スコープ越しに覗く世界は、ひどく無機質で、それでいて吐き気がするほどペテンテの色に染まっていた。
要塞都市『アイゼン』。かつての古びた研究所とは比べものにならない、帝国最強の軍事拠点。そこから溢れ出す魔力波形は、三年前、あの地獄のような夜に私の肌を焼いた「彼女」の熱そのものだった。
「……ターゲット、捕捉。距離一、二〇〇。風速二、微風」
私の横で、低く落ち着いた声が響く。
かつては私の服の裾を掴んで震えていた少年――ラカス。今の彼の肩は、重厚な魔導狙撃銃の反動に耐えうるほど厚く、その瞳には臆病者の面影など微塵もなかった。あの日、瓦礫の下から彼を引きずり出した私の判断は、間違っていなかった。
「コジャールさん。……あの横にいるのは、やっぱり」
「ええ。間違いないわ。……私たちの『[漢字]不幸[/漢字][ふりがな]デスディチャ[/ふりがな]』だった子よ」
バルコニーに現れた人影。
白髪はいつしか鮮やかな[漢字]紅[/漢字][ふりがな]あか[/ふりがな]へと染まり、その髪が風に流れるたびに、周囲の大気が陽炎のように揺らめく。
彼女の横で、義手となった右手を誇らしげに掲げているペテンテ。彼は今や、一国の宰相として、一人の少女の人生を完全に「搾取」し、その熱で世界を支配しようとしている。
(……笑っていられるのも、今のうちよ。ペテンテ)
私は、短く切った水色の髪をかき上げた。
三年前のあの日、私は自分の無力さに泣いた。水魔法の天才などという肩書きが、何の役にも立たないことを知った。だから私は、自分を鍛え直した。魔力を「形」にするのではなく、「殺意」に変える術を。
「……ニナ、状況は?」
私が通信機に問いかけると、上空からノイズ混じりの、けれど懐かしい生意気な声が返ってきた。
『いつでもいけるわよ! このクソったれな要塞ごと、私の新しいボディの火力で焼き払ってあげたいくらいだわ!』
肉体を失い、コジャールが執念で組み上げた[漢字]魔導装甲[/漢字][ふりがな]ゴーレム[/ふりがな]へと魂を移したニナ。彼女の「声」だけは、あの日のままだった。
「いいえ、ニナ。目的は要塞の破壊じゃない。……『彼女』の奪還よ」
私は、腰に帯びた二振りの水刃を抜いた。かつての澄んだ水ではない。今は、光さえも凍てつかせる暗青色の刃だ。
「……ラカス。合図と同時に、ペテンテの義手を狙いなさい。あいつのエネルギー供給を一時的に断つわ」
「了解。……一撃で、決めます」
ラカスの指がトリガーにかかる。
私は、遠くバルコニーで人形のように立ち尽くすデスディチャ――いいえ、今は『聖女テルヌーラ』と呼ばれる少女を見つめた。
彼女の瞳に、もう一度だけ、本当の熱を灯してあげたい。
ペテンテに与えられた破壊の熱ではなく、誰かに触れたいと願った、あの不器用で優しい「体温」を。
「……作戦開始。……行こう、私たちの温もりを取り戻しに」
私が地を蹴ると同時に、ラカスの狙撃銃が咆哮を上げた。
蒼い閃光が空を裂き、要塞のバルコニーへと突き刺さる。
三年越しの、私たちの反撃が始まった。
要塞都市『アイゼン』。かつての古びた研究所とは比べものにならない、帝国最強の軍事拠点。そこから溢れ出す魔力波形は、三年前、あの地獄のような夜に私の肌を焼いた「彼女」の熱そのものだった。
「……ターゲット、捕捉。距離一、二〇〇。風速二、微風」
私の横で、低く落ち着いた声が響く。
かつては私の服の裾を掴んで震えていた少年――ラカス。今の彼の肩は、重厚な魔導狙撃銃の反動に耐えうるほど厚く、その瞳には臆病者の面影など微塵もなかった。あの日、瓦礫の下から彼を引きずり出した私の判断は、間違っていなかった。
