「ガァッ……!」
低く、地鳴りのような唸り声。
暗闇の中から躍り出た三体のアイス・ウルフは、体長二メートルを超える巨体だった。全身が鋭利な氷の結晶で覆われ、その瞳には凍てつくような殺意が宿っている。
「ひいぃっ、出たぁ! デ、デスディチャ、お願いします! 僕を食べちゃう前に何とかしてくださいぃっ」
ラカスが腰を抜かし、背負ったバックパックを盾にするように震える。
一方、ペテンテは腕組みをしたまま、一歩も動かない。
「……計測開始だ。デスディチャ、まずは前方の一体に集中しろ。熱を一点に集めるイメージだ。……お前のその不快な熱が、どれほど効率的に『氷』を『蒸発』させられるか見せてみろ」
「……わかった。やってみる……!」
デスディチャが一歩前へ踏み出す。
ドクン、と心臓が跳ねる。血管を流れる血液が、沸騰したお湯のように熱くなるのを感じた。
黒い瞳が、鮮やかな紅色へと染まっていく。
「あつい……っ……あぁぁぁぁぁ!」
彼女が叫ぶとともに、周囲の空気が激しく歪んだ。
50℃、60℃、70℃――。
彼女の体温が急上昇し、足元の永久凍土がジュウウウと音を立てて溶け始める。
一際大きなアイス・ウルフが、彼女の喉笛を目掛けて飛びかかった。
しかし、デスディチャが横に薙ぐように振った小さな手。そこから放たれたのは、魔法ですらない、ただの「暴力的な熱気」だった。
「――っ!?」
触れることすら叶わない。
デスディチャの熱を浴びた冰狼は、空中でその氷の体を維持できなくなり、一瞬で水蒸気へと爆散した。
「すごい……一撃で……!」
ラカスが歓喜の声を上げた、その時だった。
「……あ、あれ? 熱い!? デスディチャ、熱いよ! 足元が!」
歓喜は悲鳴に変わった。
デスディチャが熱を上げすぎたせいで、周囲の氷の床が激しく融解し、滝のような泥水となって流れ出していたのだ。さらに、溶けた氷が水蒸気となり、視界を真っ白に覆い尽くす。
「うわあああ! 足場が崩れる! 助けて、ペテンテ!」
ラカスが滑落しそうになり、岩壁にしがみつく。
デスディチャは、自分の手が赤く光っているのを見て、恐怖に顔を歪めた。
「だめ……止まらない! ラカスまで、溶かしちゃう……!」
力を出せば、周りを傷つける。
親に言われ続けてきた言葉が、呪いのように彼女の足を縛る。戦意が揺らぎ、魔素が暴走を始めたその時、耳元で冷徹な声が響いた。
「馬鹿者が。思考を止めるな」
いつの間にか背後に立ったペテンテが、デスディチャの肩をガシリと掴んだ。手袋越しにも伝わる彼の冷気が、彼女の焦燥をわずかに鎮める。
「いいか、デスディチャ。お前の熱は呪いではない。『物理現象』だ。……拡散させるな。熱を内側に閉じ込め、一気に放出する。……お前が自分の熱に飲まれてどうする。主は、お前だ」
「……わたしが、主……」
「そうだ。……ラカス、喚くな。お前のそのうるさい声が計算の邪魔だ。……さあ、デスディチャ。最後の一体だ。熱を『刃』に変えてみろ」
デスディチャは深呼吸をした。
冷たい地下の空気を、熱い肺に取り込む。
ペテンテの手に導かれるように、暴れていた熱を掌の一点に凝縮させる。
最後のアイス・ウルフが、霧の中から音もなく忍び寄る。
デスディチャは目を開けた。紅い瞳が、獲物を正確に捉える。
「……消えて」
放たれた熱は、もはや陽炎ではなく、一本の真っ赤なレーザーのような「熱線」となって氷の魔物を貫いた。
断末魔すら上げず、魔物は虚空へと消え去る。
静寂が戻った。
溶けかけた氷がパキパキと鳴る音だけが響く。
「……ふん。及第点だ」
ペテンテは満足げに魔導端末を操作し、データを保存した。
「……ひぃ、死ぬかと思った……。でも、かっこよかったよ、デスディチャ!いえ、師匠!」
泥だらけになったラカスが、弱々しく親指を立てる。
デスディチャは、まだ熱が残る自分の手を見つめた。
誰かを守るために、この熱を使えた。その実感が、彼女の冷え切っていた心に、初めて「自分の居場所」という温もりを灯した気がした。
「……まだ終わらんぞ。最下層への道は開かれた。……行くぞ、道具共」
ペテンテはそう言いながらも、足元が不安定なデスディチャのために、杖を地面について魔法で足場を固めてやっていた。
低く、地鳴りのような唸り声。
暗闇の中から躍り出た三体のアイス・ウルフは、体長二メートルを超える巨体だった。全身が鋭利な氷の結晶で覆われ、その瞳には凍てつくような殺意が宿っている。
「ひいぃっ、出たぁ! デ、デスディチャ、お願いします! 僕を食べちゃう前に何とかしてくださいぃっ」
ラカスが腰を抜かし、背負ったバックパックを盾にするように震える。
一方、ペテンテは腕組みをしたまま、一歩も動かない。
