさせると、背後から『コラァ!』という声が聞こえた気がするけれども、無視無視。
リビングを出て、廊下を歩く。あのクソでかソファーを入れるためにリビングをクソデカく設計したせいで、廊下が建物の大きさの割に長いのだ。設計者であるあの馬鹿に異議を申し立てたい。
廊下の先には、冬理の文字で『医務室 いるぜ』と書かれた札がぶら下がった襖がある。あの札が表になっているということは、まだ寝ているのだろう。できるだけ静かに襖を引いて、部屋の中に頭を突っ込む。4つ程のベットが並んでいる内の一つにカーテンが引かれていて、静かな寝息が聞こえた。足まで部屋に入れて、そろりそろりと忍足で近づき、カーテンの中に頭だけ突っ込む。
その瞬間、目の前が緑の光に覆われ、瞬時に身を引く。すると、カーテンの隙間から緑に光る腕のような機械が数本、ウヨウヨと出てきた。普通にセンシティブ。
〈あー、カオルか?すまん、防御システムを起動してた〉
「怖いって・・・」
のそりと深緑の髪を掻き上げながら這い出てきた毬藻は、骨伝導式の機械を頭に装着し直した。ウヨウヨアームは彼の袖口にウヨウヨと消えていく。なんなんあれ。
〈・・・で?わざわざ寝てたの起こすってことは、何かあったか?そういやお前、今日総帥んとこに呼び出されてたな。大方、次の新隊員選抜についてとかだろ〉
「・・・相変わらずの思考力で」
機械音の音声を発しながら、服を整えて、最後に口に大きな毒マスクをつける。頭の機械を指で弄った毬藻は、じっとこちらを見つめた後、仕方ないように腕を下ろした。
〈まずはお前着替えろ。話はそれからだ〉
「りょ」
仕事着のままなの忘れてた。
〈総帥の考えはわかる。今までの選抜形式じゃ碌な人間が取れるわけがない。試験内容を変更した際に俺たちが試験監督として抜擢されるのもまあわかる〉
2階の角部屋にある俺の部屋。毬藻は開いたままの襖の角に寄りかかり、俺は適当にクローゼットから黒いパーカーとジーンズを出してから服を脱いでいく。
「そうなの?俺わかんなかったんだけど」
〈よく考えてみろ。どうせ、会議じゃ体内印力量だけじゃ人の力量は計れねぇって結論が出たんだろ。そりゃ当たり前だ。だが、各隊の試験監督になるはずだった奴ら・・・つまり各副隊長の中には、『魔印』の威力だけで威勢張ってる馬鹿がいるだろ〉
「・・・全員がそうとは言わないけれど、まぁそうだね」
パンイチ状態で空を見つめ、頷く。心当たりは無きにしも非ず。
〈そういう奴らに、そいつ本来の力や努力がわかるかってんだ。そうなると適任を代わりに据えろやって話になるだろ。そしたら、一番使い勝手のいい俺らに話がくるに決まってる〉
ジーパンを履き、パーカーを手に持つ。
「まぁそっか。でも、何で俺らの情報を開示してまでそんなことをする必要があったんだと思う?」
頭から被って腕を通す。俺の白銀の髪の毛が静電気で広がった。
〈丁度いい頃合いだったんだろ〉
髪の毛を撫で付ける俺の手の動きが止まる。
「は?」
〈ギラつかせんなよ。想像はつくだろ〉
毬藻はため息をつきながら腕を組み、目を伏せた。
〈俺たちは『死神』として動いちゃいるが、表向きには『いつの間にか自隊のハンターを殺している極悪人』で通ってんだ。その上俺たちは本来この世にいないはずの亡霊なんだから、つまり俺たちの存在を正確に表現すると『亡霊が何か生きてる人間殺してんぞ』っていうことなんだよ〉
「・・・別に悪いことはしていない」
〈そうだ。俺たちは別に悪いことをしているというわけじゃあない。殺してる奴らだって、蛍黒寮への反乱分子か『外』からの侵入者。そいつら泳がせて現行犯逮捕代わりに殺しているだけだ。総帥の目につくぐらいにヤベェ奴は、どうせ更生なんかしないしな。
だが、外野からみりゃあ俺たちは罪を犯した人、という立場と同じわけさ。俺たちをよく思わない人間が俺たちの悪い噂流してます、これ聞いたらどう思う〉
「どうでもいい」
〈俺たち当事者はな。だが、特別変に優しい人間、たとえば総帥とかだったらどうすると思う?〉
「・・・守るだろうね。本当に変な人だから」
〈だろ。つまり、そういうことだ〉
言い終わった毬藻が、ふと廊下に目を向ける。どうした、と俺も外に出ると、そこには寝巻きの浴衣を着たままのキョーカが立っていた。サー、と背筋に冷や汗が伝う。
「え、聞いてた?」
「・・・試験監督」
「まじかぁ」
どうしよう。円満に話すつもりだったのにバッチリ聞かれたんだが。暴れて建物壊さないでくれよ。
俺の祈りは虚しく、キョーカの顔には青筋が立っていた。ああ、その綺麗な女顔が怒りに染まっていきますわ。けれども、怒りに染まる貴方も素敵ですわね。・・・なんつって。
キョーカの腰まである桔梗色の髪の毛が揺れた瞬間が戦いの始まりだ。見逃すでない、その瞬間を。
じっと待っていると、キョーカはふあぁと欠伸をかました。・・・?
