「おい、変態エルフ! また新しい女の子を連れてきたって本当かよ!?」
静寂を破る声とともに、研究所の重厚な扉が開いた。
飛び込んできたのは、診察台の上の人物と同じくらいの年齢に見える、茶髪の少年だった。その表情には必死さと、そして隠しきれない「恐怖」が張り付いている。
「……また邪魔が入ったか」
ペテンテは作業していた手を止めず、心底疎ましそうに吐き捨てた。
「誰が邪魔だ! お前が無理やり僕をここに住まわせてるんだろ! それよりその子……っ、おい、大丈夫か!? 何かひどい実験をされてるんじゃ……」
少年――ラカスは、診察台の上の人物を見るなり、目を見開いて駆け寄ろうとした。
しかし、診察台の人物は反射的に身を引く。
「こ、来ないで……!」
「えっ? あ、ごめん。怖がらせるつもりじゃなくて……」
ラカスが足を止め、戸惑ったように手を泳がせる。
診察台の人物は震える手で、自分の首筋を隠した。自身が発する熱を知っているため、普通の人間である彼が不用意に触れれば、ただでは済まない。
「……触っちゃ、だめ。火傷するから」
「火傷? ああ、もしかして……君も、こいつに何か薬を盛られたのか!?」
ラカスはペテンテを指さして叫んだ。
ペテンテは眼鏡を指先で押し上げ、冷ややかにラカスを一瞥する。
「ラカス。お前の理解を超えているだろうが、彼女の熱は私の薬のせいではない。先天的な魔素異常だ。……それから、私の研究所を『監禁部屋』のように呼ぶのはやめろ。私は彼女を『保護した』と言ったはずだ」
「保護した!? やっぱり最低だなお前は!」
ラカスは顔を真っ赤にして食ってかかる。
ペテンテは長身であり、ラカスは平均的な少年の体格だ。見上げるような体格差があり、しかも相手は世界屈指の魔導師。ラカスの膝は小刻みに震えている。それでも彼は、診察台の人物を守るように、彼女とペテンテの間に割って入った。
診察台の人物はその背中を、呆然と見つめていた。
自分を「保護した」と言い切るペテンテ。
そして、怖がっているくせに自分を庇おうとする、名も知らぬ少年。
「……ねえ、あなたは?」
「あ、えっと……僕はラカス。……人間だよ。君と同じ、こいつに連れてこられたっていうか、捕まったっていうか……とにかく、このエルフの被害者仲間だ」
ラカスは震える声で笑ってみせた。
その笑顔は、診察台の人物が今まで受けてきた記憶の中にあった、歪んだ大人の表情とは正反対の、ひどく頼りなくて、温かいものだった。
「ラカス……」
「お喋りはそこまでだ。ラカス、お前にはやるべき仕事があったはずだが? 倉庫の整理が終わるまで夕食は抜きだと言ったはずだぞ」
ペテンテの冷徹な声が響く。ラカスは短い悲鳴を上げて飛び上がった。
「わ、わかってるよ! 行けばいいんだろ、行けば! ……待ってて、君の名前、後で教えてね!」
ラカスは騒がしく、嵐のように去っていった。
再び静かになった研究所で、診察台の人物はぽつりと呟いた。
「……面白い、人」
「ただの馬鹿だ。……さて、検診を続けるぞ。次はお前の魔力が、感情の起伏でどう変動するかを記録する」
ペテンテは再び無機質な表情に戻り、彼女の腕に電極のような魔道具を取り付け始める。
けれど、診察台の人物の胸の中には、さきほどのラカスの必死な背中の感触が、ジェルの冷たさとは違う「微かな灯」のように残り続けていた。
静寂を破る声とともに、研究所の重厚な扉が開いた。
飛び込んできたのは、診察台の上の人物と同じくらいの年齢に見える、茶髪の少年だった。その表情には必死さと、そして隠しきれない「恐怖」が張り付いている。
「……また邪魔が入ったか」
ペテンテは作業していた手を止めず、心底疎ましそうに吐き捨てた。
「誰が邪魔だ! お前が無理やり僕をここに住まわせてるんだろ! それよりその子……っ、おい、大丈夫か!? 何かひどい実験をされてるんじゃ……」
少年――ラカスは、診察台の上の人物を見るなり、目を見開いて駆け寄ろうとした。
しかし、診察台の人物は反射的に身を引く。
「こ、来ないで……!」
「えっ? あ、ごめん。怖がらせるつもりじゃなくて……」
ラカスが足を止め、戸惑ったように手を泳がせる。
診察台の人物は震える手で、自分の首筋を隠した。自身が発する熱を知っているため、普通の人間である彼が不用意に触れれば、ただでは済まない。
「……触っちゃ、だめ。火傷するから」
「火傷? ああ、もしかして……君も、こいつに何か薬を盛られたのか!?」
ラカスはペテンテを指さして叫んだ。
ペテンテは眼鏡を指先で押し上げ、冷ややかにラカスを一瞥する。
「ラカス。お前の理解を超えているだろうが、彼女の熱は私の薬のせいではない。先天的な魔素異常だ。……それから、私の研究所を『監禁部屋』のように呼ぶのはやめろ。私は彼女を『保護した』と言ったはずだ」
「保護した!? やっぱり最低だなお前は!」
ラカスは顔を真っ赤にして食ってかかる。
ペテンテは長身であり、ラカスは平均的な少年の体格だ。見上げるような体格差があり、しかも相手は世界屈指の魔導師。ラカスの膝は小刻みに震えている。それでも彼は、診察台の人物を守るように、彼女とペテンテの間に割って入った。
診察台の人物はその背中を、呆然と見つめていた。
自分を「保護した」と言い切るペテンテ。
そして、怖がっているくせに自分を庇おうとする、名も知らぬ少年。
「……ねえ、あなたは?」
「あ、えっと……僕はラカス。……人間だよ。君と同じ、こいつに連れてこられたっていうか、捕まったっていうか……とにかく、このエルフの被害者仲間だ」
ラカスは震える声で笑ってみせた。
その笑顔は、診察台の人物が今まで受けてきた記憶の中にあった、歪んだ大人の表情とは正反対の、ひどく頼りなくて、温かいものだった。
「ラカス……」
「お喋りはそこまでだ。ラカス、お前にはやるべき仕事があったはずだが? 倉庫の整理が終わるまで夕食は抜きだと言ったはずだぞ」
ペテンテの冷徹な声が響く。ラカスは短い悲鳴を上げて飛び上がった。
「わ、わかってるよ! 行けばいいんだろ、行けば! ……待ってて、君の名前、後で教えてね!」
ラカスは騒がしく、嵐のように去っていった。
再び静かになった研究所で、診察台の人物はぽつりと呟いた。
「……面白い、人」
「ただの馬鹿だ。……さて、検診を続けるぞ。次はお前の魔力が、感情の起伏でどう変動するかを記録する」
ペテンテは再び無機質な表情に戻り、彼女の腕に電極のような魔道具を取り付け始める。
けれど、診察台の人物の胸の中には、さきほどのラカスの必死な背中の感触が、ジェルの冷たさとは違う「微かな灯」のように残り続けていた。