[大文字] ー 2話 ー[/大文字]
[漢字]自衛隊のエスコートでリムジンに乗り込み、俺は絶望的な気持ちでタブレット端末を眺めていた。公式配信されている『黒歴史ノート・完全版』を、震える指でスクロールする。
「……待て。なんだ、これ」
ノートの後半。俺が受験勉強に追われて執筆を断念し、白紙のまま放置していたはずのページに、見たこともない文字列が並んでいた。
『虚構の王は、自らが生み出した影に喰われるだろう。真の神が再臨する時、新宿の空には「第三の月」が昇る』
俺の字だ。
筆跡も、癖のある「はね」も、間違いなく俺のもの。だが、こんな内容は一行も書いた覚えがない。そもそも「第三の月」なんて、当時の中二病な俺ですら「盛りすぎ」だと思ってボツにした設定だ。
「マスター、どうされました? 顔色が紙のように白いですが」
「……田中さん、いや銀狼。このページ、いつ更新されたか分かるか?」
銀狼はアイパッチをクイッと上げ、大真面目な顔で画面を覗き込んだ。
「これは……わずか三秒前ですね。配信サイトに『真・黙示録』として自動追加されました。……おお、見なさい! 読者たちの熱狂を!」
コメント欄は、俺の知らない「新設定」に狂喜乱舞していた。
『ついにマスターが本気を出したぞ!』
『第三の月って何? 物理法則が書き換わるのか!?』
『これまでの予言は前座に過ぎなかったんだ!』
背筋に冷たいものが走る。
ただの黒歴史の流出じゃない。このノートは今、現在進行形で「誰か」が書き足している。それも、俺の筆跡を完璧に模倣して。
その時、リムジンの無線から悲鳴のような報告が入った。
『こちら先導車! 新宿上空に異常重力反応を確認! 雲が……雲が、渦を巻いて「球体」を形成しています!』
俺は窓から身を乗り出し、空を仰いだ。
夕闇に包まれ始めた空。本来なら一つしかないはずの月の横に、禍々しい紫色の光を放つ「巨大な塊」が、まるで意思を持つ細胞のように膨れ上がっていた。
そして、俺のスマホに一通のダイレクトメッセージが届く。
送り主の名を見て、俺は息が止まった。
【終焉を司る者(真)】
『やあ、司くん。君が途中で投げ出した「世界滅亡(エンディング)」、僕が代わりに完成させておいたよ。……君の妄想、すごく才能があったからね。』
そのアイコンは、俺が昔SNSで一度だけ使っていた、自作の痛々しい自画像(アバター)だった。
「誰だ……誰が、俺のフリをしてる……!」
車窓の外では、空に浮かぶ「偽の月」を拝んで跪く群衆の列が、どこまでも続いていた。[/漢字][ふりがな][/ふりがな]
[大文字]
ー 3話 ー[/大文字]
[漢字]「書けばいいんだろ……! 俺が、俺自身の妄想で上書きしてやる……っ!」
俺はリムジンのフロアに転がっていた、自衛隊が「聖遺物」として厳重に保管していた本物の大学ノートとサインペンをひったくった。
幸い、後半は白紙だ。ここに「月の消失」や「すべては夢だった」と書けば、この狂った現実は止まるはず。
「喰らえ、俺の……最新設定(アルティメット・リライト)!」
俺はペンを走らせた。
『新宿の空に浮かぶ第三の月は、実は巨大なアドバルーンであり、中からは大量の飴玉が降ってくる。そして予言はすべて、大規模なドッキリ番組の企画であったことが判明する』
これだ。これなら誰も傷つかない。少し恥ずかしいが、世界滅亡よりはマシだ。
しかし、書き終えた瞬間、ペン先から火花が散った。
「ぐわっ……!?」
ノートが異常な熱を持ち、俺の手を焼き払わんばかりに拒絶する。
