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「みなさん、お疲れ様でした!では、次回の配信でお会いしましょう。さようなら〜!」
配信終了のボタンを押し、画面が暗転したのを確認してから、大きくほっと一息つく。
「疲れた〜……」
でも、休めるのも少しのあいだ。
これからレッスンスタジオに行って、今度のイベントの練習をしなくちゃいけない。
「……よし、頑張るか!」
「そこ、ちょっと遅れてる!」
「タイミングズレてるよ!」
「ダメ、はい、もう一回!5、6、7、8!」
もう何回目、とか思いながらも、必死に食らいついてレッスンを続ける。
「○○さん、そこ練習してきてね!」
レッスンの中で次々と課せられる課題。
上手くいってないのは私だけだって、痛いほど分かってる。
「は、はい!」
「はい、次ここ行くよ!1、2、3、4!こんな感じでね!」
先生の動きを見ながら、必死に少しだけ動きを試してみる。
「はい、やるよ!1、2、3、4!」
「まだ全体がバラバラだね。でも大体はできてるよ。あとここを何回かやって、最後に3回くらい通しでやってから終わるからね!」
「はい!」
「あ〜、もう疲れた〜!」
ソファーの背もたれに深く寄りかかって、泥のように休憩する。
「そりゃそうだろ。あれだけやって疲れないやつがいるかよ」
ロウに、呆れ気味に同意される。
「……はぁ、今日もう疲れたから、私帰るね〜」
荷物をまとめて帰ろうとした、その時だった。
「あ、それなら今、渡しておきたいものがあります」
「ショウ、どうしたの?」
不意に声をかけられたので、驚いて聞き返してしまった。
「これです。前、●●さん、好きって言ってましたよね」
「え、覚えてたの?」
驚くのも無理はない。昔、ちょっとした配信の中で、ほんの少し呟いたくらいの小さなことだったからだ。
「ショウ、ありがとう。すっごくうれしい!」
ショウも、ちょうどもう帰るらしい。せっかくなら、ということで一緒に帰ることにした。
夜道を少し話しながら歩いていると、ショウがふと足を止めて言った。
「……●●さん、疲れてます?」
びっくりした。話しているだけで、それが分かってしまうなんて。
「そう、かな……?」
「そうです。何か、悩みでもあるのですか? 辛かったら、人に話してみるのもいいですよ」
辛いことを人に話すという考えは、これまでの私にはなかった。辛いことはいつも、自分1人で抱え込んで乗り越えてきたから。
「嫌でなければ、今日の夜にでも話してみませんか?」
夜、言われた通りに通話を繋いだ。
『聞こえてますか?』
「大丈夫、聞こえてるよ。こっちはどう?」
『聞こえてますよ』
考えてみれば、私にとって誰かとプライベートで二人きりの通話をするのは、これが初めてかもしれない。
「よかった。……ねぇ、さっき歩いてる時、なんで私が疲れてるって分かったの? 顔に出てた?」
『顔というか、いつもより少し歩くのが遅かったですし、元気がなさそうでしたから』
「そこまで見られてたんだ。ショウの前だと隠せないや」
『隠さなくていいですよ。何かあったんですよね?』
そう優しく促されて、昼間の悔しさが一気に込み上げてくる。
「私は、みんなみたいにうまくできないから。どれだけ頑張っても、みんなに追いつけないの。それが、本当に悔しくて……」
ショウは、何も言わずに静かに聞いてくれる。それだけで、胸の奥がすうっと軽くなっていく。
「今日だって、また注意されてばっかりだった」
『……大丈夫ですよ。●●さんはちゃんと上手にできてます。例えば、その悩みを私に話してくれたこととか。そんなに簡単にできることではないですよ』
ショウは、私を否定せずに認めてくれる。弱音を吐きだせるのは、ここだけなんだ。
いつしか、夜中の通話は毎日の日課になっていた。毎晩交わす彼の言葉だけが、ボロボロな私の心の支えになっていった。
ある日の通話のこと。
「今日はライがね……」
「あと、そのときカゲツがさ……」
いつも通り楽しく話していたはずなのに、ふと、ショウがあまり話していないことに気づく。
「……ショウ、どうかした?」
『……私と話すのは、退屈、ですか?』
「そんなこと、ないよ!」
『私がいるのに、そんなに他の人と仲良くしないでくださいよ……』
「っ、ごめ、」
突然、泣き出しそうな、寂しそうな声でそんなことを話し出すんだ。どうすればいいか分からなくなって、胸が締め付けられる。
「私は、ショウが一番だから……っ」
