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全てを失った男の物語

《2025年12月24日》

多恵子「これとか良くない?」
龍一「まぁ…。これもいいんじゃない?」

妻、多恵子のクリスマスプレゼントを買いに来た。
龍一にはわからないものだらけなので、正直何を提案すればいいかわからない。

???「次の定例会議はいつですか?」

龍一「?」

聞き覚えのある声がした。

多恵子「ねぇ聞いてる?」
龍一「…ごめん、ちょっと。」

その男には見覚えがあった。
10年前に全てを失ったはずの男だった。

しかしずいぶんと身なりは良く、ベンツに乗っているのだから、一瞬、人違いとも思った。

[水平線]
《2015年11月8日》

逢田「3000万でいいんだ、頼むよ…!!」
真山「あの…9月に支援した5000万はどうされました?」

逢田「それなんだが…予想外の事態が発生してしまって、その代金に使ってしまったんだ…」
真山「えっ?だって、あれは6か月は賄えるって言ってたじゃないですか」

逢田「あっ、うん…。見込みが甘かった…」
真山「他行からは?」

逢田「4行に頼んだんだが、全部断られた…」
真山「簡単にはいきませんよ…?」

逢田「もうお宅しかいないんだ…!! なんとかしてくれないと、ウチは不渡りだ…」
真山「…わかりました。いったん持ち帰って検討します」

真山は足取り重く銀行に帰った。

真山「どうすりゃいいんだよ…」

真山が逢田電気を担当したのは2年前だった。
新人の真山が初めて担当した取引先である。社内を社長の義彦から案内されたとき、従業員は皆元気で礼儀正しく、風通しも良い印象を受けた。

[水平線]
義彦「娘の梨子だ」
梨子「はじめまして、いつも父がお世話になっております」

真山「真山です、よろしくお願いします」
義彦「今から夕飯だから、食べていってくれ」

夕飯をごちそうになった。

義彦「妻が早くに亡くなってね、家のことは全部任せっきりだよ。」

梨子とはそれ以来仲良くさせてもらい、よく2人でプライベートで出かけることもあった。

[水平線]
《大宮支店》

速水「これは貸す貸さないより、債権回収に踏み切るべきだと思うよ」
宮津「同感です」

真山「しかし逢田電気は当行との付き合いも長く、それなりの技術力だってあります。今は様子を見るべきかと…。」
速水「あのな、真山。」

速水「技術力があるのなら、こんな業績は悪くなるわけがない。」
宮津「おっしゃる通りです」

宮津は速水の腰巾着だ。

速水「我々は金を貸すか貸さないかだ。今はまだ担保が良い状態なんだから、うちが損失を被ることはない。」

[水平線]
逢田「……。」

逢田「御行とは長い付き合いだが、ここに来てウチに潰れろと言うのか」
真山「…支店長を動かす、何か新しい材料はないですか?例えば新規事業の計画とか…」

逢田「そんなものは出し尽くしたよ」
真山「じゃあ、担保は?」

逢田「あるわけない…!! わかってるだろ」
真山「資産はもちろん、自宅も担保に入ってる。もっとも地価は下がり続けてるから、担保とは言えないけどな…」

その時、真山はあることを思った。

真山「1年前よりも地価が下がってる…」
逢田「それがどうしたんだ」

真山「今不渡りを出せば、うちは間違いなく2億円の損失を被る…!! 支店長はそれだけは避けたいはずです!」
逢田「なるほど確かにな…。あの支店長ならそう考えるな、保身しか頭にないから。」

