ペテンテの研究所は、彼自身の性格を映したかのように無機質で、冷徹な場所だった。
壁一面に並ぶ複雑な魔導書、青白く発光するフラスコ、そして聞いたこともない音を立てる精密機械が、重々しい低音を響かせている。
デスディチャは、用意された硬い診察台の上に腰を下ろし、落ち着かない様子で周囲を見回していた。
地下室の冷たい床とは違う、磨き上げられた金属の質感。それがかえって、自分が「人間」ではなく「観察対象」になったのだという実感を強くさせる。
「……あ、あの。ここは?」
「私の聖域だ。お前のような不安定な熱源に汚されるのは不愉快だが、背に腹は代えられん」
ペテンテは白衣の袖をまくり上げ、銀色の注射器を手に取った。
彼はデスディチャの細い腕を掴む。その瞬間、デスディチャはびくりと肩を揺らした。
「……動くな。お前の熱など、私の術式を展開したこの手袋越しには無意味だ」
彼は迷いなく針を刺した。
デスディチャは痛みに唇を噛む。しかし、それ以上に彼女を驚かせたのは、ペテンテがモニターに映し出された彼女の血液データを見て、吐き捨てるように放った言葉だった。
「血液中の魔素濃度が、理論値の三倍を超えている。お前、家ではどんな粗悪な薬を飲まされていた? 計算が合わん。これでは数日以内に内側から焼き切れて死んでいたぞ。……全く、無知な連中が希少なサンプルを台無しにしおって」
「……死んでたの?」
デスディチャが震える声で問うと、ペテンテは眼鏡の奥の瞳を鋭く光らせ、彼女を真っ向から見据えた。
「ああ。お前の両親、あるいは飼い主共は、お前を『生かそう』とはしていなかった。ただ、爆発しないように最低限の処理をしていただけだ。……救われて良かったなどと思うなよ。私がお前を拾ったのは、お前のその『異常な魔素』を、私の科学理論の証明に使うためだ」
突き放すような言い方。けれど、デスディチャには分かっていた。
親の目は、いつも自分を「壊れた道具」として、忌々しそうに見ていた。
でも、この男の目は違う。彼は「未知の可能性」を見つめる、冷徹だが真摯な学者の目をしている。
「……助けて、くれたの?」
「勘違いするな。死体からはデータが取れないと言っただろう。私は効率の悪いことが嫌いなだけだ」
彼はそう言いながらも、別の装置から取り出した、翡翠色に輝く特殊なジェルを手に取った。
そして、デスディチャの火照った首筋に、ゆっくりと塗り始める。
「ひっ……」
「騒ぐな。外部冷却用の術式を組み込んだ軟膏だ。お前の体温が50℃を超えれば、脳が煮えて使い物にならなくなるからな」
ひんやりとした、氷のような感覚が広がっていく。
デスディチャは思わず「ふぅ……」と小さく吐息をもらした。
生まれてからずっと、自分の体は内側から燃え盛る暖炉のようだった。それが、この男の手によって、初めて静まり返っていく。
「……冷たくて、気持ちいい」
「…………ふん。その程度のことで喜ぶな。お前の体質は欠陥品だ。私がこの手で『最適化』してやるまでは、勝手に壊れることは許さん」
ペテンテはプイと顔を背け、忙しなく次の作業に取り掛かる。
キーボードを叩く音だけが響く室内。
デスディチャは、自分の首筋に残るジェルの感触と、ペテンテの指が触れた場所の余韻を感じていた。
彼は「道具」だと言う。でも、その道具をメンテナンスする手つきは、驚くほど丁寧だった。
「ねえ、ペテンテ……さま」
「様をつけろと言った覚えはない。……いや、さっき言ったか。だが、やはりその間の抜けた声で呼ばれると調子が狂う。好きに呼べ」
不機嫌そうに、けれど拒絶はせずに彼は答える。
デスディチャが、もう少し何かを問いかけようとした、その時だった。
研究所の防壁魔法を無理やりこじ開けるような、騒がしい振動が扉の向こうから伝わってきた。
[太字]「おい、変態エルフ! また新しい女の子を拉致してきたって本当かよ!?」[/太字]