今、私に言える言葉はこれしかなかった。ショウが私から離れてしまわないように。私の心を支え続けてくれるように。
その日を境に、私はロウたちとあまり話さなくなった。またショウにあんな思いをさせたくなくて、私の日常は、どんどんショウ一色に染まっていった。
「―――なぁ、●●。お前さ、自分のやりたいこと、ちゃんとできてんの?」
ある日、突然ロウに呼び止められてそう言われた。
「え?」
「……ショウのことだよ。あいつになんか言われたり、されてねぇか……?」
「私は私がやりたくてやってるだけで、別になにか言われたわけじゃ……」
……そうだ。私はショウに辛い思いをさせたくなくて、自分の意志でやってるんだ。なにか言われたわけじゃない。
「……本当か?」
「本当だよ」
「俺には、本当にやりたいことができてるようには思えねぇんだけど」
うるさい。何も知らないくせに。私にはショウが必要なの! 私を支えてくれてるんだから!
「だから本当だって! 私がやりたくてやってるの!」
私はそう突っぱねて、ロウに背を向けて走り出した。
『……明日、私の家に来て、ボイスドラマの練習でもしませんか?』
夜、ショウから届いたメッセージにびっくりした。突然そんな誘いを受けるなんて思っていなかったから。
「……いいよ、またスタジオで注意されて、落ち込みたくもないしね」
『じゃあ、明日家に着いたらインターホンを押してください。すぐ鍵を開けますから』
次の日。
ショウの家の扉の前に立ち、緊張しながらインターホンを押すと、ショウはすぐに鍵を開けてくれた。「上がっていいよ」と言われたので、靴を脱いで部屋に上がる。
「台本は持ってきましたか?」
「大丈夫、あるよ」
「よかった。早速ですが、始めてしまいましょうか」
台本を開いて、セリフを目で追う。
外の世界から遮断された、この2人だけの空間が、不思議とひどく心地よく思えた。
――ふと、通知が鳴った。
画面を見ると、同期からのメッセージだった。
『いま外で探してる。あいつの家か? 頼むから一回でいいから外に出てくれ』
そのスマホの画面に映し出された文字を、ショウも横から冷ややかな目で見つめていた。そして、ショウは私にこう告げた。
「……選んでください。ここに残るか、外に出るか。……ただし、一歩でも外に出れば、私はもうあなたを助けてあげませんよ。どうしますか?」
少し前から、私はショウに違和感を感じていた。危険だと、どこかで本能が察しているのに、離れられなかった。いや、離れなかった。
私は、自分の意思で離れなかったんだ。
ショウから離れることができない私に、「外に出る」という選択肢は、どうしても選べなかった。
『私は行かないよ。迷惑だからもう探さないで』
私は震える手でそう返信した。
「ふふ、良い子ですね。……私は始めから、全て分かっていましたよ。あなたが私を選んでくれることも、こうなることもね」
返信を送り終えたあと、私はふと、自分が深く安心していることに気がついた。
―――あぁ、私はショウといるから落ち着くんだ。
そう完全に自覚してしまったら、もう二度と、ショウから離れることはできないだろう。でも、私にはそれで良かった。いつの間にか、私の世界はショウだけで満たされていた。
『お願い、目を覚まして』
『1人で抱え込むな』
『何があったの』
『助けたい、まだ間に合うから』
同期たちから何度も送られてくる、「助けたい」という切実な言葉。それらの言葉が、部屋に置かれた●●のスマホを虚しく震わせ続けている。
ショウは1人、その画面を見つめながら、暗闇のなかで愉しそうに笑っていた。
「ふふ、馬鹿みたいだなぁ。●●が苦しんでいた時にただ笑って見ていただけの人に、何が分かりますか。●●を知っているのは、私だけでいいんですよ」
ショウは、もうすっかりこちらの世界に堕ちてしまった彼女へ、優しく視線を落とした。
「ねぇ、そうでしょう?」
配信終了のボタンを押し、画面が暗転したのを確認してから、大きくほっと一息つく。
「疲れた〜……」
でも、休めるのも少しのあいだ。
これからレッスンスタジオに行って、今度のイベントの練習をしなくちゃいけない。
「……よし、頑張るか!」
「そこ、ちょっと遅れてる!」
「タイミングズレてるよ!」
「ダメ、はい、もう一回!5、6、7、8!」
もう何回目、とか思いながらも、必死に食らいついてレッスンを続ける。
「○○さん、そこ練習してきてね!」
レッスンの中で次々と課せられる課題。
上手くいってないのは私だけだって、痛いほど分かってる。
「は、はい!」
「はい、次ここ行くよ!1、2、3、4!こんな感じでね!」
