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不幸の温度

#6

#3遺跡(後編)

「ガァッ……!」

 低く、地鳴りのような唸り声。
 暗闇の中から躍り出た三体のアイス・ウルフは、体長二メートルを超える巨体だった。全身が鋭利な氷の結晶で覆われ、その瞳には凍てつくような殺意が宿っている。

「ひいぃっ、出たぁ! デ、デスディチャ、お願いします! 僕を食べちゃう前に何とかしてくださいぃっ」

 ラカスが腰を抜かし、背負ったバックパックを盾にするように震える。
 一方、ペテンテは腕組みをしたまま、一歩も動かない。

「……計測開始だ。デスディチャ、まずは前方の一体に集中しろ。熱を一点に集めるイメージだ。……お前のその不快な熱が、どれほど効率的に『氷』を『蒸発』させられるか見せてみろ」

「……わかった。やってみる……!」

 デスディチャが一歩前へ踏み出す。
 ドクン、と心臓が跳ねる。血管を流れる血液が、沸騰したお湯のように熱くなるのを感じた。
 黒い瞳が、鮮やかな紅色へと染まっていく。

「あつい……っ……あぁぁぁぁぁ!」

 彼女が叫ぶとともに、周囲の空気が激しく歪んだ。
 50℃、60℃、70℃――。
 彼女の体温が急上昇し、足元の永久凍土がジュウウウと音を立てて溶け始める。

 一際大きなアイス・ウルフが、彼女の喉笛を目掛けて飛びかかった。
 しかし、デスディチャが横に薙ぐように振った小さな手。そこから放たれたのは、魔法ですらない、ただの「暴力的な熱気」だった。

「――っ!?」

 触れることすら叶わない。
 デスディチャの熱を浴びた冰狼は、空中でその氷の体を維持できなくなり、一瞬で水蒸気へと爆散した。

「すごい……一撃で……!」

 ラカスが歓喜の声を上げた、その時だった。

「……あ、あれ? 熱い!? デスディチャ、熱いよ! 足元が!」

 歓喜は悲鳴に変わった。
 デスディチャが熱を上げすぎたせいで、周囲の氷の床が激しく融解し、滝のような泥水となって流れ出していたのだ。さらに、溶けた氷が水蒸気となり、視界を真っ白に覆い尽くす。

「うわあああ! 足場が崩れる! 助けて、ペテンテ!」

 ラカスが滑落しそうになり、岩壁にしがみつく。
 デスディチャは、自分の手が赤く光っているのを見て、恐怖に顔を歪めた。

「だめ……止まらない! ラカスまで、溶かしちゃう……!」

 力を出せば、周りを傷つける。
 親に言われ続けてきた言葉が、呪いのように彼女の足を縛る。戦意が揺らぎ、魔素が暴走を始めたその時、耳元で冷徹な声が響いた。

「馬鹿者が。思考を止めるな」

 いつの間にか背後に立ったペテンテが、デスディチャの肩をガシリと掴んだ。手袋越しにも伝わる彼の冷気が、彼女の焦燥をわずかに鎮める。

「いいか、デスディチャ。お前の熱は呪いではない。『物理現象』だ。……拡散させるな。熱を内側に閉じ込め、一気に放出する。……お前が自分の熱に飲まれてどうする。主は、お前だ」

「……わたしが、主……」

「そうだ。……ラカス、喚くな。お前のそのうるさい声が計算の邪魔だ。……さあ、デスディチャ。最後の一体だ。熱を『刃』に変えてみろ」

 デスディチャは深呼吸をした。
 冷たい地下の空気を、熱い肺に取り込む。
 ペテンテの手に導かれるように、暴れていた熱を掌の一点に凝縮させる。

 最後のアイス・ウルフが、霧の中から音もなく忍び寄る。
 デスディチャは目を開けた。紅い瞳が、獲物を正確に捉える。

「……消えて」

 放たれた熱は、もはや陽炎ではなく、一本の真っ赤なレーザーのような「熱線」となって氷の魔物を貫いた。
 断末魔すら上げず、魔物は虚空へと消え去る。

 静寂が戻った。
 溶けかけた氷がパキパキと鳴る音だけが響く。

「……ふん。及第点だ」

 ペテンテは満足げに魔導端末を操作し、データを保存した。

「……ひぃ、死ぬかと思った……。でも、かっこよかったよ、デスディチャ!いえ、師匠!」

 泥だらけになったラカスが、弱々しく親指を立てる。
 デスディチャは、まだ熱が残る自分の手を見つめた。
 誰かを守るために、この熱を使えた。その実感が、彼女の冷え切っていた心に、初めて「自分の居場所」という温もりを灯した気がした。

「……まだ終わらんぞ。最下層への道は開かれた。……行くぞ、道具共」

 ペテンテはそう言いながらも、足元が不安定なデスディチャのために、杖を地面について魔法で足場を固めてやっていた。

作者メッセージ

どのシーンが好きか、是非コメントで教えてくださいね👀
(それ以外にも感想を送っていただけると嬉しいです、!)

2026/02/11 09:25

♗◈夢見鳥◈♗
ID:≫ 65guhuu.CMb9.
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