年が明け、文久三(一八六三)年の始め、募りに応じた浪士の総集会が、伝通院内の学習院で開かれた。集まったのは二百名以上。
「これだけ集まると取りまとめる人も苦労しそうですね。」
実際沖田の言う通り、幕府もかなりの配慮をしているのか、旗本などの大物を浪士取扱に任命していた。
だが、浪士組の中心人物は幕府の人間だけでなく、尊王攘夷の過激派として有名な清河八郎をはじめとする者たちがいた。それに、
「あれ?」
気がついたのは新月だけではない。この場での再会を約束した松平上総介が見当たらない。後から聞いた話では、松平上総介は予定を超過した人数に先の事を考え辞職したらしい。その代わりに浪士取扱に新しく任命されたのが鵜殿鳩翁である。かつて目付として幕府に仕えていた人物だが、安政の大獄により左遷されている。その理由としては攘夷を主張したためとも言われている。
まだこのような取締役員の変更を知らない試衛館の者たちでさえ、この時からすでに違和感を覚えていた。
総集会では浪士たちの心得や編成役員が発表された。近藤が先番宿割となり、同職の池田徳太郎の補佐となったのだ。近藤が地味な雑用係になることに試衛館の者は不満なようだが、当の近藤が張り切っているので、皆気にしない事にした。
編成役員の違和感はさらに続く。試衛館から一人も小隊を率いる小頭に選ばれなかった事は確率的におかしいわけではないのだが、三番隊小頭の一人、新見錦の配下の中には井上の名があった。残りの七人は六番隊小頭の一人、芹沢鴨の下に置かれた。この事の問題点は残りの三人が芹沢の子分だと言う事と、芹沢が清河の息がかかった人物だと言う事だ。佐幕の意志が強い江戸の者たちを抑えようとする目的が見えているのである。このことが違和感の理由だった。
この日は解散となり、出発まで準備期間となる。
翌日。
「さて、江戸を発つ前にツケを全部返さなければだな。」
「あはは、京に行く前に僕たち無一文になったりして〜。」
「いや、それが実際になりそうでな。」
沖田の冗談に対し、真面目に近藤が答えた。試衛館の経済状況は火の車だ。収入はほとんど出稽古に限られている上、食客が多く支出が大きくなるからである。
「まあ、金はいくらか支給されているから身支度ぐらいはできるだろう。」
「あの、土方さん。藤堂さんと永倉さん、原田さんは昨日の内に全部使ってしまっていました。」
「はぁ?」
土方が呆れて物も言えないという様子で藤堂たちを見た。
「ひ、土方、これは、違うんだ!」
「そ、そうだ、土方君!これには理由があって……」
「見捨てないでくれ———ッ!」
「誤魔化す必要はねえ。自業自得って事だ。」
明らかに慌てた様子の藤堂たちを正論でつき放つ土方。
「「「売ったな!尊———ッ!」」」
「そうだ、尊に渡す物がある。」
「私に?」
近藤の言葉に首を新月は首を傾げる。
近藤が持ってきたのは刀だった。
「無銘の安物だがな。持っていた方が良いだろう。」
一年ほど前のあの時から脇差は持ち歩くようになった新月だったが、京で何が起きるか分からない。第一、刀が無ければ浪士組では何もできない。という近藤の考えだ。
「で、でもお金が無かったのでは……?」
「近藤先生は前々から渡す機会を探していたんですよ。」
「ま、そういう事だ。」
「そうなのですね———ありがとうございます!」
少し前の新月は二本差しになる事など想像もつかなかっただろう。だが、今こうして大小を手にしている。自分が肩を並べて良いのかと悩む面もあるが、新月は刀を腰に差した。
二月八日早朝、伝通院から京に向けて江戸を発った。中山道を通り上洛していく。
出発して三日目の二月九日、騒動が起きた。この日は本庄宿に泊まる事になっているのだが、何かの手違いで芹沢の宿の手配ができていなかった事が発端だった。
「おいおい、どうなっているんだよォ、池田ァ!近藤ォ!」
「も、申し訳ございません!完全にこちらの不手際でございます!」
怒る芹沢に池田と近藤が平身低頭して謝っていた。
「何があったのですかね。」
「どうやら近藤先生たちのミスで芹沢さんの宿が手配できていなかったようでしてね……。まあ、あれで済めば良いんですがね———。」
珍しく口ごもる沖田に新月は不安を覚えた。
「どういうことですか?」
「さっき聞いた話なんですが……芹沢さんは酒を飲むと手がつけられなくなるらしくて、それが既に結構入っちゃってるんですよね———」
と沖田が言ったとき、動きがあった。
「もう良い!もう良い!俺はァここで野宿してやる!」