先生の動きを見ながら、必死に少しだけ動きを試してみる。
「はい、やるよ!1、2、3、4!」
「まだ全体がバラバラだね。でも大体はできてるよ。あとここを何回かやって、最後に3回くらい通しでやってから終わるからね!」
「はい!」
「あ〜、もう疲れた〜!」
ソファーの背もたれに深く寄りかかって、泥のように休憩する。
「そりゃそうだろ。あれだけやって疲れないやつがいるかよ」
ロウに、呆れ気味に同意される。
「……はぁ、今日もう疲れたから、私帰るね〜」
荷物をまとめて帰ろうとした、その時だった。
「あ、それなら今、渡しておきたいものがあります」
「ショウ、どうしたの?」
不意に声をかけられたので、驚いて聞き返してしまった。
「これです。前、●●さん、好きって言ってましたよね」
「え、覚えてたの?」
驚くのも無理はない。昔、ちょっとした配信の中で、ほんの少し呟いたくらいの小さなことだったからだ。
「ショウ、ありがとう。すっごくうれしい!」
ショウも、ちょうどもう帰るらしい。せっかくなら、ということで一緒に帰ることにした。
夜道を少し話しながら歩いていると、ショウがふと足を止めて言った。
「……●●さん、疲れてます?」
びっくりした。話しているだけで、それが分かってしまうなんて。
「そう、かな……?」
「そうです。何か、悩みでもあるのですか? 辛かったら、人に話してみるのもいいですよ」
辛いことを人に話すという考えは、これまでの私にはなかった。辛いことはいつも、自分1人で抱え込んで乗り越えてきたから。
「嫌でなければ、今日の夜にでも話してみませんか?」
夜、言われた通りに通話を繋いだ。
『聞こえてますか?』
「大丈夫、聞こえてるよ。こっちはどう?」
『聞こえてますよ』
考えてみれば、私にとって誰かとプライベートで二人きりの通話をするのは、これが初めてかもしれない。
「よかった。……ねぇ、さっき歩いてる時、なんで私が疲れてるって分かったの? 顔に出てた?」
『顔というか、いつもより少し歩くのが遅かったですし、元気がなさそうでしたから』
「そこまで見られてたんだ。ショウの前だと隠せないや」
『隠さなくていいですよ。何かあったんですよね?』
そう優しく促されて、昼間の悔しさが一気に込み上げてくる。
「私は、みんなみたいにうまくできないから。どれだけ頑張っても、みんなに追いつけないの。それが、本当に悔しくて……」
ショウは、何も言わずに静かに聞いてくれる。それだけで、胸の奥がすうっと軽くなっていく。
「今日だって、また注意されてばっかりだった」
『……大丈夫ですよ。●●さんはちゃんと上手にできてます。例えば、その悩みを私に話してくれたこととか。そんなに簡単にできることではないですよ』
ショウは、私を否定せずに認めてくれる。弱音を吐きだせるのは、ここだけなんだ。
いつしか、夜中の通話は毎日の日課になっていた。毎晩交わす彼の言葉だけが、ボロボロな私の心の支えになっていった。
ある日の通話のこと。
「今日はライがね……」
「あと、そのときカゲツがさ……」
いつも通り楽しく話していたはずなのに、ふと、ショウがあまり話していないことに気づく。
「……ショウ、どうかした?」
『……私と話すのは、退屈、ですか?』
「そんなこと、ないよ!」
『私がいるのに、そんなに他の人と仲良くしないでくださいよ……』
「っ、ごめ、」
突然、泣き出しそうな、寂しそうな声でそんなことを話し出すんだ。どうすればいいか分からなくなって、胸が締め付けられる。
「私は、ショウが一番だから……っ」
今、私に言える言葉はこれしかなかった。ショウが私から離れてしまわないように。私の心を支え続けてくれるように。
その日を境に、私はロウたちとあまり話さなくなった。またショウにあんな思いをさせたくなくて、私の日常は、どんどんショウ一色に染まっていった。
「―――なぁ、●●。お前さ、自分のやりたいこと、ちゃんとできてんの?」
ある日、突然ロウに呼び止められてそう言われた。
「え?」
「……ショウのことだよ。あいつになんか言われたり、されてねぇか……?」
「私は私がやりたくてやってるだけで、別になにか言われたわけじゃ……」
……そうだ。私はショウに辛い思いをさせたくなくて、自分の意志でやってるんだ。なにか言われたわけじゃない。
「……本当か?」
「本当だよ」
「俺には、本当にやりたいことができてるようには思えねぇんだけど」
うるさい。何も知らないくせに。私にはショウが必要なの! 私を支えてくれてるんだから!
