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宝石の涙記

#4

第四話 ――影の残したもの



 影が消えた広場には、まだ冷たい空気が残っていた。
 黒い霧は跡形もなく消えたが、地面には焦げたような痕が残り、周囲の木々は色を失ったままだ。

 リリアは胸に手を当て、深く息を吸った。
 涙が光を放った瞬間の感覚が、まだ指先に残っている。

 「……怖かったけど、あの影……」

 言葉を探すように呟くと、カイルが横目でリリアを見る。

 「何か感じたのか?」

 リリアは少し迷い、やがて静かに頷いた。

 「すごく……悲しそうだった。怒ってるとか、襲いたいとかじゃなくて……助けを求めてるみたいな……そんな感じがしたの」

 カイルは驚いたように目を見開いた。

 「影に“感情”を感じたのか?」

 「うん……変かな」

 「いや、むしろ……あり得るかもしれない」

 カイルは広場の中心に歩み寄り、地面に残った黒い痕をしゃがんで調べ始めた。

 「影はただの災厄じゃない。何かの“結果”だとしたら……」

 「結果……?」

 リリアが近づくと、カイルは黒い痕に触れず、指先でその周囲をなぞった。

 「この痕、魔力の残滓に似ている。誰かが意図的に作り出したものか、あるいは……」

 言葉を切り、カイルはリリアのほうを見た。

 「強い感情が形になった可能性もある」

 リリアは息を呑んだ。

 「感情が……影に?」

 「普通はありえない。でも、君の涙が宝石になるように、この世界には“感情が形を持つ”現象がある。なら、負の感情が影になることも……」

 カイルの言葉は、リリアの胸に重く落ちた。

 ――あの影の悲しみは、本物だった。

 リリアは影の“目”を思い出し、胸が締めつけられる。

 そのとき――。

 「……カイル、これ……」

 リリアが指差した先に、小さな光の粒が落ちていた。
 影が消えた場所の中心に、ぽつんと残されている。

 カイルが慎重に拾い上げると、それは黒い石のようだった。
 だが、ただの石ではない。内部に淡い光が揺らめいている。

 「……“影核”だ」

 「かげ……かく?」

 「影が完全に消えるとき、まれに残る核だ。影の“心臓”みたいなものだよ」

 リリアは息を呑んだ。

 「じゃあ……この中に、影の感情が?」

 「かもしれない。だが、これは危険だ。扱いを誤れば、また影が生まれる」

 カイルは影核を布で包み、慎重に袋へしまった。

 「村の長老に見せよう。影の正体を知る手がかりになるはずだ」

 リリアは頷いたが、胸の奥にひっかかるものがあった。

 ――影は、本当に“悪いもの”なのだろうか。

 あの悲しみは、誰かの叫びのようだった。

 「リリア」

 カイルが優しく声をかける。

 「君が感じたことは、きっと無駄じゃない。影の真実を知るためにも、君の力が必要だ」

 リリアは胸元の革袋を握りしめた。
 アクアマリンの宝石が、かすかに温かい。

 「……うん。わたし、行くよ。もっと知りたい。影のことも……涙のことも」

 カイルは微笑み、森の奥へ続く道を指した。

 「村へ戻る前に、もう一つだけ寄りたい場所がある。影が最初に現れた場所だ」

 リリアは頷き、二人は再び歩き出した。

 森の奥へ――
 影の始まりへ――
 そして、リリア自身の秘密へと近づいていく。

2026/02/11 17:55

柘榴石#あべべ推し
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