「別にいい。それより冬理を納得させてやれ」
ひらひらと手を振って自分の部屋へと戻っていく後ろ姿に声をかける気にはなれず、廊下で立ち尽くす。そんな俺の背中を、毬藻がポンと叩いた。
〈キョーカは昔からあんな奴だ〉
「やめろよ幼馴染ムーブ」
「嫌やで!?何で俺がせなあかんの!?」
予想通りの大声に鼓膜が鳴る。あまりの破壊力に数秒、世界に空白が生まれた。
「声うっさい」
〈冬理、こればっかりは総帥命令だ。頷いとけ〉
「嫌や!俺、協力なんかしたない!」
ソファーの上で頬を膨らませながらぷいと横を向く。
「や!や!」
そう言いながらソファーの上で手足をジタバタと動かす姿を見て、毬藻があからさまにため息をついた。
〈駄々こねてんじゃねぇ〉
「わーかっこよくなーい。やっぱチビなんじゃーん」
「・・・だって、どうせみんな『あいつら』と一緒やろ・・・違うのは総帥と3人だけやもん」
ぎゅ、と団子になってうずくまるその姿は、やはりショタ。そのショタを囲むように立っている平均身長(170センチ代)の俺たち。ちょっと絵面にきついところがある。
「怖いんよ。あるわけないってわかっとるけど、またあんなことがあったら、俺はきっと、今度こそ壊れると思う」
抱え込んだ膝に向かって目を伏せるその表情はやけに大人びていて、それでいて哀愁を含んでいて。その意味を正しく知る毬藻は、俺の隣で静かに佇む。が、その手が震えているのを隠すように強く握りこんだのを、俺は知っている。
〈あんなことは絶対に二度と起こらない。どう断言してもか?〉
「この世界に絶対はないんや。教えてくれたのは毬藻とキョーカやろ?」
わー、なんか喧嘩腰になってない?大丈夫?やばくなったら俺が入るか。
そう考えた俺を遮るかのように、いつの間にか室内に入ってきていたキョーカが、毬藻が立つ方と逆側を通り、勢いよくソファーへと身を沈めた。その拍子に、反動で冬理がソファーの上で飛び上がる。
「びっくりするやろ!急に座んなや!」
「お前はまだそんな子供みたいなことを言っているのか」
「話逸らさんといて!それに、もう子供ちゃうし!」
「私たち2人にとっては、お前はいつまで経っても子供だ」
そう静かに言葉を紡ぐキョーカは、ソファーの背に腕を回しふんぞり返ると、横目で冬理の方を見やる。顔にかかる桔梗色の髪が、緩やかに重力に沿って流された。
「そして、いつまで経っても私たちの幼馴染だ」
ためらいなく、自分たちに間違っているところはないと言わんばかりのその姿は、いつも堂々としていて、かっこいい。そんなキョーカの様子に顔を緩めた毬藻が、追い打ちをかけるように反対側に座る。
〈俺たちがお前から離れることは二度とない。だから信じろ。俺たちは、俺は、ずっとお前の傍にいるから〉
「不安になるくらいなら視界の中にずっといる方がいい。それに、私たちだって、もうこの場所から離れて行く宛などないからな」
その言葉を両脇からかけられた冬理は、そのくりりとした大きな目を見開いた後、優しく弧を描いて声を出さずに笑った。呆れたとでも言いたげに毬藻の肩に頭を預けて、ソファーに零れ落ちているキョーカの長い髪に手を触れる。
その様子を見守る両脇の2人は、表情を変えずに顔を見合わせて、また平然と正面に向き直る。そして片手で端末を、または本を取り出し、各々の作業を進めていく。その中心を陣取るショタは、あどけない顔で眠っていた。
そして俺はというと、清浄な空気でも流れているのかと言いたくなるようなその空気に居心地が悪くなり、とっくの昔に退散していた。襖の隙間から見える平和な光景に、そっと息を吐く。静かに伸びをすると、二階への階段を上っていく。
込み入ったてえてえ発揮してんじゃないぞコラ。3人と俺では各々の事情が全く違う。年の数だけ同じ時間を過ごした幼馴染である3人の中に部外者である俺が混ざっているのが、現在の『死神』メンツだ。通りで3人の世界に入られた瞬間に俺は気まずくなるわけで。取り合えず、試験監督は請け負ってもらえるってことでいいのかな?