芹沢はそう言い、外に出ていった。そして何をするのかと思えば、子分の新見に火を焚くように命じた。新見たちは近くの古い小屋を壊し木材を集め、火をつけた。火を焚くとどうなるかは明白。風が強い事もあり、火の粉が飛び、宿に降り注いだ。無論、宿の役人は大慌てで芹沢に篝火を止めるよう注意したのだが、これが事態をさらに悪化させる。芹沢の性格を知らないのか、高圧的な態度で出たのだ。当たり前としか思えないが、芹沢は烈火のごとく怒り狂った。そして、周りが止める間もなく鉄扇で役人を殴り倒した。周囲も騒然とし、水を持って走って来た者もいたのだが、殴り倒された役人を見て一定の距離を保ったまま静観に徹していた。緊張が高まり、いかにも一触即発な雰囲気になった時、取締役の山岡鉄舟が宿の用意ができたと息を切らせて伝えに来た。ようやく芹沢は火を消し、事態は収まった。だが、後に同志となる近藤と芹沢の間にはこの頃から確執があったかもしれない。
この少し後、もうひとつ騒動が起きていた。目付役の村上俊五郎が偶々すれ違った山南に話しかけ、
「貴組は乱暴で迷惑甚だしい。今すぐ取り締まって来い!」
と言った。乱暴を働いたのは小頭の芹沢とその取り巻きたちなのだが、理不尽にも同じ分類に思われたらしい。それに対して山南は、途端にいつもの笑顔が凍りつき、烈火のごとく怒り出した。
「何が乱暴だ、我々を辱めようとしているのか!ああ⁉︎迷惑しているのならば、本人たちに言えば済む事だろう!」
普段の笑顔からは想像もできない迫力である。その勢いのままに刀に手を掛けた。普段は穏やかとは言え、山南も血の気が少ないとは言えないのだ。その時、鵜殿と山岡が間に入り、どうにかこうにか山南を止め、京に着いてから三日の間に必ず村上の処置をすると約束し、その場はひとまず落ち着いたのだった。その後、山南は「仏の総長」と呼ばれながらも、「その分怒らせると[漢字]代償が大きい[/漢字][ふりがな]生きて帰れない[/ふりがな]」と噂される事になるのだが、これも後日談である。
この他にも小さな騒動を繰り返しながら浪士たちは中山道を登って行く。
そして、二月二十三日、浪士組が京に到着したのだった。
[水平線]
今回も解説やって行きます!!
[太字]解説[/太字]
結構重要な部分を変えてしまいました。本当は芹沢さんは清河の息がかかっているわけではないと思います。役員構成のおかしさを強調するために追加した創作エピソードです^^;
後、山南さんと村上のトラブルですが、これも改変してあります。史実では山南さんはこの時なぜか三番組の組頭になっているんですよね。これの経緯が分からないので変えさせていただきました。
「これだけ集まると取りまとめる人も苦労しそうですね。」
実際沖田の言う通り、幕府もかなりの配慮をしているのか、旗本などの大物を浪士取扱に任命していた。
だが、浪士組の中心人物は幕府の人間だけでなく、尊王攘夷の過激派として有名な清河八郎をはじめとする者たちがいた。それに、
「あれ?」
気がついたのは新月だけではない。この場での再会を約束した松平上総介が見当たらない。後から聞いた話では、松平上総介は予定を超過した人数に先の事を考え辞職したらしい。その代わりに浪士取扱に新しく任命されたのが鵜殿鳩翁である。かつて目付として幕府に仕えていた人物だが、安政の大獄により左遷されている。その理由としては攘夷を主張したためとも言われている。
まだこのような取締役員の変更を知らない試衛館の者たちでさえ、この時からすでに違和感を覚えていた。
総集会では浪士たちの心得や編成役員が発表された。近藤が先番宿割となり、同職の池田徳太郎の補佐となったのだ。近藤が地味な雑用係になることに試衛館の者は不満なようだが、当の近藤が張り切っているので、皆気にしない事にした。
編成役員の違和感はさらに続く。試衛館から一人も小隊を率いる小頭に選ばれなかった事は確率的におかしいわけではないのだが、三番隊小頭の一人、新見錦の配下の中には井上の名があった。残りの七人は六番隊小頭の一人、芹沢鴨の下に置かれた。この事の問題点は残りの三人が芹沢の子分だと言う事と、芹沢が清河の息がかかった人物だと言う事だ。佐幕の意志が強い江戸の者たちを抑えようとする目的が見えているのである。このことが違和感の理由だった。
この日は解散となり、出発まで準備期間となる。
翌日。
「さて、江戸を発つ前にツケを全部返さなければだな。」
「あはは、京に行く前に僕たち無一文になったりして〜。」
「いや、それが実際になりそうでな。」
沖田の冗談に対し、真面目に近藤が答えた。試衛館の経済状況は火の車だ。収入はほとんど出稽古に限られている上、食客が多く支出が大きくなるからである。
「まあ、金はいくらか支給されているから身支度ぐらいはできるだろう。」
「あの、土方さん。藤堂さんと永倉さん、原田さんは昨日の内に全部使ってしまっていました。」
「はぁ?」
土方が呆れて物も言えないという様子で藤堂たちを見た。
