廃坑の最下層。そこは、地上の喧騒が嘘のように静まり返った、蒼白いクリスタルの広間だった。
中央には、周囲の熱を吸い取り続けて巨大化した、直径三メートルはあろうかという「[漢字]大冷却石[/漢字][ふりがな]グランド・コールド・コア[/ふりがな]」が鎮座している。
「……あった。これがあれば、わたしの熱、もっと抑えられる?」
デスディチャが、おずおずとその巨大な氷の塊を見上げる。
一歩近づくだけで、彼女の50℃の体温が急速に奪われていくのが分かった。それは痛みではなく、火照った体を冷水に浸した時のような、甘美な安らぎだった。
「ああ。これだけの純度なら、お前のための特製バングル……いや、『拘束具』を作るのに十分な素材だ。……さあ、デスディチャ。余分な[漢字]外殻[/漢字][ふりがな]こおり[/ふりがな]を溶かせ。コアに傷をつけたら、報酬から引くぞ」
「……報酬なんて、もらってないよ、ペテンテさん」
デスディチャは苦笑しながら、掌を氷の塊に押し当てた。
ジュウ……と心地よい蒸気が立ち上がり、厚い氷の層がみるみるうちに透き通っていく。
しかし、溶け出した氷の向こう側に、「何か」が見えた。
「……えっ? なに、これ」
「おい、どうしたデスディチャ。……げぇっ! なんだよこれ、死体!? 幽霊!?」
後ろから覗き込んだラカスが、情けない悲鳴を上げて飛び退いた。
氷の深層、冷却石の核に抱かれるようにして眠っていたのは――くすみのかかったピンク色のツインテールを揺らした、小さな少女だった。
彼女はまるで、時間の止まった夢の中にいるようだった。
豪奢な、しかしボロボロになったドレスを纏い、手首には『No.1727』という無機質な刻印が刻まれた銀の腕輪が光っている。
「……人間、じゃない。妖精族か。それも、この魔力の波形……」
ペテンテが眼鏡を光らせ、端末を高速で操作する。
彼は驚くべきことに、感動するどころか、心底面倒くさそうに吐き捨てた。
「チッ。予定外のゴミが混じっていたか。冷却石の純度がこの個体の生命維持に吸い取られている。……おい、デスディチャ。溶かすのはそこまでだ」
「えっ……でも、この子、助けないと」
「助ける? 冗談を言うな。これは国の極秘プロジェクト『妖精兵器』のなり損ないだ。関われば厄介な追手に、莫大な維持費……。効率が悪すぎる」
ペテンテはくるりと背を向けると、無情にも言い放った。
「よし。見なかったことにしよう。冷却石の端っこだけ削り取って、こいつはここに置いていくぞ」
「お前は血も涙もないのかーーー!!」
ラカスの絶叫が、静かな廃坑に木霊した。
「死んじゃう! こんな冷たいところで独りぼっちなんて、絶対ダメだろ! デスディチャ、君も何か言ってやれよ!」
デスディチャは、氷の中に閉じ込められた少女を見つめていた。
暗い地下室で、たった一人で熱に浮かされていた自分。
誰も助けてくれなかった、あの凍えるような孤独。
「……ペテンテさん。この子、温めてあげたい」
「…………」
ペテンテは深いため息をつき、天を仰いだ。
「……いいか、よく聞け。私の研究所は福祉施設ではない。この個体を回収すれば、私の睡眠時間はさらに三時間は削られ、食費も三割増しになる。おまけに妖精族は口が悪いことで有名だ。……それでも連れて行くというのか?」
「うん。わたしが、この子の『温もり』になる」
デスディチャの紅い瞳に、強い意志が宿る。
ペテンテはしばらく沈黙した後、これ以上ないほど不機嫌な顔で、ラカスに命じた。
「……ラカス。荷物を全部捨てろ。代わりにその『No.1727』を背負え。一グラムでも重量をオーバーしたら、お前をここに置いていく」
「わ、わかったよ! やればいいんだろ、やれば!」
中央には、周囲の熱を吸い取り続けて巨大化した、直径三メートルはあろうかという「[漢字]大冷却石[/漢字][ふりがな]グランド・コールド・コア[/ふりがな]」が鎮座している。
「……あった。これがあれば、わたしの熱、もっと抑えられる?」
デスディチャが、おずおずとその巨大な氷の塊を見上げる。
一歩近づくだけで、彼女の50℃の体温が急速に奪われていくのが分かった。それは痛みではなく、火照った体を冷水に浸した時のような、甘美な安らぎだった。
