深い闇の中から、フィニティを引き戻したのは、聞き慣れた生意気な声だった。
[太字]「おねえちゃん、おっきして! もういっかいやろ! ちぇす!」[/太字]
重い瞼を開けると、そこには心配そうに、けれど期待に満ちた瞳で自分を覗き込むフェリスの顔があった。
フィニティは自分の体を確認する。魔力は枯渇し、かつてのような威圧感は微塵もない。ただの、少し綺麗なだけのエルフの女に成り下がっていた。
「……あ? お前……無事だったのかよ……。アタシが、せっかく力を全部使って……」
「えへへ、お姉ちゃんのおかげだよ! ほら、駒並べたよ。早くやろー!」
フェリスはフィニティの問いを軽く流し、いつものようにチェス盤を指差した。
フィニティは「チッ、人の苦労も知らねえで」と毒づきながらも、フラつく体で盤の前に座る。
これが最後だと、本能が告げていた。
フィニティが力を使い果たしてフェリスを救ったことで、フェリスの魂は「完遂」してしまったのだ。この世に留まる理由が、もうすぐ消えようとしていた。
「いいぜ……。一局、打ってやるよ。今度こそ、泣かしてやるからな」
対局が始まった。
フィニティの指し手は、今までとは違っていた。心理戦も、イカサマも、相手を屈服させるための悪意もない。
ただ、フェリスの指し手一つ一つを、愛おしむように受け止める。
(ああ……味はしねえのに、なんでこんなに……心が、動くんだよ)
そして。
ガタ、と乾いた音がした。
「……チェックメイト」
フィニティの黒いクイーンが、フェリスのキングを捉えた。
何百回、何千回と負け続けてきた彼女が、初めて掴み取った「一勝」。
「……見たかよ。アタシの、勝ちだ」
フィニティは勝ち誇った。けれど、その声は震えていた。
フェリスの体が、朝日に溶ける霧のように、足元からゆっくりと透き通っていく。
「……あはは。やっぱり、お姉ちゃんが本気を出すと、勝てないや」
フェリスは、盤を挟んでフィニティの手の上に、自分の手を重ねた。
すり抜けるはずの指先。でも、その瞬間。
フィニティの舌の上に、かつてない強烈な「あめぇ」衝撃が走った。
「っ……!?」
それは、信者から奪ってきたどの記憶よりも濃厚で、温かくて、胸が張り裂けそうなほど純粋な「愛」。
フェリスがフィニティに抱いていた、感謝と、大好きだという気持ち。
「おねえちゃん、いままでありがとう。……わたし、もういかなきゃ」
「待てよ……! 待てって言ってんだろ!敗者遁走すんじゃねえよ……まだポニーも……っ、何もさせてねえだろ!」
「ううん。お姉ちゃん、もう、ポニーよりずっとかっこいい『お姉ちゃん』だよ」
フェリスの姿が、光の粒子になって弾けた。
静寂が、神殿を支配する。
目の前には、あの子が操っていた白い駒だけが、寂しそうに残されていた。
フィニティは立ち上がり、開け放たれた窓から下界を見下ろした。
聖騎士も、信者も、もう誰もいない。ただ、広い世界が広がっている。
「……はぁ、そういうことか。……チッ」
彼女は短く毒づき、乱暴に袖で目元を拭った。
瞳は濡れていたが、その顔には、もう偽りの教祖の面影はない。
「アタシ、もう宗教やめるわ。……あーあ、最悪な味だった。……一生、忘れられねえくらい、『あめぇ』じゃねえか」
フィニティは、ボロボロになったチェス盤を脇に抱え、神殿の階段を一歩ずつ降りていった。
「─────フィニティ、、、その名は、[太字][漢字]**有限**[/漢字][ふりがな]フィニティ[/ふりがな][/太字]、か」
フッと呟くその声は、誰にも聞こえない。
その足は、確実に、でも揺れながら。