見ると、俺が書いたはずの文字が、まるで生き物のように紙面でのたうち回り、みるみるうちに別の言葉へと書き換わっていった。
『……飴玉は毒の滴へと変わり、ドッキリを笑う者たちの魂を「深淵の牢獄」へと引きずり込む。偽りの救済を説くマスターは、その傲慢ゆえに力を失うだろう』
「な、なんだよこれ……俺のノートだぞ!? なんで俺の思い通りにならないんだ!」
その時、スマホの画面に【終焉を司る者(真)】から再びメッセージが届いた。
『司くん、忘れたのかい? 「設定」には一貫性が必要なんだ。君が中二の時、あんなに熱く語っていたじゃないか。――「一度放たれた呪いは、術者本人にも止められない」って。』
「っ……あ……!」
思い出した。ノートの3ページ目、血のような赤インクで書いた設定だ。
「この魔導書の記述は絶対であり、神ですら修正は不可能」。
過去の俺がカッコつけて設定した「最強の縛り」が、今の俺の首を絞めている。
「マスター! 記述が……記述がさらに凶悪なものに更新されています!」
銀狼(田中先輩)が震える手でタブレットを見せてきた。
そこには、俺の筆跡でこう追記されていた。
『絶望したマスターは、自らの右腕を犠牲にすることで、最後の審判(ラスト・ジャッジメント)を召喚する』
「書いてない! そんなこと一文字も書いてないぞ!!」
だが、俺の右腕が、意志に反してドクドクと不気味な脈動を始め、黒い霧のようなものが指先から溢れ出してきた。
「やめろ……もういい、誰か助けてくれ……!」
自衛隊の護衛官たちが、敬意と恐怖の入り混じった眼差しで、変貌していく俺の腕を注視している。彼らはこれが「世界を救うための儀式」だと信じ切っているのだ。
リムジンは、阿鼻叫喚と熱狂が渦巻く新宿アルタ前へと、ゆっくりと滑り込んでいった。[/漢字][ふりがな][/ふりがな]
[漢字]自衛隊のエスコートでリムジンに乗り込み、俺は絶望的な気持ちでタブレット端末を眺めていた。公式配信されている『黒歴史ノート・完全版』を、震える指でスクロールする。
「……待て。なんだ、これ」
ノートの後半。俺が受験勉強に追われて執筆を断念し、白紙のまま放置していたはずのページに、見たこともない文字列が並んでいた。
『虚構の王は、自らが生み出した影に喰われるだろう。真の神が再臨する時、新宿の空には「第三の月」が昇る』
俺の字だ。
筆跡も、癖のある「はね」も、間違いなく俺のもの。だが、こんな内容は一行も書いた覚えがない。そもそも「第三の月」なんて、当時の中二病な俺ですら「盛りすぎ」だと思ってボツにした設定だ。
「マスター、どうされました? 顔色が紙のように白いですが」
「……田中さん、いや銀狼。このページ、いつ更新されたか分かるか?」
銀狼はアイパッチをクイッと上げ、大真面目な顔で画面を覗き込んだ。
「これは……わずか三秒前ですね。配信サイトに『真・黙示録』として自動追加されました。……おお、見なさい! 読者たちの熱狂を!」
コメント欄は、俺の知らない「新設定」に狂喜乱舞していた。
『ついにマスターが本気を出したぞ!』
『第三の月って何? 物理法則が書き換わるのか!?』
『これまでの予言は前座に過ぎなかったんだ!』
背筋に冷たいものが走る。
ただの黒歴史の流出じゃない。このノートは今、現在進行形で「誰か」が書き足している。それも、俺の筆跡を完璧に模倣して。
その時、リムジンの無線から悲鳴のような報告が入った。
『こちら先導車! 新宿上空に異常重力反応を確認! 雲が……雲が、渦を巻いて「球体」を形成しています!』
俺は窓から身を乗り出し、空を仰いだ。