「……計測開始だ。デスディチャ、まずは前方の一体に集中しろ。熱を一点に集めるイメージだ。……お前のその不快な熱が、どれほど効率的に『氷』を『蒸発』させられるか見せてみろ」
「……わかった。やってみる……!」
デスディチャが一歩前へ踏み出す。
ドクン、と心臓が跳ねる。血管を流れる血液が、沸騰したお湯のように熱くなるのを感じた。
黒い瞳が、鮮やかな紅色へと染まっていく。
「あつい……っ……あぁぁぁぁぁ!」
彼女が叫ぶとともに、周囲の空気が激しく歪んだ。
50℃、60℃、70℃――。
彼女の体温が急上昇し、足元の永久凍土がジュウウウと音を立てて溶け始める。
一際大きなアイス・ウルフが、彼女の喉笛を目掛けて飛びかかった。
しかし、デスディチャが横に薙ぐように振った小さな手。そこから放たれたのは、魔法ですらない、ただの「暴力的な熱気」だった。
「――っ!?」
触れることすら叶わない。
デスディチャの熱を浴びた冰狼は、空中でその氷の体を維持できなくなり、一瞬で水蒸気へと爆散した。
「すごい……一撃で……!」
ラカスが歓喜の声を上げた、その時だった。
「……あ、あれ? 熱い!? デスディチャ、熱いよ! 足元が!」
歓喜は悲鳴に変わった。
デスディチャが熱を上げすぎたせいで、周囲の氷の床が激しく融解し、滝のような泥水となって流れ出していたのだ。さらに、溶けた氷が水蒸気となり、視界を真っ白に覆い尽くす。
「うわあああ! 足場が崩れる! 助けて、ペテンテ!」
ラカスが滑落しそうになり、岩壁にしがみつく。
デスディチャは、自分の手が赤く光っているのを見て、恐怖に顔を歪めた。
「だめ……止まらない! ラカスまで、溶かしちゃう……!」
力を出せば、周りを傷つける。
親に言われ続けてきた言葉が、呪いのように彼女の足を縛る。戦意が揺らぎ、魔素が暴走を始めたその時、耳元で冷徹な声が響いた。
「馬鹿者が。思考を止めるな」
いつの間にか背後に立ったペテンテが、デスディチャの肩をガシリと掴んだ。手袋越しにも伝わる彼の冷気が、彼女の焦燥をわずかに鎮める。
「いいか、デスディチャ。お前の熱は呪いではない。『物理現象』だ。……拡散させるな。熱を内側に閉じ込め、一気に放出する。……お前が自分の熱に飲まれてどうする。主は、お前だ」
「……わたしが、主……」
「そうだ。……ラカス、喚くな。お前のそのうるさい声が計算の邪魔だ。……さあ、デスディチャ。最後の一体だ。熱を『刃』に変えてみろ」
デスディチャは深呼吸をした。
冷たい地下の空気を、熱い肺に取り込む。
ペテンテの手に導かれるように、暴れていた熱を掌の一点に凝縮させる。
最後のアイス・ウルフが、霧の中から音もなく忍び寄る。
デスディチャは目を開けた。紅い瞳が、獲物を正確に捉える。
「……消えて」
放たれた熱は、もはや陽炎ではなく、一本の真っ赤なレーザーのような「熱線」となって氷の魔物を貫いた。
断末魔すら上げず、魔物は虚空へと消え去る。
静寂が戻った。
溶けかけた氷がパキパキと鳴る音だけが響く。
「……ふん。及第点だ」
ペテンテは満足げに魔導端末を操作し、データを保存した。
「……ひぃ、死ぬかと思った……。でも、かっこよかったよ、デスディチャ!いえ、師匠!」
泥だらけになったラカスが、弱々しく親指を立てる。
デスディチャは、まだ熱が残る自分の手を見つめた。
誰かを守るために、この熱を使えた。その実感が、彼女の冷え切っていた心に、初めて「自分の居場所」という温もりを灯した気がした。
「……まだ終わらんぞ。最下層への道は開かれた。……行くぞ、道具共」
ペテンテはそう言いながらも、足元が不安定なデスディチャのために、杖を地面について魔法で足場を固めてやっていた。
- 1.#1熱砂の咆哮
- 2.#2無機質(前編)
- 3.#2無機質(後編)
- 4.#3遺跡(前編)
- 5.#3遺跡(中編)
- 6.#3遺跡(後編)
- 7.#4冰の中の「お姫様」(前編)
- 8.#4冰の中の「お姫様」(後編)
- 9.#5水色の嘘(前編)
- 10.#5水色の嘘(中編)
- 11.#5水色の嘘(後編)
- 12.#6凍てつく事実
- 13.#7毒の滴り(前編)
- 14.#7毒の滴り(中編)
- 15.#7毒の滴り(後編)
- 16.#8崩壊の聖域
- 17.#9再会
- 18.#10再起の咆哮(前編)
- 19.#10再起の咆哮(中編)
- 20.#10再起の咆哮(後編)
- 21.#11不完全生命体(前編)
- 22.#11不完全生命体(中編)
- 23.#11不完全生命体(後編)
- 24.#12血眼
- 25.#13道化師と強欲
- 26.#14冰の劣等生(前編)
- 27.#14冰の劣等生(中編)
- 28.#14冰の劣等生(後編)
- 29.#15強欲の残滓
- 30.エピローグ