視界が、白く焼き切れる。
コジャールは、咄嗟に展開した『水鏡の多層防壁』の影で、荒い呼吸を繰り返していた。
(……なんてこと。これが、私の知っている魔導学の範疇だというの?)
彼女の自慢の水魔法は、デスディチャの体に触れるどころか、数メートル手前で無残に霧散していた。1,000℃を超える熱。それはもはや魔法というより、この世に現出した小さな太陽そのものだった。
防壁の隙間から見えたのは、かつての「少女」の面影を失った、紅い怪物だった。
デスディチャの背中からは、魔素が結晶化した六枚の光翼が噴出し、彼女が咆哮するたびに研究所の堅牢な壁が、飴細工のようにぐにゃりと融解していく。
「あはははは! 素晴らしい! もっとだ、もっとその憎悪を燃やせ、デスディチャ!」
爆風と熱波の中、ペテンテだけが狂ったように笑っていた。
彼は防御魔法すら展開していない。デスディチャの熱で白衣の袖が燃え、眼鏡のレンズにひびが入ってもなお、恍惚とした表情で彼女を見つめている。
「ペテンテ……正気なの!? このままじゃ、あなたも焼き殺されるわよ!」
コジャールが叫ぶ。けれど、ペテンテは一瞥もくれない。
「殺される? くくく……コジャール、お前はやはり凡人だな。彼女の熱は、私への『殺意』ではない。これは私への、そして世界への『最高の捧げ物』だ。彼女が私を殺そうとすればするほど、私の理論は完成へと近づく!」
狂っている。
コジャールは、喉の奥がカラカラに乾くのを感じた。
彼女はかつて、ペテンテと同じ研究室で肩を並べていた。彼の傲慢さも、冷徹さも知っていたつもりだった。けれど、彼はこれほどまでに「人間」を捨ててはいなかったはずだ。
「……っ、あ……あぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」
デスディチャが、灼熱の拳をペテンテへ叩きつけた。
――ドォォォォォォォォンッ!!!
研究所の心臓部が爆発する。
コジャールは衝撃で吹き飛ばされ、瓦礫の山に背中を打ちつけた。肺から空気が搾り出され、視界がチカチカと明滅する。
(動けない……。私の魔法が、この熱に……『恐怖』している?)
水色のハーフアップは乱れ、[漢字]煤[/漢字][ふりがな]すす[/ふりがな]汚れ、かつての凛とした美しさはどこにもなかった。
彼女は、崩落していく天井の間から、二人の戦い……いいえ、「一方的な蹂躙と実験」を眺めることしかできなかった。
デスディチャの拳は、ペテンテの体を貫いていなかった。
ペテンテが事前に仕掛けていた「魔素吸引の術式」が、彼女の熱を吸い取り、研究所の地下へと流し込んでいる。デスディチャが怒れば怒るほど、彼女の[漢字]熱[/漢字][ふりがな]命[/ふりがな]は、ペテンテのシステムに吸い取られていくのだ。
「ああ……愛おしいよ、デスディチャ。君の絶望が、私の世界を照らしている」
ペテンテは、真っ赤に焼けたデスディチャの頬に、素手で触れた。
ジュウ……と肉の焼ける音が響く。ペテンテの手のひらは炭化し、煙を上げているというのに、彼の表情には至上の喜びが浮かんでいた。
「……いや……やめて……ペテンテ……さま……」
絶望の熱風の中で、デスディチャの細い声が聞こえた気がした。
それは、助けを求める声だったのか。それとも、自分を壊してくれと願う断末魔だったのか。
コジャールは、地面に這いつくばったまま、自分の無力さに静かに絶望した。
水魔法の天才、大人の余裕、ペテンテのライバル。
そんな肩書きは何の役にも立たなかった。
彼女は、ただ一人の少女が地獄に堕ちていくのを、特等席で見せつけられているだけの、哀れな観客に過ぎなかったのだ。
「……ごめんなさい……。ラカス、ニナ……私は、誰も救えなかった……」
降り注ぐ火の粉が、コジャールの涙を瞬時に乾かしていく。
研究所が完全に崩壊する轟音の中で、彼女の意識は深い闇へと沈んでいった。
【第一部:聖女と混沌・完】
コジャールは、咄嗟に展開した『水鏡の多層防壁』の影で、荒い呼吸を繰り返していた。
(……なんてこと。これが、私の知っている魔導学の範疇だというの?)
