アバリシアの「糸」に拘束され、要塞の冷たい床に縫い付けられたコジャール。その脳裏に、水底に沈めていたはずの、忌まわしい記憶が濁流となって流れ込んできた。
――魔導名家、アクア・レジーナ家。
代々、純度の高い水魔法を継承するその一族において、長女であるコジャールは「[漢字]石女[/漢字][ふりがな]うまずめ[/ふりがな]」ならぬ「[漢字]出ず女[/漢字][ふりがな]いずめ[/ふりがな]」と呼ばれていた。
「……お姉様。また、一滴も出せなかったの?」
十数年前。庭園の噴水の前で、当時まだ幼かったアバリシアが、残酷に澄んだ瞳で姉を見下ろしていた。
アバリシアの手のひらからは、美しく、それでいて鋭利な水の糸が幾筋も伸び、周囲の蝶をなぶり殺しにしている。彼女は生まれながらにして、一族の誰よりも高い魔導適性を持っていた。
対するコジャールは、どれほど歯を食いしばり、魔導書を読み耽っても、指先から霧の一吹きすら出すことができなかった。
「……努力なんて、無能の慰めよ。お姉様、あなたにはこの家の血を引く資格なんてないわ。……死ねばいいのに」
アバリシアのその一言は、呪いとなってコジャールの心に深く刺さった。
両親の冷ややかな視線、使用人たちの陰口、そして妹からの終わりのない蔑み。
コジャールが家を飛び出し、戦場を渡り歩いて「自力で」魔力を絞り出す術を学んだのは、ただ妹の影から逃れるためだけだった。
「……っ、ふふ……。あの日、あんたに捨てられた私が……今のあんたの『糸』を斬るために、どれだけの地獄を見てきたか……教えてあげるわ!」
現在。
コジャールは、食い込む糸で血を流しながらも、不敵に笑った。
彼女の全身から、かつては「一滴も出なかった」水が、どす黒い「血」を混ぜて噴き出し始める。
『[漢字]屍水の聖域[/漢字][ふりがな]ブラッド・レクイエム[/ふりがな]!』
「――アバリシア!! あんたに見下されていた『石女』の、執念を見なさい!!」
コジャールの体から溢れた水が、アバリシアの糸を物理的に「腐食」させていく。
それは魔力による相性ではなく、己の命を削って魔力へ変換する、捨て身の術式だった。
「あら、見苦しいわね。……そんなに死に急ぎたいのなら、望み通りにしてあげる」
アバリシアは眉ひとつ動かさず、指先を複雑に躍らせた。
要塞の影から、無数の「糸」がデスディチャ、ラカス、そしてニナへと伸びていく。
「お姉様、あなたがどれだけ頑張っても、あなたの守りたいものは、私の指先一つで壊れるのよ。……さあ、デスディチャ。お姉様を……『殺しなさい』」
「……っ、やめて……! アバリシアッ!!」
アバリシアの糸がデスディチャの首筋に絡みつき、彼女の意志を無視して、その紅い拳をコジャールへと向けさせた。
――魔導名家、アクア・レジーナ家。
代々、純度の高い水魔法を継承するその一族において、長女であるコジャールは「[漢字]石女[/漢字][ふりがな]うまずめ[/ふりがな]」ならぬ「[漢字]出ず女[/漢字][ふりがな]いずめ[/ふりがな]」と呼ばれていた。
「……お姉様。また、一滴も出せなかったの?」
十数年前。庭園の噴水の前で、当時まだ幼かったアバリシアが、残酷に澄んだ瞳で姉を見下ろしていた。
アバリシアの手のひらからは、美しく、それでいて鋭利な水の糸が幾筋も伸び、周囲の蝶をなぶり殺しにしている。彼女は生まれながらにして、一族の誰よりも高い魔導適性を持っていた。
対するコジャールは、どれほど歯を食いしばり、魔導書を読み耽っても、指先から霧の一吹きすら出すことができなかった。
「……努力なんて、無能の慰めよ。お姉様、あなたにはこの家の血を引く資格なんてないわ。……死ねばいいのに」
アバリシアのその一言は、呪いとなってコジャールの心に深く刺さった。
両親の冷ややかな視線、使用人たちの陰口、そして妹からの終わりのない蔑み。
コジャールが家を飛び出し、戦場を渡り歩いて「自力で」魔力を絞り出す術を学んだのは、ただ妹の影から逃れるためだけだった。
「……っ、ふふ……。あの日、あんたに捨てられた私が……今のあんたの『糸』を斬るために、どれだけの地獄を見てきたか……教えてあげるわ!」
現在。
コジャールは、食い込む糸で血を流しながらも、不敵に笑った。
彼女の全身から、かつては「一滴も出なかった」水が、どす黒い「血」を混ぜて噴き出し始める。
『[漢字]屍水の聖域[/漢字][ふりがな]ブラッド・レクイエム[/ふりがな]!』
「――アバリシア!! あんたに見下されていた『石女』の、執念を見なさい!!」
コジャールの体から溢れた水が、アバリシアの糸を物理的に「腐食」させていく。
それは魔力による相性ではなく、己の命を削って魔力へ変換する、捨て身の術式だった。
「あら、見苦しいわね。……そんなに死に急ぎたいのなら、望み通りにしてあげる」
アバリシアは眉ひとつ動かさず、指先を複雑に躍らせた。
要塞の影から、無数の「糸」がデスディチャ、ラカス、そしてニナへと伸びていく。
「お姉様、あなたがどれだけ頑張っても、あなたの守りたいものは、私の指先一つで壊れるのよ。……さあ、デスディチャ。お姉様を……『殺しなさい』」
「……っ、やめて……! アバリシアッ!!」
アバリシアの糸がデスディチャの首筋に絡みつき、彼女の意志を無視して、その紅い拳をコジャールへと向けさせた。
- 1.#1熱砂の咆哮
- 2.#2無機質(前編)
- 3.#2無機質(後編)
- 4.#3遺跡(前編)
- 5.#3遺跡(中編)
- 6.#3遺跡(後編)
- 7.#4冰の中の「お姫様」(前編)
- 8.#4冰の中の「お姫様」(後編)
- 9.#5水色の嘘(前編)
- 10.#5水色の嘘(中編)
- 11.#5水色の嘘(後編)
- 12.#6凍てつく事実
- 13.#7毒の滴り(前編)
- 14.#7毒の滴り(中編)
- 15.#7毒の滴り(後編)
- 16.#8崩壊の聖域
- 17.#9再会
- 18.#10再起の咆哮(前編)
- 19.#10再起の咆哮(中編)
- 20.#10再起の咆哮(後編)
- 21.#11不完全生命体(前編)
- 22.#11不完全生命体(中編)
- 23.#11不完全生命体(後編)
- 24.#12血眼
- 25.#13道化師と強欲
- 26.#14冰の劣等生(前編)
- 27.#14冰の劣等生(中編)
- 28.#14冰の劣等生(後編)
- 29.#15強欲の残滓
- 30.エピローグ