神殿の回廊を、エルフの教祖が這いつくばって進む。その背中には、楽しげに足をバタつかせる小さな幽霊。
もしこの光景を信者たちが見れば、あまりの衝撃に信仰心が霧散しただろう。
「……おい、ガキ。少しは手加減しろよ。アタシの腰が悲鳴を上げ始めてるんだが?」
「おねえちゃん、がんばれー! ほら、あっちに綺麗なお花があるよ!」
「はいはい、お馬さんはあっちですね……チッ。ったく、誰がこんなあめぇ日常を望んだっつーの」
フィニティは悪態をつきながらも、背中の「重み」を意識していた。
実体はない。物理的な質量などゼロのはずだ。
だが、フェリスを背負うふりをしている間、フィニティの心にある「巨大な空洞」は、かつてないほど穏やかに凪いでいた。
その時。
神殿の重厚な扉が、無遠慮な音を立てて開いた。
[太字]「教祖様! 緊急の事態でございます!!」[/太字]
飛び込んできたのは、血相を変えた若き司祭だった。
フィニティは一瞬で表情を凍りつかせ、フェリスを背中から降ろすと(といってもすり抜けるだけだが)、鋭い目つきで男を睨みつけた。
一瞬で「聖母の仮面」がその顔に張り付く。
「……何事ですか。静寂を乱すことは、神への冒涜ですよ」
「も、申し訳ございません! しかし、地上より聖騎士団が……! この神殿で行われている『魂の癒やし』に、邪悪な術が使われているとの疑いをかけております!」
フィニティの眉がピクリと動いた。
邪悪。結構なことじゃないか。
人々の記憶を食らい、心を空っぽにして支配する。その事実に気づく者が現れたというわけだ。
「……フン、面倒くせえ。……あー、コホン。分かりました。私自らが対応しましょう。あなたは下がっていなさい」
司祭が去ると、フィニティはすぐさま表情を崩し、吐き捨てるように言った。
「ケッ、どいつもこいつも嗅ぎ回りやがって。アタシの食卓を邪魔する奴は、どこのどいつだ?」
「おねえちゃん……? お外、こわい人たちが来てるの?」
フェリスが不安げにフィニティの服の袖を掴もうとする。指先はやはりすり抜けてしまうが、その仕草だけでフィニティの胸がズキリと痛んだ。
(……あー、もう。この感覚、ホント嫌いなんだよ)
自分一人なら、神殿を焼き払って逃げるのは容易い。
だが、この「無味の主食」――フェリスはどうなる?
彼女はこの神殿、天界に最も近いこの場所だからこそ、消えずに存在できているのかもしれない。
下界へ降りれば、そのか細い魂は一瞬で風に溶けてしまうだろう。
「おい、ガキ。……フェリス」
初めて、その名を呼んだ。
「お前は、アタシの部屋の隅に隠れてろ。絶対に、誰の前にも姿を見せるんじゃねえぞ。……アタシが、このしょっぺぇ現実を全部片付けてくるからな」
フィニティは、一度も振り返らずに回廊を歩き出した。
その瞳に、かつての冷酷な光とは違う、「守るべきものを持った者」の烈火が宿っていることには、まだ自分でも気づいていなかった。
もしこの光景を信者たちが見れば、あまりの衝撃に信仰心が霧散しただろう。
「……おい、ガキ。少しは手加減しろよ。アタシの腰が悲鳴を上げ始めてるんだが?」
「おねえちゃん、がんばれー! ほら、あっちに綺麗なお花があるよ!」
「はいはい、お馬さんはあっちですね……チッ。ったく、誰がこんなあめぇ日常を望んだっつーの」
フィニティは悪態をつきながらも、背中の「重み」を意識していた。
実体はない。物理的な質量などゼロのはずだ。
だが、フェリスを背負うふりをしている間、フィニティの心にある「巨大な空洞」は、かつてないほど穏やかに凪いでいた。
その時。
神殿の重厚な扉が、無遠慮な音を立てて開いた。
[太字]「教祖様! 緊急の事態でございます!!」[/太字]
飛び込んできたのは、血相を変えた若き司祭だった。
フィニティは一瞬で表情を凍りつかせ、フェリスを背中から降ろすと(といってもすり抜けるだけだが)、鋭い目つきで男を睨みつけた。
一瞬で「聖母の仮面」がその顔に張り付く。
「……何事ですか。静寂を乱すことは、神への冒涜ですよ」
「も、申し訳ございません! しかし、地上より聖騎士団が……! この神殿で行われている『魂の癒やし』に、邪悪な術が使われているとの疑いをかけております!」
フィニティの眉がピクリと動いた。
邪悪。結構なことじゃないか。
人々の記憶を食らい、心を空っぽにして支配する。その事実に気づく者が現れたというわけだ。
「……フン、面倒くせえ。……あー、コホン。分かりました。私自らが対応しましょう。あなたは下がっていなさい」
司祭が去ると、フィニティはすぐさま表情を崩し、吐き捨てるように言った。
「ケッ、どいつもこいつも嗅ぎ回りやがって。アタシの食卓を邪魔する奴は、どこのどいつだ?」
「おねえちゃん……? お外、こわい人たちが来てるの?」
フェリスが不安げにフィニティの服の袖を掴もうとする。指先はやはりすり抜けてしまうが、その仕草だけでフィニティの胸がズキリと痛んだ。
(……あー、もう。この感覚、ホント嫌いなんだよ)
自分一人なら、神殿を焼き払って逃げるのは容易い。
だが、この「無味の主食」――フェリスはどうなる?
彼女はこの神殿、天界に最も近いこの場所だからこそ、消えずに存在できているのかもしれない。
下界へ降りれば、そのか細い魂は一瞬で風に溶けてしまうだろう。
「おい、ガキ。……フェリス」
初めて、その名を呼んだ。
「お前は、アタシの部屋の隅に隠れてろ。絶対に、誰の前にも姿を見せるんじゃねえぞ。……アタシが、このしょっぺぇ現実を全部片付けてくるからな」
フィニティは、一度も振り返らずに回廊を歩き出した。
その瞳に、かつての冷酷な光とは違う、「守るべきものを持った者」の烈火が宿っていることには、まだ自分でも気づいていなかった。