荒々しく扉が開き、一人の少年が飛び込んできた。
壁一面に並ぶ複雑な魔導書、青白く発光するフラスコ、そして聞いたこともない音を立てる精密機械が、重々しい低音を響かせている。
デスディチャは、用意された硬い診察台の上に腰を下ろし、落ち着かない様子で周囲を見回していた。
地下室の冷たい床とは違う、磨き上げられた金属の質感。それがかえって、自分が「人間」ではなく「観察対象」になったのだという実感を強くさせる。
「……あ、あの。ここは?」
「私の聖域だ。お前のような不安定な熱源に汚されるのは不愉快だが、背に腹は代えられん」
ペテンテは白衣の袖をまくり上げ、銀色の注射器を手に取った。
彼はデスディチャの細い腕を掴む。その瞬間、デスディチャはびくりと肩を揺らした。
「……動くな。お前の熱など、私の術式を展開したこの手袋越しには無意味だ」
彼は迷いなく針を刺した。
デスディチャは痛みに唇を噛む。しかし、それ以上に彼女を驚かせたのは、ペテンテがモニターに映し出された彼女の血液データを見て、吐き捨てるように放った言葉だった。
「血液中の魔素濃度が、理論値の三倍を超えている。お前、家ではどんな粗悪な薬を飲まされていた? 計算が合わん。これでは数日以内に内側から焼き切れて死んでいたぞ。……全く、無知な連中が希少なサンプルを台無しにしおって」
「……死んでたの?」
デスディチャが震える声で問うと、ペテンテは眼鏡の奥の瞳を鋭く光らせ、彼女を真っ向から見据えた。
「ああ。お前の両親、あるいは飼い主共は、お前を『生かそう』とはしていなかった。ただ、爆発しないように最低限の処理をしていただけだ。……救われて良かったなどと思うなよ。私がお前を拾ったのは、お前のその『異常な魔素』を、私の科学理論の証明に使うためだ」
突き放すような言い方。けれど、デスディチャには分かっていた。
親の目は、いつも自分を「壊れた道具」として、忌々しそうに見ていた。
でも、この男の目は違う。彼は「未知の可能性」を見つめる、冷徹だが真摯な学者の目をしている。
「……助けて、くれたの?」
「勘違いするな。死体からはデータが取れないと言っただろう。私は効率の悪いことが嫌いなだけだ」
彼はそう言いながらも、別の装置から取り出した、翡翠色に輝く特殊なジェルを手に取った。
そして、デスディチャの火照った首筋に、ゆっくりと塗り始める。
「ひっ……」
「騒ぐな。外部冷却用の術式を組み込んだ軟膏だ。お前の体温が50℃を超えれば、脳が煮えて使い物にならなくなるからな」
ひんやりとした、氷のような感覚が広がっていく。
デスディチャは思わず「ふぅ……」と小さく吐息をもらした。
生まれてからずっと、自分の体は内側から燃え盛る暖炉のようだった。それが、この男の手によって、初めて静まり返っていく。
「……冷たくて、気持ちいい」
「…………ふん。その程度のことで喜ぶな。お前の体質は欠陥品だ。私がこの手で『最適化』してやるまでは、勝手に壊れることは許さん」
ペテンテはプイと顔を背け、忙しなく次の作業に取り掛かる。
キーボードを叩く音だけが響く室内。
デスディチャは、自分の首筋に残るジェルの感触と、ペテンテの指が触れた場所の余韻を感じていた。
彼は「道具」だと言う。でも、その道具をメンテナンスする手つきは、驚くほど丁寧だった。
「ねえ、ペテンテ……さま」
「様をつけろと言った覚えはない。……いや、さっき言ったか。だが、やはりその間の抜けた声で呼ばれると調子が狂う。好きに呼べ」
不機嫌そうに、けれど拒絶はせずに彼は答える。
デスディチャが、もう少し何かを問いかけようとした、その時だった。
研究所の防壁魔法を無理やりこじ開けるような、騒がしい振動が扉の向こうから伝わってきた。
[太字]「おい、変態エルフ! また新しい女の子を拉致してきたって本当かよ!?」[/太字]
荒々しく扉が開き、一人の少年が飛び込んできた。