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不幸の温度

#18

#10再起の咆哮(前編)

 スコープ越しに覗く世界は、ひどく無機質で、それでいて吐き気がするほどペテンテの色に染まっていた。
 要塞都市『アイゼン』。かつての古びた研究所とは比べものにならない、帝国最強の軍事拠点。そこから溢れ出す魔力波形は、三年前、あの地獄のような夜に私の肌を焼いた「彼女」の熱そのものだった。

「……ターゲット、捕捉。距離一、二〇〇。風速二、微風」

 私の横で、低く落ち着いた声が響く。
 かつては私の服の裾を掴んで震えていた少年――ラカス。今の彼の肩は、重厚な魔導狙撃銃の反動に耐えうるほど厚く、その瞳には臆病者の面影など微塵もなかった。あの日、瓦礫の下から彼を引きずり出した私の判断は、間違っていなかった。

「コジャールさん。……あの横にいるのは、やっぱり」

「ええ。間違いないわ。……私たちの『[漢字]不幸[/漢字][ふりがな]デスディチャ[/ふりがな]』だった子よ」

 バルコニーに現れた人影。
 白髪はいつしか鮮やかな[漢字]紅[/漢字][ふりがな]あか[/ふりがな]へと染まり、その髪が風に流れるたびに、周囲の大気が陽炎のように揺らめく。
 彼女の横で、義手となった右手を誇らしげに掲げているペテンテ。彼は今や、一国の宰相として、一人の少女の人生を完全に「搾取」し、その熱で世界を支配しようとしている。

(……笑っていられるのも、今のうちよ。ペテンテ)

 私は、短く切った水色の髪をかき上げた。
 三年前のあの日、私は自分の無力さに泣いた。水魔法の天才などという肩書きが、何の役にも立たないことを知った。だから私は、自分を鍛え直した。魔力を「形」にするのではなく、「殺意」に変える術を。

「……ニナ、状況は?」

 私が通信機に問いかけると、上空からノイズ混じりの、けれど懐かしい生意気な声が返ってきた。

『いつでもいけるわよ! このクソったれな要塞ごと、私の新しいボディの火力で焼き払ってあげたいくらいだわ!』

 肉体を失い、コジャールが執念で組み上げた[漢字]魔導装甲[/漢字][ふりがな]ゴーレム[/ふりがな]へと魂を移したニナ。彼女の「声」だけは、あの日のままだった。

「いいえ、ニナ。目的は要塞の破壊じゃない。……『彼女』の奪還よ」

 私は、腰に帯びた二振りの水刃を抜いた。かつての澄んだ水ではない。今は、光さえも凍てつかせる暗青色の刃だ。

「……ラカス。合図と同時に、ペテンテの義手を狙いなさい。あいつのエネルギー供給を一時的に断つわ」

「了解。……一撃で、決めます」

 ラカスの指がトリガーにかかる。
 私は、遠くバルコニーで人形のように立ち尽くすデスディチャ――いいえ、今は『聖女テルヌーラ』と呼ばれる少女を見つめた。

 彼女の瞳に、もう一度だけ、本当の熱を灯してあげたい。
 ペテンテに与えられた破壊の熱ではなく、誰かに触れたいと願った、あの不器用で優しい「体温」を。

「……作戦開始。……行こう、私たちの温もりを取り戻しに」

 私が地を蹴ると同時に、ラカスの狙撃銃が咆哮を上げた。
 蒼い閃光が空を裂き、要塞のバルコニーへと突き刺さる。

 三年越しの、私たちの反撃が始まった。

作者メッセージ

今回はなんとか1000文字超えました
泣きそうでした

2026/02/14 20:25

♗◈夢見鳥◈♗
ID:≫ 65guhuu.CMb9.
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