デスディチャが最後の手をかざすと、巨大な冷却石はパキリと音を立てて左右に割れた。
中から滑り落ちてきたのは、冷たく凍りついたままの小さな少女だ。ラカスが慌てて、自分の防寒着を広げて彼女を受け止める。
「うわっ、冷たっ! 氷より冷たいよ、この子!」
ラカスの腕の中で、少女のまぶたがピクリと動いた。
くすみのかかったピンク色のツインテールが、重力に逆らうようにふわりと浮き上がる。
「……ん、……うるさ、い……」
「あ、起きた!? 大丈夫? 僕はラカス。君を助けに――」
「さわるな、この下等生物ッ!!」
カッ、と少女が目を見開いた瞬間、ラカスの鼻先を鋭い衝撃波がかすめた。
妖精族特有の強力な魔力だ。ラカスは「ひいいっ!」と悲鳴を上げて尻もちをつき、少女は空中にふわりと浮き上がって、三人を見下ろした。
「なによ、アンタたち。……あ、そこの眼鏡。その白衣、あのクソったれな研究所の連中ね? また私を弄くり回しに来たわけ!?」
「……『あの研究所』か。残念だが、私はあんな二流の施設と一緒くたにされるのを最も嫌う。……おい、落ち着け『No.1727』。お前のバイタルを計測させろ」
ペテンテが端末を向けると、少女は真っ赤な顔をして自分の右腕を隠した。
そこには、細い手首に食い込むような銀色の腕輪がはめられており、無機質なフォントで『No.1727』と深く刻まれていた。
「その番号で呼ぶな! 私は、私は……っ」
叫ぼうとした少女の言葉が詰まる。
彼女には、番号以外の名前がなかった。
怒りと悲しみが混ざった表情で震える彼女の前に、デスディチャが静かに歩み出た。
「……こわくないよ。この人、口は悪いけど、悪い人じゃないから」
デスディチャの紅い瞳が、少女の瞳と重なる。
少女は一瞬、デスディチャから発せられる異常な熱気に怯んだが、その瞳の奥にある「自分と同じ孤独」に気づき、言葉を失った。
「アンタ……その目……」
「わたしはデスディチャ。……『1727』って、なんて読めばいいの?」
「……読み方なんてないわよ。私はただの、1727番目の失敗作なんだから」
自嘲気味に笑う少女。
デスディチャは少しの間考え、それからパッと顔を上げて、少女の腕輪の数字を指差した。
「……じゃあ、『ニナ』。2と、7で、ニナ。……どうかな?」
「……はぁ? ニナ? なによそれ、センスなさすぎじゃない?」
少女――ニナは鼻を鳴らした。
けれど、その頬はわずかに赤らんでいる。生まれて初めて「番号」ではなく「名前」として呼ばれた響きが、氷のように固まっていた彼女の心を、デスディチャの熱よりもずっと深く、溶かしていく。
「……フン。アンタがどうしてもって言うなら、その……『ニナ』って名前、使ってあげてもいいわよ。感謝しなさいよね!」
「おい、感動の対面中に悪いが」
ペテンテが冷たく割って入った。
彼は天井を指差す。そこには、ニナが氷から出たことで作動した、真っ赤な防衛術式の紋章が浮かび上がっていた。
「[漢字]主[/漢字][ふりがな]メイン[/ふりがな]サンプルが盗まれたと判断されたようだな。……あと30秒で、この廃坑全体が崩落する。……デスディチャ、ラカス、そのガキを連れて走れ。一秒でも遅れたら、私はお前たちを置いて転移魔法で帰還するぞ」
「「ええええええええええっ!?」」
─────────────────────────────────────────
轟音とともに、巨大な氷柱が天井から降り注ぐ。
ペテンテは最短ルートを計算しながら、驚異的なスピードで出口へ向かって走り出した。
「ちょっと! 置いてかないでよ! 重いんだからこの荷物!」
「ラカス、走って! ニナ、わたしの服を掴んで!」
デスディチャが手を差し出す。
ニナは一瞬躊躇したが、背後で巨大な岩が崩れる音を聞いて、なりふり構わずデスディチャの背中に抱きついた。
「あ、あつっ!? アンタ、なんなのこの体温! 茹で上がるわよ!」
「がまんして……! いくよ!」
デスディチャの足が熱を帯び、爆発的な推進力を生む。
崩落する岩を回避し、溶け出した水の上を滑走するように、三人と一人は出口を目指して突き進む。
背後で、かつてニナを閉じ込めていた美しい広間が、無残に瓦礫の底へと沈んでいった。
中から滑り落ちてきたのは、冷たく凍りついたままの小さな少女だ。ラカスが慌てて、自分の防寒着を広げて彼女を受け止める。
「うわっ、冷たっ! 氷より冷たいよ、この子!」
ラカスの腕の中で、少女のまぶたがピクリと動いた。
くすみのかかったピンク色のツインテールが、重力に逆らうようにふわりと浮き上がる。
「……ん、……うるさ、い……」
「あ、起きた!? 大丈夫? 僕はラカス。君を助けに――」
「さわるな、この下等生物ッ!!」