フェリスが愛した、あの汚くて、騒がしくて、愛おしい世界へ。
【完】
[太字]「おねえちゃん、おっきして! もういっかいやろ! ちぇす!」[/太字]
重い瞼を開けると、そこには心配そうに、けれど期待に満ちた瞳で自分を覗き込むフェリスの顔があった。
フィニティは自分の体を確認する。魔力は枯渇し、かつてのような威圧感は微塵もない。ただの、少し綺麗なだけのエルフの女に成り下がっていた。
「……あ? お前……無事だったのかよ……。アタシが、せっかく力を全部使って……」
「えへへ、お姉ちゃんのおかげだよ! ほら、駒並べたよ。早くやろー!」
フェリスはフィニティの問いを軽く流し、いつものようにチェス盤を指差した。
フィニティは「チッ、人の苦労も知らねえで」と毒づきながらも、フラつく体で盤の前に座る。
これが最後だと、本能が告げていた。
フィニティが力を使い果たしてフェリスを救ったことで、フェリスの魂は「完遂」してしまったのだ。この世に留まる理由が、もうすぐ消えようとしていた。
「いいぜ……。一局、打ってやるよ。今度こそ、泣かしてやるからな」
対局が始まった。
フィニティの指し手は、今までとは違っていた。心理戦も、イカサマも、相手を屈服させるための悪意もない。
ただ、フェリスの指し手一つ一つを、愛おしむように受け止める。
(ああ……味はしねえのに、なんでこんなに……心が、動くんだよ)
そして。
ガタ、と乾いた音がした。
「……チェックメイト」
フィニティの黒いクイーンが、フェリスのキングを捉えた。
何百回、何千回と負け続けてきた彼女が、初めて掴み取った「一勝」。
「……見たかよ。アタシの、勝ちだ」
フィニティは勝ち誇った。けれど、その声は震えていた。
フェリスの体が、朝日に溶ける霧のように、足元からゆっくりと透き通っていく。
「……あはは。やっぱり、お姉ちゃんが本気を出すと、勝てないや」
フェリスは、盤を挟んでフィニティの手の上に、自分の手を重ねた。
すり抜けるはずの指先。でも、その瞬間。
フィニティの舌の上に、かつてない強烈な「あめぇ」衝撃が走った。
「っ……!?」
それは、信者から奪ってきたどの記憶よりも濃厚で、温かくて、胸が張り裂けそうなほど純粋な「愛」。
フェリスがフィニティに抱いていた、感謝と、大好きだという気持ち。
「おねえちゃん、いままでありがとう。……わたし、もういかなきゃ」
「待てよ……! 待てって言ってんだろ!敗者遁走すんじゃねえよ……まだポニーも……っ、何もさせてねえだろ!」
「ううん。お姉ちゃん、もう、ポニーよりずっとかっこいい『お姉ちゃん』だよ」
フェリスの姿が、光の粒子になって弾けた。
静寂が、神殿を支配する。
目の前には、あの子が操っていた白い駒だけが、寂しそうに残されていた。
フィニティは立ち上がり、開け放たれた窓から下界を見下ろした。
聖騎士も、信者も、もう誰もいない。ただ、広い世界が広がっている。
「……はぁ、そういうことか。……チッ」
彼女は短く毒づき、乱暴に袖で目元を拭った。
瞳は濡れていたが、その顔には、もう偽りの教祖の面影はない。
「アタシ、もう宗教やめるわ。……あーあ、最悪な味だった。……一生、忘れられねえくらい、『あめぇ』じゃねえか」
フィニティは、ボロボロになったチェス盤を脇に抱え、神殿の階段を一歩ずつ降りていった。
「─────フィニティ、、、その名は、[太字][漢字]**有限**[/漢字][ふりがな]フィニティ[/ふりがな][/太字]、か」
フッと呟くその声は、誰にも聞こえない。
その足は、確実に、でも揺れながら。
フェリスが愛した、あの汚くて、騒がしくて、愛おしい世界へ。
【完】