「ああ。これだけの純度なら、お前のための特製バングル……いや、『拘束具』を作るのに十分な素材だ。……さあ、デスディチャ。余分な[漢字]外殻[/漢字][ふりがな]こおり[/ふりがな]を溶かせ。コアに傷をつけたら、報酬から引くぞ」
「……報酬なんて、もらってないよ、ペテンテさん」
デスディチャは苦笑しながら、掌を氷の塊に押し当てた。
ジュウ……と心地よい蒸気が立ち上がり、厚い氷の層がみるみるうちに透き通っていく。
しかし、溶け出した氷の向こう側に、「何か」が見えた。
「……えっ? なに、これ」
「おい、どうしたデスディチャ。……げぇっ! なんだよこれ、死体!? 幽霊!?」
後ろから覗き込んだラカスが、情けない悲鳴を上げて飛び退いた。
氷の深層、冷却石の核に抱かれるようにして眠っていたのは――くすみのかかったピンク色のツインテールを揺らした、小さな少女だった。
彼女はまるで、時間の止まった夢の中にいるようだった。
豪奢な、しかしボロボロになったドレスを纏い、手首には『No.1727』という無機質な刻印が刻まれた銀の腕輪が光っている。
「……人間、じゃない。妖精族か。それも、この魔力の波形……」
ペテンテが眼鏡を光らせ、端末を高速で操作する。
彼は驚くべきことに、感動するどころか、心底面倒くさそうに吐き捨てた。
「チッ。予定外のゴミが混じっていたか。冷却石の純度がこの個体の生命維持に吸い取られている。……おい、デスディチャ。溶かすのはそこまでだ」
「えっ……でも、この子、助けないと」
「助ける? 冗談を言うな。これは国の極秘プロジェクト『妖精兵器』のなり損ないだ。関われば厄介な追手に、莫大な維持費……。効率が悪すぎる」
ペテンテはくるりと背を向けると、無情にも言い放った。
「よし。見なかったことにしよう。冷却石の端っこだけ削り取って、こいつはここに置いていくぞ」
「お前は血も涙もないのかーーー!!」
ラカスの絶叫が、静かな廃坑に木霊した。
「死んじゃう! こんな冷たいところで独りぼっちなんて、絶対ダメだろ! デスディチャ、君も何か言ってやれよ!」
デスディチャは、氷の中に閉じ込められた少女を見つめていた。
暗い地下室で、たった一人で熱に浮かされていた自分。
誰も助けてくれなかった、あの凍えるような孤独。
「……ペテンテさん。この子、温めてあげたい」
「…………」
ペテンテは深いため息をつき、天を仰いだ。
「……いいか、よく聞け。私の研究所は福祉施設ではない。この個体を回収すれば、私の睡眠時間はさらに三時間は削られ、食費も三割増しになる。おまけに妖精族は口が悪いことで有名だ。……それでも連れて行くというのか?」
「うん。わたしが、この子の『温もり』になる」
デスディチャの紅い瞳に、強い意志が宿る。
ペテンテはしばらく沈黙した後、これ以上ないほど不機嫌な顔で、ラカスに命じた。
「……ラカス。荷物を全部捨てろ。代わりにその『No.1727』を背負え。一グラムでも重量をオーバーしたら、お前をここに置いていく」
「わ、わかったよ! やればいいんだろ、やれば!」
- 1.#1熱砂の咆哮
- 2.#2無機質(前編)
- 3.#2無機質(後編)
- 4.#3遺跡(前編)
- 5.#3遺跡(中編)
- 6.#3遺跡(後編)
- 7.#4冰の中の「お姫様」(前編)
- 8.#4冰の中の「お姫様」(後編)
- 9.#5水色の嘘(前編)
- 10.#5水色の嘘(中編)
- 11.#5水色の嘘(後編)
- 12.#6凍てつく事実
- 13.#7毒の滴り(前編)
- 14.#7毒の滴り(中編)
- 15.#7毒の滴り(後編)
- 16.#8崩壊の聖域
- 17.#9再会
- 18.#10再起の咆哮(前編)
- 19.#10再起の咆哮(中編)
- 20.#10再起の咆哮(後編)
- 21.#11不完全生命体(前編)
- 22.#11不完全生命体(中編)
- 23.#11不完全生命体(後編)
- 24.#12血眼
- 25.#13道化師と強欲
- 26.#14冰の劣等生(前編)
- 27.#14冰の劣等生(中編)
- 28.#14冰の劣等生(後編)
- 29.#15強欲の残滓
- 30.エピローグ