自分の部屋に入り、さっき回収していた自分のマントをクローゼットにしまう。そして紙束を手に持つと、ベッドへ身をダイブした。
「黒ーい」
自ら模様替えした室内は真っ黒で。唯一カラフルなのは、3人+α(総帥)に貰った置物ぐらいではないだろうか。家具も、布も、壁も。黒に濡れたかのような世界はあの箱庭とは正反対で、心が落ち着くと同時に頭が痛んだ。
米神に手をやりながら、帰り際に総帥に渡された資料を空に掲げる。
『殆どの業務は君たちに頼んでるからさー、すり合わせよろぴくー!』
(そろそろ本当に殺されてもいい人間に思えてきたな、あの人)
至極当然かのように総帥としての業務も書類に混じれさせていた様子を思い出してため息をつく。クリップ止めされている資料の束をどこかへ放り投げて、その手を額に乗せた。
冷え性であるからか、冷たい。最近は魔印力を使うような機会はないから、その影響で印力が体に溜まっているのかもしれない。まあ、その時はその時だ。命に支障はないだろう。
ふと顔にかかった光の帯に、カーテンを閉め忘れていたことを思い出す。起きるのも億劫だと叫ぶ体に鞭打って起き上がり、カーテンを閉めるために立ち上がった。
木々の隙間から見える燈色の光。いつの間にか黄昏時になっていたことが何故か不愉快に感じて、また米神が痛んだ。
やっぱり、今日はよろしくない日なのかもしれない。
そう考えるのも面倒臭くなって、乱暴にカーテンを引きずると、力なくベッドに倒れこんだ。
最早どうやって掛け布団をかけたのかも覚えていない。ただどうしようもなく、あの光からただ逃れたかった。
その保護地域から蛍黒寮までの間には、深い森が境界として分断している。その深い森のどこかに、人知れずひっそりと暮らす者達がいた。
木々に隠されるようにして存在する、仄かな印力の道標。情報部隊が誇る探知能力でも発見することができないこの道標は、総帥とあいつらが俺の為に作ってくれた特注品だ。
等間隔で記されたその緑色の光を走って追いながら、総帥の言った言葉に想いを馳せた。
(『他の子達にも手伝ってもらうからね』って・・・あいつはともかく、2人が聞いたらどうなるか)
果たして試験は波乱なく終わるのだろうか、と眉を顰めた。
最後の道標。その光に追いついた時、周囲の緑に吸われるかのように消え、代わりに木々で覆われていた視界が開け、木造の建築物が現れた。
鉄の門に近づき、『家』と書かれた表札の隣にある機械に手を伸ばす。
《印力を検知 認証完了 登録済みです》
その音声と共に、門が開かれる。
門を潜り、玄関の扉を開けて閉め、三和土で靴を脱ぎ、靴箱に入れる。そこから少し歩けば襖があり、そこを開くと、大きなコ型のソファーが現れた。いつもながらにインパクトがすごい。当然ながら、これをリビングに置いたのは総帥である。
「あ、おかえんさい」
その無駄にでかいソファーから顔をひょっこりと出したのは、とても薄い桃色の髪と目をした男。ぴょんと座っていた場所から飛び降りる様は子供のようで、その証拠に身長だって低い。150いくつとか言ってたな。つまりチビ。だが、その中身はれっきとした20代である。
「またチビとか思っとるやろ。お前は顔に出やすいねん」
「総帥には分かりずらいって言われるんだけど」
「言葉の綾やろ。そりゃ、お前のことよく知らん奴には無表情に思われてもしゃーない顔面しとるわボケ」
「ボケなんか言わないでよー」
軽口を叩きながら俺はソファーに座り込み、彼は部屋の隅の冷蔵庫へと歩いていく。
ふわ、と大きなあくびをした。それから、さっきまで羽織っていた黒いマントを背もたれにかける。改めてソファーに身を沈めると、詰められたバネと綿が俺の体を優しく包み込んだ。・・・無駄にでかいものしか作らないけど、その質はちゃんとぜんぶいいんだよなぁ。
「カオル」
「ありがとー冬理」