夕闇に包まれ始めた空。本来なら一つしかないはずの月の横に、禍々しい紫色の光を放つ「巨大な塊」が、まるで意思を持つ細胞のように膨れ上がっていた。
そして、俺のスマホに一通のダイレクトメッセージが届く。
送り主の名を見て、俺は息が止まった。
【終焉を司る者(真)】
『やあ、司くん。君が途中で投げ出した「世界滅亡(エンディング)」、僕が代わりに完成させておいたよ。……君の妄想、すごく才能があったからね。』
そのアイコンは、俺が昔SNSで一度だけ使っていた、自作の痛々しい自画像(アバター)だった。
「誰だ……誰が、俺のフリをしてる……!」
車窓の外では、空に浮かぶ「偽の月」を拝んで跪く群衆の列が、どこまでも続いていた。[/漢字][ふりがな][/ふりがな]
[大文字]
ー 3話 ー[/大文字]
[漢字]「書けばいいんだろ……! 俺が、俺自身の妄想で上書きしてやる……っ!」
俺はリムジンのフロアに転がっていた、自衛隊が「聖遺物」として厳重に保管していた本物の大学ノートとサインペンをひったくった。
幸い、後半は白紙だ。ここに「月の消失」や「すべては夢だった」と書けば、この狂った現実は止まるはず。
「喰らえ、俺の……最新設定(アルティメット・リライト)!」
俺はペンを走らせた。
『新宿の空に浮かぶ第三の月は、実は巨大なアドバルーンであり、中からは大量の飴玉が降ってくる。そして予言はすべて、大規模なドッキリ番組の企画であったことが判明する』
これだ。これなら誰も傷つかない。少し恥ずかしいが、世界滅亡よりはマシだ。
しかし、書き終えた瞬間、ペン先から火花が散った。
「ぐわっ……!?」
ノートが異常な熱を持ち、俺の手を焼き払わんばかりに拒絶する。
見ると、俺が書いたはずの文字が、まるで生き物のように紙面でのたうち回り、みるみるうちに別の言葉へと書き換わっていった。
『……飴玉は毒の滴へと変わり、ドッキリを笑う者たちの魂を「深淵の牢獄」へと引きずり込む。偽りの救済を説くマスターは、その傲慢ゆえに力を失うだろう』
「な、なんだよこれ……俺のノートだぞ!? なんで俺の思い通りにならないんだ!」
その時、スマホの画面に【終焉を司る者(真)】から再びメッセージが届いた。
『司くん、忘れたのかい? 「設定」には一貫性が必要なんだ。君が中二の時、あんなに熱く語っていたじゃないか。――「一度放たれた呪いは、術者本人にも止められない」って。』
「っ……あ……!」
思い出した。ノートの3ページ目、血のような赤インクで書いた設定だ。
「この魔導書の記述は絶対であり、神ですら修正は不可能」。
過去の俺がカッコつけて設定した「最強の縛り」が、今の俺の首を絞めている。
「マスター! 記述が……記述がさらに凶悪なものに更新されています!」
銀狼(田中先輩)が震える手でタブレットを見せてきた。
そこには、俺の筆跡でこう追記されていた。
『絶望したマスターは、自らの右腕を犠牲にすることで、最後の審判(ラスト・ジャッジメント)を召喚する』
「書いてない! そんなこと一文字も書いてないぞ!!」
だが、俺の右腕が、意志に反してドクドクと不気味な脈動を始め、黒い霧のようなものが指先から溢れ出してきた。
「やめろ……もういい、誰か助けてくれ……!」
自衛隊の護衛官たちが、敬意と恐怖の入り混じった眼差しで、変貌していく俺の腕を注視している。彼らはこれが「世界を救うための儀式」だと信じ切っているのだ。
リムジンは、阿鼻叫喚と熱狂が渦巻く新宿アルタ前へと、ゆっくりと滑り込んでいった。[/漢字][ふりがな][/ふりがな]