カッ、と少女が目を見開いた瞬間、ラカスの鼻先を鋭い衝撃波がかすめた。
妖精族特有の強力な魔力だ。ラカスは「ひいいっ!」と悲鳴を上げて尻もちをつき、少女は空中にふわりと浮き上がって、三人を見下ろした。
「なによ、アンタたち。……あ、そこの眼鏡。その白衣、あのクソったれな研究所の連中ね? また私を弄くり回しに来たわけ!?」
「……『あの研究所』か。残念だが、私はあんな二流の施設と一緒くたにされるのを最も嫌う。……おい、落ち着け『No.1727』。お前のバイタルを計測させろ」
ペテンテが端末を向けると、少女は真っ赤な顔をして自分の右腕を隠した。
そこには、細い手首に食い込むような銀色の腕輪がはめられており、無機質なフォントで『No.1727』と深く刻まれていた。
「その番号で呼ぶな! 私は、私は……っ」
叫ぼうとした少女の言葉が詰まる。
彼女には、番号以外の名前がなかった。
怒りと悲しみが混ざった表情で震える彼女の前に、デスディチャが静かに歩み出た。
「……こわくないよ。この人、口は悪いけど、悪い人じゃないから」
デスディチャの紅い瞳が、少女の瞳と重なる。
少女は一瞬、デスディチャから発せられる異常な熱気に怯んだが、その瞳の奥にある「自分と同じ孤独」に気づき、言葉を失った。
「アンタ……その目……」
「わたしはデスディチャ。……『1727』って、なんて読めばいいの?」
「……読み方なんてないわよ。私はただの、1727番目の失敗作なんだから」
自嘲気味に笑う少女。
デスディチャは少しの間考え、それからパッと顔を上げて、少女の腕輪の数字を指差した。
「……じゃあ、『ニナ』。2と、7で、ニナ。……どうかな?」
「……はぁ? ニナ? なによそれ、センスなさすぎじゃない?」
少女――ニナは鼻を鳴らした。
けれど、その頬はわずかに赤らんでいる。生まれて初めて「番号」ではなく「名前」として呼ばれた響きが、氷のように固まっていた彼女の心を、デスディチャの熱よりもずっと深く、溶かしていく。
「……フン。アンタがどうしてもって言うなら、その……『ニナ』って名前、使ってあげてもいいわよ。感謝しなさいよね!」
「おい、感動の対面中に悪いが」
ペテンテが冷たく割って入った。
彼は天井を指差す。そこには、ニナが氷から出たことで作動した、真っ赤な防衛術式の紋章が浮かび上がっていた。
「[漢字]主[/漢字][ふりがな]メイン[/ふりがな]サンプルが盗まれたと判断されたようだな。……あと30秒で、この廃坑全体が崩落する。……デスディチャ、ラカス、そのガキを連れて走れ。一秒でも遅れたら、私はお前たちを置いて転移魔法で帰還するぞ」
「「ええええええええええっ!?」」
─────────────────────────────────────────
轟音とともに、巨大な氷柱が天井から降り注ぐ。
ペテンテは最短ルートを計算しながら、驚異的なスピードで出口へ向かって走り出した。
「ちょっと! 置いてかないでよ! 重いんだからこの荷物!」
「ラカス、走って! ニナ、わたしの服を掴んで!」
デスディチャが手を差し出す。
ニナは一瞬躊躇したが、背後で巨大な岩が崩れる音を聞いて、なりふり構わずデスディチャの背中に抱きついた。
「あ、あつっ!? アンタ、なんなのこの体温! 茹で上がるわよ!」
「がまんして……! いくよ!」
デスディチャの足が熱を帯び、爆発的な推進力を生む。
崩落する岩を回避し、溶け出した水の上を滑走するように、三人と一人は出口を目指して突き進む。
背後で、かつてニナを閉じ込めていた美しい広間が、無残に瓦礫の底へと沈んでいった。
- 1.#1熱砂の咆哮
- 2.#2無機質(前編)
- 3.#2無機質(後編)
- 4.#3遺跡(前編)
- 5.#3遺跡(中編)
- 6.#3遺跡(後編)
- 7.#4冰の中の「お姫様」(前編)
- 8.#4冰の中の「お姫様」(後編)
- 9.#5水色の嘘(前編)
- 10.#5水色の嘘(中編)
- 11.#5水色の嘘(後編)
- 12.#6凍てつく事実
- 13.#7毒の滴り(前編)
- 14.#7毒の滴り(中編)
- 15.#7毒の滴り(後編)
- 16.#8崩壊の聖域
- 17.#9再会
- 18.#10再起の咆哮(前編)
- 19.#10再起の咆哮(中編)
- 20.#10再起の咆哮(後編)
- 21.#11不完全生命体(前編)
- 22.#11不完全生命体(中編)
- 23.#11不完全生命体(後編)
- 24.#12血眼
- 25.#13道化師と強欲
- 26.#14冰の劣等生(前編)
- 27.#14冰の劣等生(中編)
- 28.#14冰の劣等生(後編)
- 29.#15強欲の残滓
- 30.エピローグ