渡されたのは瓶のラムネ。ビー玉を押し込むと小君いい音がして、瓶を傾ければ強い炭酸が俺の喉を刺激する。
「あ"ー染み渡る」
「幸せそうで何よりや」
ケラケラと笑った冬理は、またもやソファーに寝転がり、手元の端末を起動した。
「何見てんの?」
「お前が道標使ったやろ、また起動させとる。今やっとかんと忘れるやろうしな」
「あー、」
ぽちぽち、と足先で雑に機械を操作するショタを横目に、最後の一滴を啜った。
「あれ、そういえば2人は?」
「キョーカは部屋で書類でも見とんやろ。毬藻は手当した後だから疲れて寝てる」
「そっか」
毬藻には申し訳ないが、起こさせてもらおう。今冬理たちに試験について話したとしても、同意を求められないのは勿論、下手したら『家』が爆散するかもしれない。まずは毬藻に意見を聞いた方がスムーズに進みそうだ。
「毬藻に用あるんだけど、どこで寝てるの?」
「医務室やろ。起きてたら自分の部屋か地下ちゃう?」
「りょ」
空瓶をゴミ箱の中に鮮やかにシュートさせると、背後から『コラァ!』という声が聞こえた気がするけれども、無視無視。
リビングを出て、廊下を歩く。あのクソでかソファーを入れるためにリビングをクソデカく設計したせいで、廊下が建物の大きさの割に長いのだ。設計者であるあの馬鹿に異議を申し立てたい。
廊下の先には、冬理の文字で『医務室 いるぜ』と書かれた札がぶら下がった襖がある。あの札が表になっているということは、まだ寝ているのだろう。できるだけ静かに襖を引いて、部屋の中に頭を突っ込む。4つ程のベットが並んでいる内の一つにカーテンが引かれていて、静かな寝息が聞こえた。足まで部屋に入れて、そろりそろりと忍足で近づき、カーテンの中に頭だけ突っ込む。
その瞬間、目の前が緑の光に覆われ、瞬時に身を引く。すると、カーテンの隙間から緑に光る腕のような機械が数本、ウヨウヨと出てきた。普通にセンシティブ。
〈あー、カオルか?すまん、防御システムを起動してた〉
「怖いって・・・」
のそりと深緑の髪を掻き上げながら這い出てきた毬藻は、骨伝導式の機械を頭に装着し直した。ウヨウヨアームは彼の袖口にウヨウヨと消えていく。なんなんあれ。
〈・・・で?わざわざ寝てたの起こすってことは、何かあったか?そういやお前、今日総帥んとこに呼び出されてたな。大方、次の新隊員選抜についてとかだろ〉
「・・・相変わらずの思考力で」
機械音の音声を発しながら、服を整えて、最後に口に大きな毒マスクをつける。頭の機械を指で弄った毬藻は、じっとこちらを見つめた後、仕方ないように腕を下ろした。
〈まずはお前着替えろ。話はそれからだ〉
「りょ」
仕事着のままなの忘れてた。
〈総帥の考えはわかる。今までの選抜形式じゃ碌な人間が取れるわけがない。試験内容を変更した際に俺たちが試験監督として抜擢されるのもまあわかる〉
2階の角部屋にある俺の部屋。毬藻は開いたままの襖の角に寄りかかり、俺は適当にクローゼットから黒いパーカーとジーンズを出してから服を脱いでいく。
「そうなの?俺わかんなかったんだけど」
〈よく考えてみろ。どうせ、会議じゃ体内印力量だけじゃ人の力量は計れねぇって結論が出たんだろ。そりゃ当たり前だ。だが、各隊の試験監督になるはずだった奴ら・・・つまり各副隊長の中には、『魔印』の威力だけで威勢張ってる馬鹿がいるだろ〉
「・・・全員がそうとは言わないけれど、まぁそうだね」
パンイチ状態で空を見つめ、頷く。心当たりは無きにしも非ず。
〈そういう奴らに、そいつ本来の力や努力がわかるかってんだ。そうなると適任を代わりに据えろやって話になるだろ。そしたら、一番使い勝手のいい俺らに話がくるに決まってる〉
ジーパンを履き、パーカーを手に持つ。
「まぁそっか。でも、何で俺らの情報を開示してまでそんなことをする必要があったんだと思う?」
