文字サイズ変更

不幸の温度

#16

#8崩壊の聖域

 視界が、白く焼き切れる。
 コジャールは、咄嗟に展開した『水鏡の多層防壁』の影で、荒い呼吸を繰り返していた。

(……なんてこと。これが、私の知っている魔導学の範疇だというの?)

 彼女の自慢の水魔法は、デスディチャの体に触れるどころか、数メートル手前で無残に霧散していた。1,000℃を超える熱。それはもはや魔法というより、この世に現出した小さな太陽そのものだった。

 防壁の隙間から見えたのは、かつての「少女」の面影を失った、紅い怪物だった。
 デスディチャの背中からは、魔素が結晶化した六枚の光翼が噴出し、彼女が咆哮するたびに研究所の堅牢な壁が、飴細工のようにぐにゃりと融解していく。

「あはははは! 素晴らしい! もっとだ、もっとその憎悪を燃やせ、デスディチャ!」

 爆風と熱波の中、ペテンテだけが狂ったように笑っていた。
 彼は防御魔法すら展開していない。デスディチャの熱で白衣の袖が燃え、眼鏡のレンズにひびが入ってもなお、恍惚とした表情で彼女を見つめている。

「ペテンテ……正気なの!? このままじゃ、あなたも焼き殺されるわよ!」

 コジャールが叫ぶ。けれど、ペテンテは一瞥もくれない。

「殺される? くくく……コジャール、お前はやはり凡人だな。彼女の熱は、私への『殺意』ではない。これは私への、そして世界への『最高の捧げ物』だ。彼女が私を殺そうとすればするほど、私の理論は完成へと近づく!」

 狂っている。
 コジャールは、喉の奥がカラカラに乾くのを感じた。
 彼女はかつて、ペテンテと同じ研究室で肩を並べていた。彼の傲慢さも、冷徹さも知っていたつもりだった。けれど、彼はこれほどまでに「人間」を捨ててはいなかったはずだ。

「……っ、あ……あぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」

 デスディチャが、灼熱の拳をペテンテへ叩きつけた。
 
 ――ドォォォォォォォォンッ!!!

 研究所の心臓部が爆発する。
 コジャールは衝撃で吹き飛ばされ、瓦礫の山に背中を打ちつけた。肺から空気が搾り出され、視界がチカチカと明滅する。

(動けない……。私の魔法が、この熱に……『恐怖』している?)

 水色のハーフアップは乱れ、[漢字]煤[/漢字][ふりがな]すす[/ふりがな]汚れ、かつての凛とした美しさはどこにもなかった。
 彼女は、崩落していく天井の間から、二人の戦い……いいえ、「一方的な蹂躙と実験」を眺めることしかできなかった。

 デスディチャの拳は、ペテンテの体を貫いていなかった。
 ペテンテが事前に仕掛けていた「魔素吸引の術式」が、彼女の熱を吸い取り、研究所の地下へと流し込んでいる。デスディチャが怒れば怒るほど、彼女の[漢字]熱[/漢字][ふりがな]命[/ふりがな]は、ペテンテのシステムに吸い取られていくのだ。

「ああ……愛おしいよ、デスディチャ。君の絶望が、私の世界を照らしている」

 ペテンテは、真っ赤に焼けたデスディチャの頬に、素手で触れた。
 ジュウ……と肉の焼ける音が響く。ペテンテの手のひらは炭化し、煙を上げているというのに、彼の表情には至上の喜びが浮かんでいた。

「……いや……やめて……ペテンテ……さま……」

 絶望の熱風の中で、デスディチャの細い声が聞こえた気がした。
 それは、助けを求める声だったのか。それとも、自分を壊してくれと願う断末魔だったのか。

 コジャールは、地面に這いつくばったまま、自分の無力さに静かに絶望した。
 水魔法の天才、大人の余裕、ペテンテのライバル。
 そんな肩書きは何の役にも立たなかった。
 彼女は、ただ一人の少女が地獄に堕ちていくのを、特等席で見せつけられているだけの、哀れな観客に過ぎなかったのだ。

「……ごめんなさい……。ラカス、ニナ……私は、誰も救えなかった……」

 降り注ぐ火の粉が、コジャールの涙を瞬時に乾かしていく。
 研究所が完全に崩壊する轟音の中で、彼女の意識は深い闇へと沈んでいった。


【第一部:聖女と混沌・完】

作者メッセージ

第一部終了です!
次からは第二部へとなります!

2026/02/14 10:48

♗◈夢見鳥◈♗
ID:≫ 65guhuu.CMb9.
コメント

通報フォーム

お名前
(任意)
Mailアドレス
(任意)

※入力した場合は確認メールが自動返信されます
違反の種類 ※必須 ※ご自分の小説の削除依頼はできません。
違反内容、削除を依頼したい理由など※必須

盗作されたと思われる作品のタイトル

どういった部分が元作品と類似しているかを具体的に記入して下さい。

※できるだけ具体的に記入してください。

《記入例》
・3ページ目の『~~』という箇所に、禁止されているグロ描写が含まれていました
・「〇〇」という作品の盗作と思われます。登場人物の名前を変えているだけで●●というストーリーや××という設定が同じ
…等

備考欄
※伝言などありましたらこちらへ記入
メールフォーム規約」に同意して送信しますか?※必須
タイトル
URL

この小説の著作権は♗◈夢見鳥◈♗さんに帰属します

TOP