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不幸の温度

#8

#4冰の中の「お姫様」(後編)

 デスディチャが最後の手をかざすと、巨大な冷却石はパキリと音を立てて左右に割れた。
 中から滑り落ちてきたのは、冷たく凍りついたままの小さな少女だ。ラカスが慌てて、自分の防寒着を広げて彼女を受け止める。

「うわっ、冷たっ! 氷より冷たいよ、この子!」

 ラカスの腕の中で、少女のまぶたがピクリと動いた。
 くすみのかかったピンク色のツインテールが、重力に逆らうようにふわりと浮き上がる。

「……ん、……うるさ、い……」

「あ、起きた!? 大丈夫? 僕はラカス。君を助けに――」

「さわるな、この下等生物ッ!!」

 カッ、と少女が目を見開いた瞬間、ラカスの鼻先を鋭い衝撃波がかすめた。
 妖精族特有の強力な魔力だ。ラカスは「ひいいっ!」と悲鳴を上げて尻もちをつき、少女は空中にふわりと浮き上がって、三人を見下ろした。

「なによ、アンタたち。……あ、そこの眼鏡。その白衣、あのクソったれな研究所の連中ね? また私を弄くり回しに来たわけ!?」

「……『あの研究所』か。残念だが、私はあんな二流の施設と一緒くたにされるのを最も嫌う。……おい、落ち着け『No.1727』。お前のバイタルを計測させろ」

 ペテンテが端末を向けると、少女は真っ赤な顔をして自分の右腕を隠した。
 そこには、細い手首に食い込むような銀色の腕輪がはめられており、無機質なフォントで『No.1727』と深く刻まれていた。

「その番号で呼ぶな! 私は、私は……っ」

 叫ぼうとした少女の言葉が詰まる。
 彼女には、番号以外の名前がなかった。
 怒りと悲しみが混ざった表情で震える彼女の前に、デスディチャが静かに歩み出た。

「……こわくないよ。この人、口は悪いけど、悪い人じゃないから」

 デスディチャの紅い瞳が、少女の瞳と重なる。
 少女は一瞬、デスディチャから発せられる異常な熱気に怯んだが、その瞳の奥にある「自分と同じ孤独」に気づき、言葉を失った。

「アンタ……その目……」

「わたしはデスディチャ。……『1727』って、なんて読めばいいの?」

「……読み方なんてないわよ。私はただの、1727番目の失敗作なんだから」

 自嘲気味に笑う少女。
 デスディチャは少しの間考え、それからパッと顔を上げて、少女の腕輪の数字を指差した。

「……じゃあ、『ニナ』。2と、7で、ニナ。……どうかな?」

「……はぁ? ニナ? なによそれ、センスなさすぎじゃない?」

 少女――ニナは鼻を鳴らした。
 けれど、その頬はわずかに赤らんでいる。生まれて初めて「番号」ではなく「名前」として呼ばれた響きが、氷のように固まっていた彼女の心を、デスディチャの熱よりもずっと深く、溶かしていく。

「……フン。アンタがどうしてもって言うなら、その……『ニナ』って名前、使ってあげてもいいわよ。感謝しなさいよね!」

「おい、感動の対面中に悪いが」

 ペテンテが冷たく割って入った。
 彼は天井を指差す。そこには、ニナが氷から出たことで作動した、真っ赤な防衛術式の紋章が浮かび上がっていた。

「[漢字]主[/漢字][ふりがな]メイン[/ふりがな]サンプルが盗まれたと判断されたようだな。……あと30秒で、この廃坑全体が崩落する。……デスディチャ、ラカス、そのガキを連れて走れ。一秒でも遅れたら、私はお前たちを置いて転移魔法で帰還するぞ」

「「ええええええええええっ!?」」

─────────────────────────────────────────

 轟音とともに、巨大な氷柱が天井から降り注ぐ。
 ペテンテは最短ルートを計算しながら、驚異的なスピードで出口へ向かって走り出した。

「ちょっと! 置いてかないでよ! 重いんだからこの荷物!」
「ラカス、走って! ニナ、わたしの服を掴んで!」

 デスディチャが手を差し出す。
 ニナは一瞬躊躇したが、背後で巨大な岩が崩れる音を聞いて、なりふり構わずデスディチャの背中に抱きついた。

「あ、あつっ!? アンタ、なんなのこの体温! 茹で上がるわよ!」

「がまんして……! いくよ!」

 デスディチャの足が熱を帯び、爆発的な推進力を生む。
 崩落する岩を回避し、溶け出した水の上を滑走するように、三人と一人は出口を目指して突き進む。

 背後で、かつてニナを閉じ込めていた美しい広間が、無残に瓦礫の底へと沈んでいった。

作者メッセージ

最近首が凝りすぎてボキボキいってます。

2026/02/11 20:25

♗◈夢見鳥◈♗
ID:≫ 65guhuu.CMb9.
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