要塞アイゼンが崩壊してから、数ヶ月が経った。
世界から「魔導宰相」と「強欲の支配者」が消え、新しい秩序が芽吹き始めていた。
人里離れた静かな森の奥、かつての研究所を思わせる小さなログハウス。
そこから、香ばしいスープの匂いと、賑やかな話し声が漏れてくる。
「ちょっとラカス! その野菜、切り方が雑すぎ! 私のセンサーが0.1ミリの誤差を検知してるわよ!」
「わ、わかったよニナ……。でも、機械の体に包丁を持たされる僕の身にもなってよ……」
エプロン姿のラカスと、小型の浮遊ボディに魂を移し替えたニナが、キッチンでいつものように言い争っている。その光景を、テラスの椅子に腰掛けたコジャールが、本を片手に穏やかな笑みで見守っていた。焼かれた左肩の傷跡は、今では彼女にとって「誇り」の証だ。
「……ふふ。今日も平和ね」
そこへ、薪を抱えたデスディチャが戻ってきた。
かつての紅い髪は、魔力の安定とともに、また少しずつ柔らかな白へと戻り始めている。けれど、その瞳に宿る光は、もう絶望に濁ることはない。
「コジャールさん、ただいま」
「おかえりなさい、デスディチャ。……少し、顔色が良くなったわね」
デスディチャは、自分の手を見つめた。
かつては50℃の熱で、触れるものすべてを拒絶していたこの手。
今は、薬を使わなくても、愛する仲間たちの温もりをそのままに感じることができる。
彼女は、ソファーで丸まって眠っているアバリシア――魔力を失い、幼子のように眠り続ける妹――の肩に、そっとブランケットを掛けた。
「……あつい?」
眠りの中の妹が、うわ言で呟く。
デスディチャは、その手を優しく握りしめた。
「ううん。……ちょうどいい温度だよ、アバリシア」
窓の外には、どこまでも続く青い空。
「[漢字]不幸[/漢字][ふりがな]デスティチャ[/ふりがな]」という名の少女が、長い旅の末に見つけたのは、伝説の秘宝でも、神の力でもなかった。
それは、喧嘩をして、笑い合い、時に泣きながら、同じ食卓を囲む日常。
彼女がずっと探していた「本当の温もり」は、最初から、すぐ隣にあったのだ。
「デスディチャ、ご飯できたよ! 早く来ないとニナに全部食べられちゃう!」
「ちょっと、ラカス! 私はオイルしか飲まないわよ! ……あ、でもそのスープ、一口だけならプログラムに書き込んであげてもいいわよ!」
仲間たちの声に呼ばれ、デスディチャは弾むような足取りでリビングへと向かう。
扉を開ける瞬間、彼女は一度だけ振り返り、かつて自分を縛り付けていた空へ、晴れやかな笑顔を向けた。
――さようなら、わたしの不運。
――こんにちは、わたしの「[漢字]優しさ[/漢字][ふりがな]テルヌーラ[/ふりがな]」。
物語のページはここで閉じられる。
けれど、彼らの「温かな日々」は、これからもずっと、この世界のどこかで続いていく。
【不幸の温度・完】
世界から「魔導宰相」と「強欲の支配者」が消え、新しい秩序が芽吹き始めていた。
人里離れた静かな森の奥、かつての研究所を思わせる小さなログハウス。
そこから、香ばしいスープの匂いと、賑やかな話し声が漏れてくる。
「ちょっとラカス! その野菜、切り方が雑すぎ! 私のセンサーが0.1ミリの誤差を検知してるわよ!」
「わ、わかったよニナ……。でも、機械の体に包丁を持たされる僕の身にもなってよ……」
エプロン姿のラカスと、小型の浮遊ボディに魂を移し替えたニナが、キッチンでいつものように言い争っている。その光景を、テラスの椅子に腰掛けたコジャールが、本を片手に穏やかな笑みで見守っていた。焼かれた左肩の傷跡は、今では彼女にとって「誇り」の証だ。
「……ふふ。今日も平和ね」
そこへ、薪を抱えたデスディチャが戻ってきた。
かつての紅い髪は、魔力の安定とともに、また少しずつ柔らかな白へと戻り始めている。けれど、その瞳に宿る光は、もう絶望に濁ることはない。
「コジャールさん、ただいま」
「おかえりなさい、デスディチャ。……少し、顔色が良くなったわね」
デスディチャは、自分の手を見つめた。
かつては50℃の熱で、触れるものすべてを拒絶していたこの手。
今は、薬を使わなくても、愛する仲間たちの温もりをそのままに感じることができる。
彼女は、ソファーで丸まって眠っているアバリシア――魔力を失い、幼子のように眠り続ける妹――の肩に、そっとブランケットを掛けた。
「……あつい?」
眠りの中の妹が、うわ言で呟く。
デスディチャは、その手を優しく握りしめた。
「ううん。……ちょうどいい温度だよ、アバリシア」
窓の外には、どこまでも続く青い空。
「[漢字]不幸[/漢字][ふりがな]デスティチャ[/ふりがな]」という名の少女が、長い旅の末に見つけたのは、伝説の秘宝でも、神の力でもなかった。
それは、喧嘩をして、笑い合い、時に泣きながら、同じ食卓を囲む日常。
彼女がずっと探していた「本当の温もり」は、最初から、すぐ隣にあったのだ。
「デスディチャ、ご飯できたよ! 早く来ないとニナに全部食べられちゃう!」
「ちょっと、ラカス! 私はオイルしか飲まないわよ! ……あ、でもそのスープ、一口だけならプログラムに書き込んであげてもいいわよ!」
仲間たちの声に呼ばれ、デスディチャは弾むような足取りでリビングへと向かう。
扉を開ける瞬間、彼女は一度だけ振り返り、かつて自分を縛り付けていた空へ、晴れやかな笑顔を向けた。
――さようなら、わたしの不運。
――こんにちは、わたしの「[漢字]優しさ[/漢字][ふりがな]テルヌーラ[/ふりがな]」。
物語のページはここで閉じられる。
けれど、彼らの「温かな日々」は、これからもずっと、この世界のどこかで続いていく。
【不幸の温度・完】
- 1.#1熱砂の咆哮
- 2.#2無機質(前編)
- 3.#2無機質(後編)
- 4.#3遺跡(前編)
- 5.#3遺跡(中編)
- 6.#3遺跡(後編)
- 7.#4冰の中の「お姫様」(前編)
- 8.#4冰の中の「お姫様」(後編)
- 9.#5水色の嘘(前編)
- 10.#5水色の嘘(中編)
- 11.#5水色の嘘(後編)
- 12.#6凍てつく事実
- 13.#7毒の滴り(前編)
- 14.#7毒の滴り(中編)
- 15.#7毒の滴り(後編)
- 16.#8崩壊の聖域
- 17.#9再会
- 18.#10再起の咆哮(前編)
- 19.#10再起の咆哮(中編)
- 20.#10再起の咆哮(後編)
- 21.#11不完全生命体(前編)
- 22.#11不完全生命体(中編)
- 23.#11不完全生命体(後編)
- 24.#12血眼
- 25.#13道化師と強欲
- 26.#14冰の劣等生(前編)
- 27.#14冰の劣等生(中編)
- 28.#14冰の劣等生(後編)
- 29.#15強欲の残滓
- 30.エピローグ