「だから本当だって! 私がやりたくてやってるの!」
私はそう突っぱねて、ロウに背を向けて走り出した。
『……明日、私の家に来て、ボイスドラマの練習でもしませんか?』
夜、ショウから届いたメッセージにびっくりした。突然そんな誘いを受けるなんて思っていなかったから。
「……いいよ、またスタジオで注意されて、落ち込みたくもないしね」
『じゃあ、明日家に着いたらインターホンを押してください。すぐ鍵を開けますから』
次の日。
ショウの家の扉の前に立ち、緊張しながらインターホンを押すと、ショウはすぐに鍵を開けてくれた。「上がっていいよ」と言われたので、靴を脱いで部屋に上がる。
「台本は持ってきましたか?」
「大丈夫、あるよ」
「よかった。早速ですが、始めてしまいましょうか」
台本を開いて、セリフを目で追う。
外の世界から遮断された、この2人だけの空間が、不思議とひどく心地よく思えた。
――ふと、通知が鳴った。
画面を見ると、同期からのメッセージだった。
『いま外で探してる。あいつの家か? 頼むから一回でいいから外に出てくれ』
そのスマホの画面に映し出された文字を、ショウも横から冷ややかな目で見つめていた。そして、ショウは私にこう告げた。
「……選んでください。ここに残るか、外に出るか。……ただし、一歩でも外に出れば、私はもうあなたを助けてあげませんよ。どうしますか?」
少し前から、私はショウに違和感を感じていた。危険だと、どこかで本能が察しているのに、離れられなかった。いや、離れなかった。
私は、自分の意思で離れなかったんだ。
ショウから離れることができない私に、「外に出る」という選択肢は、どうしても選べなかった。
『私は行かないよ。迷惑だからもう探さないで』
私は震える手でそう返信した。
「ふふ、良い子ですね。……私は始めから、全て分かっていましたよ。あなたが私を選んでくれることも、こうなることもね」
返信を送り終えたあと、私はふと、自分が深く安心していることに気がついた。
―――あぁ、私はショウといるから落ち着くんだ。
そう完全に自覚してしまったら、もう二度と、ショウから離れることはできないだろう。でも、私にはそれで良かった。いつの間にか、私の世界はショウだけで満たされていた。
『お願い、目を覚まして』
『1人で抱え込むな』
『何があったの』
『助けたい、まだ間に合うから』
同期たちから何度も送られてくる、「助けたい」という切実な言葉。それらの言葉が、部屋に置かれた●●のスマホを虚しく震わせ続けている。
ショウは1人、その画面を見つめながら、暗闇のなかで愉しそうに笑っていた。
「ふふ、馬鹿みたいだなぁ。●●が苦しんでいた時にただ笑って見ていただけの人に、何が分かりますか。●●を知っているのは、私だけでいいんですよ」
ショウは、もうすっかりこちらの世界に堕ちてしまった彼女へ、優しく視線を落とした。
「ねぇ、そうでしょう?」