「コジャールさん。……あの横にいるのは、やっぱり」
「ええ。間違いないわ。……私たちの『[漢字]不幸[/漢字][ふりがな]デスディチャ[/ふりがな]』だった子よ」
バルコニーに現れた人影。
白髪はいつしか鮮やかな[漢字]紅[/漢字][ふりがな]あか[/ふりがな]へと染まり、その髪が風に流れるたびに、周囲の大気が陽炎のように揺らめく。
彼女の横で、義手となった右手を誇らしげに掲げているペテンテ。彼は今や、一国の宰相として、一人の少女の人生を完全に「搾取」し、その熱で世界を支配しようとしている。
(……笑っていられるのも、今のうちよ。ペテンテ)
私は、短く切った水色の髪をかき上げた。
三年前のあの日、私は自分の無力さに泣いた。水魔法の天才などという肩書きが、何の役にも立たないことを知った。だから私は、自分を鍛え直した。魔力を「形」にするのではなく、「殺意」に変える術を。
「……ニナ、状況は?」
私が通信機に問いかけると、上空からノイズ混じりの、けれど懐かしい生意気な声が返ってきた。
『いつでもいけるわよ! このクソったれな要塞ごと、私の新しいボディの火力で焼き払ってあげたいくらいだわ!』
肉体を失い、コジャールが執念で組み上げた[漢字]魔導装甲[/漢字][ふりがな]ゴーレム[/ふりがな]へと魂を移したニナ。彼女の「声」だけは、あの日のままだった。
「いいえ、ニナ。目的は要塞の破壊じゃない。……『彼女』の奪還よ」
私は、腰に帯びた二振りの水刃を抜いた。かつての澄んだ水ではない。今は、光さえも凍てつかせる暗青色の刃だ。
「……ラカス。合図と同時に、ペテンテの義手を狙いなさい。あいつのエネルギー供給を一時的に断つわ」
「了解。……一撃で、決めます」
ラカスの指がトリガーにかかる。
私は、遠くバルコニーで人形のように立ち尽くすデスディチャ――いいえ、今は『聖女テルヌーラ』と呼ばれる少女を見つめた。
彼女の瞳に、もう一度だけ、本当の熱を灯してあげたい。
ペテンテに与えられた破壊の熱ではなく、誰かに触れたいと願った、あの不器用で優しい「体温」を。
「……作戦開始。……行こう、私たちの温もりを取り戻しに」
私が地を蹴ると同時に、ラカスの狙撃銃が咆哮を上げた。
蒼い閃光が空を裂き、要塞のバルコニーへと突き刺さる。
三年越しの、私たちの反撃が始まった。
- 1.#1熱砂の咆哮
- 2.#2無機質(前編)
- 3.#2無機質(後編)
- 4.#3遺跡(前編)
- 5.#3遺跡(中編)
- 6.#3遺跡(後編)
- 7.#4冰の中の「お姫様」(前編)
- 8.#4冰の中の「お姫様」(後編)
- 9.#5水色の嘘(前編)
- 10.#5水色の嘘(中編)
- 11.#5水色の嘘(後編)
- 12.#6凍てつく事実
- 13.#7毒の滴り(前編)
- 14.#7毒の滴り(中編)
- 15.#7毒の滴り(後編)
- 16.#8崩壊の聖域
- 17.#9再会
- 18.#10再起の咆哮(前編)
- 19.#10再起の咆哮(中編)
- 20.#10再起の咆哮(後編)
- 21.#11不完全生命体(前編)
- 22.#11不完全生命体(中編)
- 23.#11不完全生命体(後編)
- 24.#12血眼
- 25.#13道化師と強欲
- 26.#14冰の劣等生(前編)
- 27.#14冰の劣等生(中編)
- 28.#14冰の劣等生(後編)
- 29.#15強欲の残滓
- 30.エピローグ