三人が足を踏み入れた『静寂の廃坑』の入り口は、ただの洞窟ではなかった。
無骨な岩肌が続くトンネルの先に、魔法で灯された小さな詰め所がある。中には、分厚い魔導防護服を着た、恰幅の良い中年男性が退屈そうに座っていた。
「……おう、ペテンテ先生。毎度あり」
男性はペテンテを見るなり、けだるそうに手を挙げた。
「ああ、所定の契約書と、今回の被験体の情報を」
ペテンテは慣れた手つきで、デスディチャのプロフィールが記載された魔導端末を受付に差し出した。
「被験体? じゃなくて、僕らは冒険者じゃないんですか!?」
ラカスが慌てて詰め寄る。
「うるさい。私にとって冒険者など、ただの肉体労働者兼データ収集機だ。……おい、デスディチャ。お前が今回の『パーティーリーダー』扱いになっている。サインをしろ」
ペテンテがデスディチャにペンを渡す。
デスディチャは生まれて初めて見る「契約」というものに戸惑いながらも、言われるがままに震える手でDesdichaを書き入れた。
「デスディチャ、ね。ふうん。……先生、この子の体温データ、ちょっと異常すぎないかい? 計測器が壊れているのかと思ったよ。50℃って……」
受付の男性がデスディチャをまじまじと見つめる。
デスディチャは居心地悪そうに身をすくめた。
「欠陥品を最適化するのが私の仕事だ。余計な詮索は無用。……それより、今日の魔物の活性度は?」
「あいよ。午後から冷え込みがきつくなったせいで、下層のアイス・ウルフがいつもより凶暴だってさ。気をつけてな、リーダーさん」
受付男性はニヤリと笑い、デスディチャに魔石で作られた小さな認識票を手渡した。
――パーティーリーダー。
虐待され、「化け物」と呼ばれてきた自分が、見知らぬ人から役割を与えられる。その事実に、デスディチャの胸は不思議な熱を帯びた。
「さっさと行くぞ。お前たちの感傷に付き合う趣味はない」
ペテンテが先導し、三人は受付を通り過ぎて、さらに奥へと続く螺旋階段を下りていく。
階段を下りるにつれ、気温は急激に低下していった。
地下深くから吹き上がってくる冷気は、地上の吹雪とは比較にならない。肌が引き裂かれるような、鋭利な冷たさだ。
「さむっ! さむい! 痛いよもう!」
ラカスが悲鳴を上げる。
しかし、デスディチャは今度は不思議と平気だった。
ペテンテがくれた青い薬が効いているのか、内側の熱と外側の冷気が拮抗し、初めて「ニュートラル」な状態を保てていた。
「すごい……痛くない」
「当たり前だ。私の薬の精度を疑うな」
ペテンテは得意げに鼻を鳴らす。
「……デスディチャ。最下層にある『冷却石』まで到達するのが目的だ。道中の魔物は、お前の『出力』を試すのにちょうどいい。お前の熱は、氷属性の魔物にとって致命的な弱点になる」
「わたしの、熱が……役に立つの?」
今まで呪いでしかなかった力が、初めて「武器」として肯定された瞬間だった。
デスディチャの黒い瞳が、期待に揺れる。
「使えなければ、ここに連れてきた意味がない。……来い、最初の獲物だ」
ペテンテが足元を照らした先。
氷の結晶でできた狼が三匹、真っ青な牙を剥き出しにして、三人に襲いかかろうとしていた。
無骨な岩肌が続くトンネルの先に、魔法で灯された小さな詰め所がある。中には、分厚い魔導防護服を着た、恰幅の良い中年男性が退屈そうに座っていた。
「……おう、ペテンテ先生。毎度あり」
男性はペテンテを見るなり、けだるそうに手を挙げた。
「ああ、所定の契約書と、今回の被験体の情報を」
ペテンテは慣れた手つきで、デスディチャのプロフィールが記載された魔導端末を受付に差し出した。
「被験体? じゃなくて、僕らは冒険者じゃないんですか!?」