頭から被って腕を通す。俺の白銀の髪の毛が静電気で広がった。
〈丁度いい頃合いだったんだろ〉
髪の毛を撫で付ける俺の手の動きが止まる。
「は?」
〈ギラつかせんなよ。想像はつくだろ〉
毬藻はため息をつきながら腕を組み、目を伏せた。
〈俺たちは『死神』として動いちゃいるが、表向きには『いつの間にか自隊のハンターを殺している極悪人』で通ってんだ。その上俺たちは本来この世にいないはずの亡霊なんだから、つまり俺たちの存在を正確に表現すると『亡霊が何か生きてる人間殺してんぞ』っていうことなんだよ〉
「・・・別に悪いことはしていない」
〈そうだ。俺たちは別に悪いことをしているというわけじゃあない。殺してる奴らだって、蛍黒寮への反乱分子か『外』からの侵入者。そいつら泳がせて現行犯逮捕代わりに殺しているだけだ。総帥の目につくぐらいにヤベェ奴は、どうせ更生なんかしないしな。
だが、外野からみりゃあ俺たちは罪を犯した人、という立場と同じわけさ。俺たちをよく思わない人間が俺たちの悪い噂流してます、これ聞いたらどう思う〉
「どうでもいい」
〈俺たち当事者はな。だが、特別変に優しい人間、たとえば総帥とかだったらどうすると思う?〉
「・・・守るだろうね。本当に変な人だから」
〈だろ。つまり、そういうことだ〉
言い終わった毬藻が、ふと廊下に目を向ける。どうした、と俺も外に出ると、そこには寝巻きの浴衣を着たままのキョーカが立っていた。サー、と背筋に冷や汗が伝う。
「え、聞いてた?」
「・・・試験監督」
「まじかぁ」
どうしよう。円満に話すつもりだったのにバッチリ聞かれたんだが。暴れて建物壊さないでくれよ。
俺の祈りは虚しく、キョーカの顔には青筋が立っていた。ああ、その綺麗な女顔が怒りに染まっていきますわ。けれども、怒りに染まる貴方も素敵ですわね。・・・なんつって。
キョーカの腰まである桔梗色の髪の毛が揺れた瞬間が戦いの始まりだ。見逃すでない、その瞬間を。
じっと待っていると、キョーカはふあぁと欠伸をかました。・・・?
「別にいい。それより冬理を納得させてやれ」
ひらひらと手を振って自分の部屋へと戻っていく後ろ姿に声をかける気にはなれず、廊下で立ち尽くす。そんな俺の背中を、毬藻がポンと叩いた。
〈キョーカは昔からあんな奴だ〉
「やめろよ幼馴染ムーブ」
「嫌やで!?何で俺がせなあかんの!?」
予想通りの大声に鼓膜が鳴る。あまりの破壊力に数秒、世界に空白が生まれた。
「声うっさい」
〈冬理、こればっかりは総帥命令だ。頷いとけ〉
「嫌や!俺、協力なんかしたない!」
ソファーの上で頬を膨らませながらぷいと横を向く。
「や!や!」
そう言いながらソファーの上で手足をジタバタと動かす姿を見て、毬藻があからさまにため息をついた。
〈駄々こねてんじゃねぇ〉
「わーかっこよくなーい。やっぱチビなんじゃーん」
「・・・だって、どうせみんな『あいつら』と一緒やろ・・・違うのは総帥と3人だけやもん」
ぎゅ、と団子になってうずくまるその姿は、やはりショタ。そのショタを囲むように立っている平均身長(170センチ代)の俺たち。ちょっと絵面にきついところがある。
「怖いんよ。あるわけないってわかっとるけど、またあんなことがあったら、俺はきっと、今度こそ壊れると思う」
抱え込んだ膝に向かって目を伏せるその表情はやけに大人びていて、それでいて哀愁を含んでいて。その意味を正しく知る毬藻は、俺の隣で静かに佇む。が、その手が震えているのを隠すように強く握りこんだのを、俺は知っている。
〈あんなことは絶対に二度と起こらない。どう断言してもか?〉
「この世界に絶対はないんや。教えてくれたのは毬藻とキョーカやろ?」
わー、なんか喧嘩腰になってない?大丈夫?やばくなったら俺が入るか。