真山「?」

逢田は立ち上がり、

逢田「実はこうなった要因の1つが、5年前に行った設備投資なんだ…!! 5億円もの大金を支払ったのに、受注はぜんぜん上がってこない。」

逢田「あのとき支店長はなんて言ったか知ってるか?」
真山「いえ…」

逢田「運転資金は我々が保証するって言ったよ」
真山「えっ?」

[水平線]
《5年前》

速水「ここは最新の設備を導入するべきじゃないでしょうか?」
逢田「いやぁ…5億円なんて、荷が重すぎる…」

速水「逢田電気さんの技術力があれば、受注が増えるのは間違いないです。すぐに返済できます」
逢田「ですがこんな金利負担は…」

速水「社長、我々もプロですから、社長の経営手腕を見て提案させていただいております。それに運転資金は、こちらで保証しますから」

[水平線]
逢田「それで5億払ったよ。払ったはいいものの、毎月の返済が重くのしかかる…」
真山「そのとき何か、覚書とか交わしました?」

逢田「交わしてない…。今思えば、録音とかしておくべきだった…」
真山「……。」 

真山「ですがそのことを支店長にぶつける価値はあると思います。」

《大宮支店》

速水「運転資金の融資の保証?…私にそんなこと言ったかな?」
宮津「いいえ言ってませんね」

真山「逢田社長は、5億円もの大金ですから最初は二の足を踏んだけど、支店長が保証するからと決心したと言っていました」
速水「そんなものは妄想だよ。」

真山「妄想?」
宮津「業績悪化を銀行のせいにしたいだけだよ。業績の悪い経営者がよく言うよ。」

速水「さっさと債権回収を…」
真山「待ってください」

真山「支店長、今不渡りを出せば、うちは間違いなく損失を出します。」
速水「…どういうことだ?」

真山はファイルを開けた。

真山「これを見てください。担保として入れた土地の地価がこの1年で下がっています。このまま回収すれば、うちは2億円の損失です」

速水はじっと真山を見上げた。


逢田「どうだった?」
真山「なんとか支店長の了承を得て、稟議を書いています。」

逢田「そうか、良かった。それで支店長は何て言ってた?」
真山「運転資金の保証は、言ってないと…」

逢田「宮津課長は?」
真山「言ってないと…」

逢田の目が鋭くなっていく。

《数日後》

前原「よく支店長はGOしたな」
真山「あれは逢田電気のためより、自分の保証のためだよ。今不渡りを出したらうちは2億の損失を出すからな。」

前原「あの人、近いうちに本部へ栄転するって噂があるから、今キャリアに傷をつけなくないよな」
真山「だな。」

宮津「真山、支店長がお呼びだ。」
真山「今行きます」


速水「先ほど本部から伝達が来て、逢田電気への融資は見送りになった。」
真山「そんな…」

宮津「行くぞ真山」
真山「えっと…?」

宮津「逢田電気へ行くぞ、急げ」

《逢田電気》

宮津「先日よりご相談いただいている融資の件ですが、先ほど本部から伝達がありまして、見送りとの結論が出ました。」
逢田「……そうですか。ではもう、どうしようもできないということですね」

宮津「そうなりますねぇ…」

逢田「…私は今まで会社を経営してきて、失敗したと思ったことがあります。」

逢田「出口を用意してなかったことです。」
真山「出口?」

逢田「この会社を畳もうと思ったことは何度かある。だが資産の全てを売り尽くしてもなお借金の半分も消えない。だからやめるにやめられない。まるで出口のない迷路をさまよってるようだ。」

逢田「経営者は、必ず出口を用意するべきだ。今さらそれに気づくなんて…。その意味で私は、ダメな経営者だ。」
真山「逢田さん…まだ諦めないでくださいよ。これまでだって、逢田電気を25年も発展させてきたじゃないですか」

