地下室の扉が閉じる音は、思ったよりも重かった。
地上では、すでに騒ぎになっている。
「危険思想だ」
「時間倫理違反だ」
「世界を賭けるつもりか」
監督官の声明は繰り返し放送され、研究評議会は緊急決議を可決し、街では彼女の名前が不穏な囁きと共に語られていた。
ミュトスは、そのすべてを知っている。
それでも、地下へ降りる。石段を一段、また一段。
足音だけが、確かな現在だ。装置の前に立つと、アトミスが言う。
「地上の通信、遮断した」
「ありがとう」
メイは端末から目を離さない。
「支持率、三割を切りました....」
ジニアスが苦笑する。
「英雄から一晩で危険人物ですね」
ミュトスは微笑まない。
「正しいかどうかは、今は関係ありません」
リトスが静かに問う。
「では、何が基準なのですか」
彼女は懐中時計を取り出す。
規則正しい鼓動。
「“止まっていないか”です」
未来の塔は、崩壊しかけている。
黒い環は空に広がり続けている。
それを知りながら、干渉しないこと。
それこそが、本当の放棄だ。
「干渉プロトコル、起動します」
警告灯が赤く点滅する。
《時間層への概念接続は倫理条項第七項に抵触します》
「承知の上です」
《未来改変による因果不安定化の可能性——》
「未来は、固定されていません」
彼女は装置に手を置く。
「固定されていないものに触れることは、改変ではない」
地下室の空気が張り詰める。
地上では抗議の声。
ここでは、鼓動だけ。
「全て覆す刻がきた。だから今賭けるのは運でも努力でもない、[太字]私だ[/太字]」
七。
六。
八。
不安定な揺らぎ。
ミュトスは目を閉じる。未来を救うためではない。
未来を支配するためでもない。
ただ、見捨てないために。
11:30
「接続、開始」
装置が震える。光ではない。
爆発でもない。
重なり。
視界の端に、塔の輪郭が浮かぶ。空にかかる黒い環。
崩れかけた構造体。
そして——未来の自分。
疲れた目。
それでも、立っている。
未来のミュトスが口を開く。声は届かない。
だが、意味は流れ込む。
——遅い。
——でも、間に合う。
地上の非難は遠くなる。
規則も、評議会も、数字も。
ここにあるのは二つの現在。
「私たちは、あなたたちの失敗を修正しに来たわけではない」
ミュトスは呟く。
「同等に、続けるために来ました」
未来のミュトスが、わずかに頷く。
黒い環の拡大が止まる。
消えない。
だが、広がらない。
塔の崩壊速度が鈍る。
頼むからまだ、立っていてくれ。
完全な成功ではない。
だが、停止ではない。
地下室の装置が安定値を示す。
地上では速報が流れる。
《未承認の時間接続を確認》
《責任の所在を追及》
ジニアスが息を吐く。
「これ、処分ものですよね」
アトミスが淡々と言う。
「覚悟はしていた」
メイがミュトスを見る。
「後悔は?」
彼女は懐中時計を閉じる。カチ、と音がする。
『無い』
声が重なる。地上の批判は消えない。
明日も続くだろう。
名前は議事録に刻まれ、非難は歴史に残るかもしれない。
それでも。
未来は、こちらを見ている。
崩れかけながらも、立っている。
一つでも失敗すれば、首が飛ぶだろう。だがもう、
干渉は始まった。
地上では、すでに騒ぎになっている。
「危険思想だ」
「時間倫理違反だ」
「世界を賭けるつもりか」
監督官の声明は繰り返し放送され、研究評議会は緊急決議を可決し、街では彼女の名前が不穏な囁きと共に語られていた。
ミュトスは、そのすべてを知っている。
それでも、地下へ降りる。石段を一段、また一段。
足音だけが、確かな現在だ。装置の前に立つと、アトミスが言う。
「地上の通信、遮断した」
「ありがとう」
メイは端末から目を離さない。
「支持率、三割を切りました....」
ジニアスが苦笑する。
「英雄から一晩で危険人物ですね」
ミュトスは微笑まない。
「正しいかどうかは、今は関係ありません」
リトスが静かに問う。
「では、何が基準なのですか」
彼女は懐中時計を取り出す。
規則正しい鼓動。
「“止まっていないか”です」
未来の塔は、崩壊しかけている。
黒い環は空に広がり続けている。
それを知りながら、干渉しないこと。
それこそが、本当の放棄だ。
「干渉プロトコル、起動します」
警告灯が赤く点滅する。
《時間層への概念接続は倫理条項第七項に抵触します》
「承知の上です」
《未来改変による因果不安定化の可能性——》
「未来は、固定されていません」
彼女は装置に手を置く。
「固定されていないものに触れることは、改変ではない」
地下室の空気が張り詰める。
地上では抗議の声。
ここでは、鼓動だけ。
「全て覆す刻がきた。だから今賭けるのは運でも努力でもない、[太字]私だ[/太字]」
七。
六。
八。
不安定な揺らぎ。
ミュトスは目を閉じる。未来を救うためではない。
未来を支配するためでもない。
ただ、見捨てないために。
11:30
「接続、開始」
装置が震える。光ではない。
爆発でもない。
重なり。
視界の端に、塔の輪郭が浮かぶ。空にかかる黒い環。
崩れかけた構造体。
そして——未来の自分。
疲れた目。
それでも、立っている。
未来のミュトスが口を開く。声は届かない。
だが、意味は流れ込む。
——遅い。
——でも、間に合う。
地上の非難は遠くなる。
規則も、評議会も、数字も。
ここにあるのは二つの現在。
「私たちは、あなたたちの失敗を修正しに来たわけではない」
ミュトスは呟く。
「同等に、続けるために来ました」
未来のミュトスが、わずかに頷く。
黒い環の拡大が止まる。
消えない。
だが、広がらない。
塔の崩壊速度が鈍る。
頼むからまだ、立っていてくれ。
完全な成功ではない。
だが、停止ではない。
地下室の装置が安定値を示す。
地上では速報が流れる。
《未承認の時間接続を確認》
《責任の所在を追及》
ジニアスが息を吐く。
「これ、処分ものですよね」
アトミスが淡々と言う。
「覚悟はしていた」
メイがミュトスを見る。
「後悔は?」
彼女は懐中時計を閉じる。カチ、と音がする。
『無い』
声が重なる。地上の批判は消えない。
明日も続くだろう。
名前は議事録に刻まれ、非難は歴史に残るかもしれない。
それでも。
未来は、こちらを見ている。
崩れかけながらも、立っている。
一つでも失敗すれば、首が飛ぶだろう。だがもう、
干渉は始まった。