そう考えた俺を遮るかのように、いつの間にか室内に入ってきていたキョーカが、毬藻が立つ方と逆側を通り、勢いよくソファーへと身を沈めた。その拍子に、反動で冬理がソファーの上で飛び上がる。
「びっくりするやろ!急に座んなや!」
「お前はまだそんな子供みたいなことを言っているのか」
「話逸らさんといて!それに、もう子供ちゃうし!」
「私たち2人にとっては、お前はいつまで経っても子供だ」
そう静かに言葉を紡ぐキョーカは、ソファーの背に腕を回しふんぞり返ると、横目で冬理の方を見やる。顔にかかる桔梗色の髪が、緩やかに重力に沿って流された。
「そして、いつまで経っても私たちの幼馴染だ」
ためらいなく、自分たちに間違っているところはないと言わんばかりのその姿は、いつも堂々としていて、かっこいい。そんなキョーカの様子に顔を緩めた毬藻が、追い打ちをかけるように反対側に座る。
〈俺たちがお前から離れることは二度とない。だから信じろ。俺たちは、俺は、ずっとお前の傍にいるから〉
「不安になるくらいなら視界の中にずっといる方がいい。それに、私たちだって、もうこの場所から離れて行く宛などないからな」
その言葉を両脇からかけられた冬理は、そのくりりとした大きな目を見開いた後、優しく弧を描いて声を出さずに笑った。呆れたとでも言いたげに毬藻の肩に頭を預けて、ソファーに零れ落ちているキョーカの長い髪に手を触れる。
その様子を見守る両脇の2人は、表情を変えずに顔を見合わせて、また平然と正面に向き直る。そして片手で端末を、または本を取り出し、各々の作業を進めていく。その中心を陣取るショタは、あどけない顔で眠っていた。
そして俺はというと、清浄な空気でも流れているのかと言いたくなるようなその空気に居心地が悪くなり、とっくの昔に退散していた。襖の隙間から見える平和な光景に、そっと息を吐く。静かに伸びをすると、二階への階段を上っていく。
込み入ったてえてえ発揮してんじゃないぞコラ。3人と俺では各々の事情が全く違う。年の数だけ同じ時間を過ごした幼馴染である3人の中に部外者である俺が混ざっているのが、現在の『死神』メンツだ。通りで3人の世界に入られた瞬間に俺は気まずくなるわけで。取り合えず、試験監督は請け負ってもらえるってことでいいのかな?
自分の部屋に入り、さっき回収していた自分のマントをクローゼットにしまう。そして紙束を手に持つと、ベッドへ身をダイブした。
「黒ーい」
自ら模様替えした室内は真っ黒で。唯一カラフルなのは、3人+α(総帥)に貰った置物ぐらいではないだろうか。家具も、布も、壁も。黒に濡れたかのような世界はあの箱庭とは正反対で、心が落ち着くと同時に頭が痛んだ。
米神に手をやりながら、帰り際に総帥に渡された資料を空に掲げる。
『殆どの業務は君たちに頼んでるからさー、すり合わせよろぴくー!』
(そろそろ本当に殺されてもいい人間に思えてきたな、あの人)
至極当然かのように総帥としての業務も書類に混じれさせていた様子を思い出してため息をつく。クリップ止めされている資料の束をどこかへ放り投げて、その手を額に乗せた。
冷え性であるからか、冷たい。最近は魔印力を使うような機会はないから、その影響で印力が体に溜まっているのかもしれない。まあ、その時はその時だ。命に支障はないだろう。
ふと顔にかかった光の帯に、カーテンを閉め忘れていたことを思い出す。起きるのも億劫だと叫ぶ体に鞭打って起き上がり、カーテンを閉めるために立ち上がった。
木々の隙間から見える燈色の光。いつの間にか黄昏時になっていたことが何故か不愉快に感じて、また米神が痛んだ。
やっぱり、今日はよろしくない日なのかもしれない。
そう考えるのも面倒臭くなって、乱暴にカーテンを引きずると、力なくベッドに倒れこんだ。
最早どうやって掛け布団をかけたのかも覚えていない。ただどうしようもなく、あの光からただ逃れたかった。