ラカスが慌てて詰め寄る。
「うるさい。私にとって冒険者など、ただの肉体労働者兼データ収集機だ。……おい、デスディチャ。お前が今回の『パーティーリーダー』扱いになっている。サインをしろ」
ペテンテがデスディチャにペンを渡す。
デスディチャは生まれて初めて見る「契約」というものに戸惑いながらも、言われるがままに震える手でDesdichaを書き入れた。
「デスディチャ、ね。ふうん。……先生、この子の体温データ、ちょっと異常すぎないかい? 計測器が壊れているのかと思ったよ。50℃って……」
受付の男性がデスディチャをまじまじと見つめる。
デスディチャは居心地悪そうに身をすくめた。
「欠陥品を最適化するのが私の仕事だ。余計な詮索は無用。……それより、今日の魔物の活性度は?」
「あいよ。午後から冷え込みがきつくなったせいで、下層のアイス・ウルフがいつもより凶暴だってさ。気をつけてな、リーダーさん」
受付男性はニヤリと笑い、デスディチャに魔石で作られた小さな認識票を手渡した。
――パーティーリーダー。
虐待され、「化け物」と呼ばれてきた自分が、見知らぬ人から役割を与えられる。その事実に、デスディチャの胸は不思議な熱を帯びた。
「さっさと行くぞ。お前たちの感傷に付き合う趣味はない」
ペテンテが先導し、三人は受付を通り過ぎて、さらに奥へと続く螺旋階段を下りていく。
階段を下りるにつれ、気温は急激に低下していった。
地下深くから吹き上がってくる冷気は、地上の吹雪とは比較にならない。肌が引き裂かれるような、鋭利な冷たさだ。
「さむっ! さむい! 痛いよもう!」
ラカスが悲鳴を上げる。
しかし、デスディチャは今度は不思議と平気だった。
ペテンテがくれた青い薬が効いているのか、内側の熱と外側の冷気が拮抗し、初めて「ニュートラル」な状態を保てていた。
「すごい……痛くない」
「当たり前だ。私の薬の精度を疑うな」
ペテンテは得意げに鼻を鳴らす。
「……デスディチャ。最下層にある『冷却石』まで到達するのが目的だ。道中の魔物は、お前の『出力』を試すのにちょうどいい。お前の熱は、氷属性の魔物にとって致命的な弱点になる」
「わたしの、熱が……役に立つの?」
今まで呪いでしかなかった力が、初めて「武器」として肯定された瞬間だった。
デスディチャの黒い瞳が、期待に揺れる。
「使えなければ、ここに連れてきた意味がない。……来い、最初の獲物だ」
ペテンテが足元を照らした先。
氷の結晶でできた狼が三匹、真っ青な牙を剥き出しにして、三人に襲いかかろうとしていた。
- 1.#1熱砂の咆哮
- 2.#2無機質(前編)
- 3.#2無機質(後編)
- 4.#3遺跡(前編)
- 5.#3遺跡(中編)
- 6.#3遺跡(後編)
- 7.#4冰の中の「お姫様」(前編)
- 8.#4冰の中の「お姫様」(後編)
- 9.#5水色の嘘(前編)
- 10.#5水色の嘘(中編)
- 11.#5水色の嘘(後編)
- 12.#6凍てつく事実
- 13.#7毒の滴り(前編)
- 14.#7毒の滴り(中編)
- 15.#7毒の滴り(後編)
- 16.#8崩壊の聖域
- 17.#9再会
- 18.#10再起の咆哮(前編)
- 19.#10再起の咆哮(中編)
- 20.#10再起の咆哮(後編)
- 21.#11不完全生命体(前編)
- 22.#11不完全生命体(中編)
- 23.#11不完全生命体(後編)
- 24.#12血眼
- 25.#13道化師と強欲
- 26.#14冰の劣等生(前編)
- 27.#14冰の劣等生(中編)
- 28.#14冰の劣等生(後編)
- 29.#15強欲の残滓
- 30.エピローグ