逢田「ありがとな。」

宮津「それより、これからの資金繰りについて相談させてください」
逢田「…そうだな。すまないな課長」

逢田「銀行に期待していた分、それがなくなったからまだなんとも言えないんだ…。すまない、いったん持ち帰って検討するよ」

2人は逢田電気を後にした。

《大宮支店》

真山のもとへ電話がかかってきた。

真山「もしもし」
梨子「今、銀行の前にいるんです。」

外に出た。

真山「梨子さん」
梨子「…あの、本当に逢田電気は潰れるんですか?」

真山「いや…まだ決まったわけじゃ…」
梨子「助けてください…!! 父も従業員も、みんな必死で尽くしているんですよ。お願いします…!!」

真山「梨子さん…」

真山は何も言えなかった。何も知らない従業員たち、梨子だって将来があるのだ。

会社なんて、こんな簡単に潰れるのか。
ただただ無力感にさいなまれる。

《翌日》

宮津「おい真山!逢田電気行くぞ!」
真山「えっ?あっ、はい!」

タクシーで逢田電気へ向かうと、

真山「あっ…!!」

逢田電気の建物が燃えている。火災だ。

真山「逢田さん!」
逢田「あぁ…」

逢田「泣きっ面に蜂とは、まさにこのことだ。」

真山「皆さんご無事で良かったですね」
逢田「まぁな。だけど建物の半分と、納品予定の商品が全部燃えたよ。」

逢田は歩き出した。

真山「逢田さん…!!」

逢田が立ち止まって振り返る。
ゆっくりと。不気味に表情を作り、彼の顔は笑っていたように見えた。

《大宮支店》

宮津「被害額はいくらぐらいだ?」
真山「代金未払いの商品が燃えてしまったため、被害額は4億円にも及びます。」


速水「債権回収に踏み切ってくれ」
宮津「わかりました」

真山「しかし不渡りもまだ出ていないので…」
速水「そんなものを待っていたら取れるものも取れなくなるだろうが!」

[水平線]
《2025年12月24日》

真山「まぁ結局、あの一件で支店長は出世コースから外されて、関連会社へ出向したよ」
多恵子「そりゃ当然よ。融資を保証するとか言っておいてシラを切るんだから」

真山「けど、逢田さんとは連絡がつかなくなって、何にもわかんないんだよ。自己破産したから一文無しにはなったはずなんだけど…。」
多恵子「うーん…宝くじでも当たったんじゃない?w」

真山「フッ…w だといいけどw」

[水平線]
インターネットで「逢田義彦」と検索してみた。

出てきたのは、「京葉エレクトロ」という会社の筆頭株主となっている。京葉エレクトロは年商300億の優良企業で、逢田はその株主の9割を持っている。

真山「なんで京葉エレクトロに…」

どこかに隠していた金があったのか?その金で儲けて成功したのか?あるいは汚い金に手を染めたのか?

もう一度、逢田電気の財務表に目を通してみた。

真山「?」

気になる項目を見つけた。「コンサルティング料」というものだ。「株式会社ホライズン」という会社へ支払われ、逢田電気が倒産する3年間もの間、続いていた。

しかもこのホライズンという会社は、保険代理店であり、逢田電気とどう繋がっていたのかはわからない。

これは、犯罪の予感がしてきた。

[水平線]
逢田は高そうなスーツを身にまとい、ベンツから降りてきた。

真山「逢田さん。」
逢田「?」

真山「お久しぶりですね」
逢田「真山さん…」

ベンチに腰掛けた。

真山「逢田電気の財務表を見たら、倒産する3年前から、ホライズンという会社にコンサルティング料を支払い続けてきましたね。」
逢田「あぁ。」

真山「だけどあれは、コンサルティング料という名の、火災保険料だった。」
逢田「……。」

真山「あなたは融資を打ち切られてから、会社が倒産することを悟った。それで架空の在庫に巨額の火災保険料を支払い、会社に火をつけた。」
逢田「……。」

真山「10年前に言った言葉を覚えてますか?」

“経営者は、必ず出口を用意するべきだ。今さらそれに気づくなんて…。その意味で私は、ダメな経営者だ。”

真山「あなたはダメな経営者なんかじゃない。ちゃんと出口を用意していた。火災保険料という、非常出口を。」
逢田「……。」

真山「しかもあなたのすごいところは、自分だけ助かろうとしたわけじゃない。逢田電気の従業員を全員、関連会社に再就職させた」

逢田は口を固く閉じていた。

逢田「そうだ。だがそれだけじゃない。」
真山「えっ?」


逢田「復讐だよ。」

逢田「あの時調子の良いことを言っておいて、いざ業績が悪くなれば手のひらを返した、支店長と融資課長に復讐したんだ。」
真山「じゃあ、あなたはこうなることをわかっていたんですね!?」

逢田「そうだ。」

真山は、頭がおかしくなりそうだった。

真山「全て、あなたの計算だったんですね」
逢田「……。」

???「じいじ」

逢田「あぁ」
真山「あの子は…?」

逢田「孫だ。」

その子のもとへ、梨子がやってきた。
逢田は手を振って応えた。

真山「では私はこれで。」
逢田「えっ?」

真山「お二人が無事ならそれでいいんです。」
逢田「…!!」

これは、真山と逢田の2人だの秘密だ。

2026/01/05 20:15

上諏訪
ID:≫ 6.BBA13mnEY26
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