「ひ、土方、これは、違うんだ!」
「そ、そうだ、土方君!これには理由があって……」
「見捨てないでくれ———ッ!」
「誤魔化す必要はねえ。自業自得って事だ。」
明らかに慌てた様子の藤堂たちを正論でつき放つ土方。
「「「売ったな!尊———ッ!」」」
「そうだ、尊に渡す物がある。」
「私に?」
近藤の言葉に首を新月は首を傾げる。
近藤が持ってきたのは刀だった。
「無銘の安物だがな。持っていた方が良いだろう。」
一年ほど前のあの時から脇差は持ち歩くようになった新月だったが、京で何が起きるか分からない。第一、刀が無ければ浪士組では何もできない。という近藤の考えだ。
「で、でもお金が無かったのでは……?」
「近藤先生は前々から渡す機会を探していたんですよ。」
「ま、そういう事だ。」
「そうなのですね———ありがとうございます!」
少し前の新月は二本差しになる事など想像もつかなかっただろう。だが、今こうして大小を手にしている。自分が肩を並べて良いのかと悩む面もあるが、新月は刀を腰に差した。
二月八日早朝、伝通院から京に向けて江戸を発った。中山道を通り上洛していく。
出発して三日目の二月九日、騒動が起きた。この日は本庄宿に泊まる事になっているのだが、何かの手違いで芹沢の宿の手配ができていなかった事が発端だった。
「おいおい、どうなっているんだよォ、池田ァ!近藤ォ!」
「も、申し訳ございません!完全にこちらの不手際でございます!」
怒る芹沢に池田と近藤が平身低頭して謝っていた。
「何があったのですかね。」
「どうやら近藤先生たちのミスで芹沢さんの宿が手配できていなかったようでしてね……。まあ、あれで済めば良いんですがね———。」
珍しく口ごもる沖田に新月は不安を覚えた。
「どういうことですか?」
「さっき聞いた話なんですが……芹沢さんは酒を飲むと手がつけられなくなるらしくて、それが既に結構入っちゃってるんですよね———」
と沖田が言ったとき、動きがあった。
「もう良い!もう良い!俺はァここで野宿してやる!」
芹沢はそう言い、外に出ていった。そして何をするのかと思えば、子分の新見に火を焚くように命じた。新見たちは近くの古い小屋を壊し木材を集め、火をつけた。火を焚くとどうなるかは明白。風が強い事もあり、火の粉が飛び、宿に降り注いだ。無論、宿の役人は大慌てで芹沢に篝火を止めるよう注意したのだが、これが事態をさらに悪化させる。芹沢の性格を知らないのか、高圧的な態度で出たのだ。当たり前としか思えないが、芹沢は烈火のごとく怒り狂った。そして、周りが止める間もなく鉄扇で役人を殴り倒した。周囲も騒然とし、水を持って走って来た者もいたのだが、殴り倒された役人を見て一定の距離を保ったまま静観に徹していた。緊張が高まり、いかにも一触即発な雰囲気になった時、取締役の山岡鉄舟が宿の用意ができたと息を切らせて伝えに来た。ようやく芹沢は火を消し、事態は収まった。だが、後に同志となる近藤と芹沢の間にはこの頃から確執があったかもしれない。
この少し後、もうひとつ騒動が起きていた。目付役の村上俊五郎が偶々すれ違った山南に話しかけ、
「貴組は乱暴で迷惑甚だしい。今すぐ取り締まって来い!」
と言った。乱暴を働いたのは小頭の芹沢とその取り巻きたちなのだが、理不尽にも同じ分類に思われたらしい。それに対して山南は、途端にいつもの笑顔が凍りつき、烈火のごとく怒り出した。
「何が乱暴だ、我々を辱めようとしているのか!ああ⁉︎迷惑しているのならば、本人たちに言えば済む事だろう!」
普段の笑顔からは想像もできない迫力である。その勢いのままに刀に手を掛けた。普段は穏やかとは言え、山南も血の気が少ないとは言えないのだ。その時、鵜殿と山岡が間に入り、どうにかこうにか山南を止め、京に着いてから三日の間に必ず村上の処置をすると約束し、その場はひとまず落ち着いたのだった。その後、山南は「仏の総長」と呼ばれながらも、「その分怒らせると[漢字]代償が大きい[/漢字][ふりがな]生きて帰れない[/ふりがな]」と噂される事になるのだが、これも後日談である。
この他にも小さな騒動を繰り返しながら浪士たちは中山道を登って行く。
そして、二月二十三日、浪士組が京に到着したのだった。
[水平線]
今回も解説やって行きます!!
[太字]解説[/太字]
結構重要な部分を変えてしまいました。本当は芹沢さんは清河の息がかかっているわけではないと思います。役員構成のおかしさを強調するために追加した創作エピソードです^^;
後、山南さんと村上のトラブルですが、これも改変してあります。史実では山南さんはこの時なぜか三番組の組頭になっているんですよね。これの経緯が分からないので変えさせていただきました。