影が消えた広場には、まだ冷たい空気が残っていた。
黒い霧は跡形もなく消えたが、地面には焦げたような痕が残り、周囲の木々は色を失ったままだ。
リリアは胸に手を当て、深く息を吸った。
涙が光を放った瞬間の感覚が、まだ指先に残っている。
「……怖かったけど、あの影……」
言葉を探すように呟くと、カイルが横目でリリアを見る。
「何か感じたのか?」
リリアは少し迷い、やがて静かに頷いた。
「すごく……悲しそうだった。怒ってるとか、襲いたいとかじゃなくて……助けを求めてるみたいな……そんな感じがしたの」
カイルは驚いたように目を見開いた。
「影に“感情”を感じたのか?」
「うん……変かな」
「いや、むしろ……あり得るかもしれない」
カイルは広場の中心に歩み寄り、地面に残った黒い痕をしゃがんで調べ始めた。
「影はただの災厄じゃない。何かの“結果”だとしたら……」
「結果……?」
リリアが近づくと、カイルは黒い痕に触れず、指先でその周囲をなぞった。
「この痕、魔力の残滓に似ている。誰かが意図的に作り出したものか、あるいは……」
言葉を切り、カイルはリリアのほうを見た。
「強い感情が形になった可能性もある」
リリアは息を呑んだ。
「感情が……影に?」
「普通はありえない。でも、君の涙が宝石になるように、この世界には“感情が形を持つ”現象がある。なら、負の感情が影になることも……」
カイルの言葉は、リリアの胸に重く落ちた。
――あの影の悲しみは、本物だった。
リリアは影の“目”を思い出し、胸が締めつけられる。
そのとき――。
「……カイル、これ……」
リリアが指差した先に、小さな光の粒が落ちていた。
影が消えた場所の中心に、ぽつんと残されている。
カイルが慎重に拾い上げると、それは黒い石のようだった。
だが、ただの石ではない。内部に淡い光が揺らめいている。
「……“影核”だ」
「かげ……かく?」
「影が完全に消えるとき、まれに残る核だ。影の“心臓”みたいなものだよ」
リリアは息を呑んだ。
「じゃあ……この中に、影の感情が?」
「かもしれない。だが、これは危険だ。扱いを誤れば、また影が生まれる」
カイルは影核を布で包み、慎重に袋へしまった。
「村の長老に見せよう。影の正体を知る手がかりになるはずだ」
リリアは頷いたが、胸の奥にひっかかるものがあった。
――影は、本当に“悪いもの”なのだろうか。
あの悲しみは、誰かの叫びのようだった。
「リリア」
カイルが優しく声をかける。
「君が感じたことは、きっと無駄じゃない。影の真実を知るためにも、君の力が必要だ」
リリアは胸元の革袋を握りしめた。
アクアマリンの宝石が、かすかに温かい。
「……うん。わたし、行くよ。もっと知りたい。影のことも……涙のことも」
カイルは微笑み、森の奥へ続く道を指した。
「村へ戻る前に、もう一つだけ寄りたい場所がある。影が最初に現れた場所だ」
リリアは頷き、二人は再び歩き出した。
森の奥へ――
影の始まりへ――
そして、リリア自身の秘密へと近づいていく。