彼女の自慢の水魔法は、デスディチャの体に触れるどころか、数メートル手前で無残に霧散していた。1,000℃を超える熱。それはもはや魔法というより、この世に現出した小さな太陽そのものだった。
防壁の隙間から見えたのは、かつての「少女」の面影を失った、紅い怪物だった。
デスディチャの背中からは、魔素が結晶化した六枚の光翼が噴出し、彼女が咆哮するたびに研究所の堅牢な壁が、飴細工のようにぐにゃりと融解していく。
「あはははは! 素晴らしい! もっとだ、もっとその憎悪を燃やせ、デスディチャ!」
爆風と熱波の中、ペテンテだけが狂ったように笑っていた。
彼は防御魔法すら展開していない。デスディチャの熱で白衣の袖が燃え、眼鏡のレンズにひびが入ってもなお、恍惚とした表情で彼女を見つめている。
「ペテンテ……正気なの!? このままじゃ、あなたも焼き殺されるわよ!」
コジャールが叫ぶ。けれど、ペテンテは一瞥もくれない。
「殺される? くくく……コジャール、お前はやはり凡人だな。彼女の熱は、私への『殺意』ではない。これは私への、そして世界への『最高の捧げ物』だ。彼女が私を殺そうとすればするほど、私の理論は完成へと近づく!」
狂っている。
コジャールは、喉の奥がカラカラに乾くのを感じた。
彼女はかつて、ペテンテと同じ研究室で肩を並べていた。彼の傲慢さも、冷徹さも知っていたつもりだった。けれど、彼はこれほどまでに「人間」を捨ててはいなかったはずだ。
「……っ、あ……あぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」
デスディチャが、灼熱の拳をペテンテへ叩きつけた。
――ドォォォォォォォォンッ!!!
研究所の心臓部が爆発する。
コジャールは衝撃で吹き飛ばされ、瓦礫の山に背中を打ちつけた。肺から空気が搾り出され、視界がチカチカと明滅する。
(動けない……。私の魔法が、この熱に……『恐怖』している?)
水色のハーフアップは乱れ、[漢字]煤[/漢字][ふりがな]すす[/ふりがな]汚れ、かつての凛とした美しさはどこにもなかった。
彼女は、崩落していく天井の間から、二人の戦い……いいえ、「一方的な蹂躙と実験」を眺めることしかできなかった。
デスディチャの拳は、ペテンテの体を貫いていなかった。
ペテンテが事前に仕掛けていた「魔素吸引の術式」が、彼女の熱を吸い取り、研究所の地下へと流し込んでいる。デスディチャが怒れば怒るほど、彼女の[漢字]熱[/漢字][ふりがな]命[/ふりがな]は、ペテンテのシステムに吸い取られていくのだ。
「ああ……愛おしいよ、デスディチャ。君の絶望が、私の世界を照らしている」
ペテンテは、真っ赤に焼けたデスディチャの頬に、素手で触れた。
ジュウ……と肉の焼ける音が響く。ペテンテの手のひらは炭化し、煙を上げているというのに、彼の表情には至上の喜びが浮かんでいた。
「……いや……やめて……ペテンテ……さま……」
絶望の熱風の中で、デスディチャの細い声が聞こえた気がした。
それは、助けを求める声だったのか。それとも、自分を壊してくれと願う断末魔だったのか。
コジャールは、地面に這いつくばったまま、自分の無力さに静かに絶望した。
水魔法の天才、大人の余裕、ペテンテのライバル。
そんな肩書きは何の役にも立たなかった。
彼女は、ただ一人の少女が地獄に堕ちていくのを、特等席で見せつけられているだけの、哀れな観客に過ぎなかったのだ。
「……ごめんなさい……。ラカス、ニナ……私は、誰も救えなかった……」
降り注ぐ火の粉が、コジャールの涙を瞬時に乾かしていく。
研究所が完全に崩壊する轟音の中で、彼女の意識は深い闇へと沈んでいった。
【第一部:聖女と混沌・完】
- 1.#1熱砂の咆哮
- 2.#2無機質(前編)
- 3.#2無機質(後編)
- 4.#3遺跡(前編)
- 5.#3遺跡(中編)
- 6.#3遺跡(後編)
- 7.#4冰の中の「お姫様」(前編)
- 8.#4冰の中の「お姫様」(後編)
- 9.#5水色の嘘(前編)
- 10.#5水色の嘘(中編)
- 11.#5水色の嘘(後編)
- 12.#6凍てつく事実
- 13.#7毒の滴り(前編)
- 14.#7毒の滴り(中編)
- 15.#7毒の滴り(後編)
- 16.#8崩壊の聖域
- 17.#9再会
- 18.#10再起の咆哮(前編)
- 19.#10再起の咆哮(中編)
- 20.#10再起の咆哮(後編)
- 21.#11不完全生命体(前編)
- 22.#11不完全生命体(中編)
- 23.#11不完全生命体(後編)
- 24.#12血眼
- 25.#13道化師と強欲
- 26.#14冰の劣等生(前編)
- 27.#14冰の劣等生(中編)
- 28.#14冰の劣等生(後編)
- 29.#15強欲の残滓
- 30.エピローグ