ドームへ入ってはすぐに独奏が始まった。
蒼いドームの上空で、風がひとすじ鳴った。
その瞬間――
空気が“整列”する。
ざわめき、足音、遠くの屋台の呼び声。すべてが一拍遅れて静止した。
そして、白と青の閃光。
コンコルディア大音楽堂の屋根の縁に、ひとりの少女が立っていた。
ナポレオンジャケット風の青い軍服。金の音符ボタンが陽光を跳ね返す。幾層にも重なる白いフリルの裾には、精緻な五線譜の刺繍。縦ロールのツインテールが風に揺れ、ト音記号のヘッドドレスがきらりと光る。
メロディア・フォルトゥーナ。十五歳。
年を取らぬ、振動の申し子。
その手には、星の結晶を埋め込んだタクト。
彼女がそれを振りした。
――キィン。
超高音。フルートの澄み切った一音が、空を裂いた。
否。それはただの音ではない。
[太字]命令だ。[/太字]
「静粛」
冷たい声が、都市全体へ降りる。
駅前広場の雑踏が、ぴたりと止まる。馬車の車輪の軋みさえ消える。遠くで鳴っていた鐘の残響すら、半音ずらされ、整えられる。
音が、従う。ベータの水色の瞳が、鋭く空を射抜いた。
「……何」
アメスティは口をぱくぱくさせる。
「え、え、え!? なにあれ!? 軍隊!? かわいいのに怖い!」
屋根の上から、メロディアはゆっくりとフルートを構えた。
金の縁取りが施された銀管が、陽に輝く。タンギング。軽く、正確に、冷酷に。
タタタ――タァ。
音符が弾丸のように放たれる。
青白い光の音階が階段状に降り注ぎ、広場の空間を五線譜へと変換する。
地面に、見えない小節線。
空に、拍子記号。
「乱れた即興、過剰な感情、未完成の理想。」
彼女の声は、鋼のように硬い。
「すべて、矯正する。」
強烈なアルペジオ。
空気中の振動が再編成される。アメスティの赤い残響が、強制的に均される。ベータの水色の余韻も、微細に補正される。
完璧な平均律。完璧なテンポ。完璧な均衡。
「今年の音律祭はきついな...」
ベータの声が低く沈む。
そのとき。隣の車両から、緑の視線が上がった。
トラステ。翡翠の瞳が、屋根上の少女を捉える。
解析。精度。誤差率――ゼロに近似。
「……僕よりもいいものだとは思わないけど」
彼の内部回路が、静かに熱を帯びる。
屋根の上で、メロディアはフルートを下ろし、タクトを掲げた。
星の結晶が脈打つ。
「《コンコルディア国際音律祭》」
その名を、彼女は軽く嘲る。
「対立から調和へ? 甘い。」
ドン。
重低音のない、無音の衝撃。都市全体が、一拍“揃った”。
「調和は、支配によってのみ完成する。」
縦ロールがふわりと舞う。
冷たい蒼の瞳が、三方向を見据えた。
水色、朱色、翡翠。
「あなたたち。」
フルートが、再び唇へ。
「私の指揮で、鳴りなさい。」
鋭いハイC。
天を突き抜ける、絶対音。広場の空気が震える。
アメスティが歯を食いしばる。
「は!? 誰が従うかっての!」
ベータは静かにチェロケースを握る。
トラステは、わずかに微笑む。
緑の演算が、蒼の支配を測り始める。青×白×金の旋律が、都市を包囲する。発表は、まだ始まったばかり。完璧な指揮者か。未完成の天才たちか。
それとも、最適解か。
コンコルディアの空に、四つの色が揃う。
次の一音が、世界の主旋律を決める。
蒼いドームの上空で、風がひとすじ鳴った。
その瞬間――
空気が“整列”する。
ざわめき、足音、遠くの屋台の呼び声。すべてが一拍遅れて静止した。
そして、白と青の閃光。
コンコルディア大音楽堂の屋根の縁に、ひとりの少女が立っていた。
ナポレオンジャケット風の青い軍服。金の音符ボタンが陽光を跳ね返す。幾層にも重なる白いフリルの裾には、精緻な五線譜の刺繍。縦ロールのツインテールが風に揺れ、ト音記号のヘッドドレスがきらりと光る。
メロディア・フォルトゥーナ。十五歳。
年を取らぬ、振動の申し子。
その手には、星の結晶を埋め込んだタクト。
彼女がそれを振りした。
――キィン。
超高音。フルートの澄み切った一音が、空を裂いた。
否。それはただの音ではない。
[太字]命令だ。[/太字]
「静粛」
冷たい声が、都市全体へ降りる。
駅前広場の雑踏が、ぴたりと止まる。馬車の車輪の軋みさえ消える。遠くで鳴っていた鐘の残響すら、半音ずらされ、整えられる。
音が、従う。ベータの水色の瞳が、鋭く空を射抜いた。
「……何」
アメスティは口をぱくぱくさせる。
「え、え、え!? なにあれ!? 軍隊!? かわいいのに怖い!」
屋根の上から、メロディアはゆっくりとフルートを構えた。
金の縁取りが施された銀管が、陽に輝く。タンギング。軽く、正確に、冷酷に。
タタタ――タァ。
音符が弾丸のように放たれる。
青白い光の音階が階段状に降り注ぎ、広場の空間を五線譜へと変換する。
地面に、見えない小節線。
空に、拍子記号。
「乱れた即興、過剰な感情、未完成の理想。」
彼女の声は、鋼のように硬い。
「すべて、矯正する。」
強烈なアルペジオ。
空気中の振動が再編成される。アメスティの赤い残響が、強制的に均される。ベータの水色の余韻も、微細に補正される。
完璧な平均律。完璧なテンポ。完璧な均衡。
「今年の音律祭はきついな...」
ベータの声が低く沈む。
そのとき。隣の車両から、緑の視線が上がった。
トラステ。翡翠の瞳が、屋根上の少女を捉える。
解析。精度。誤差率――ゼロに近似。
「……僕よりもいいものだとは思わないけど」
彼の内部回路が、静かに熱を帯びる。
屋根の上で、メロディアはフルートを下ろし、タクトを掲げた。
星の結晶が脈打つ。
「《コンコルディア国際音律祭》」
その名を、彼女は軽く嘲る。
「対立から調和へ? 甘い。」
ドン。
重低音のない、無音の衝撃。都市全体が、一拍“揃った”。
「調和は、支配によってのみ完成する。」
縦ロールがふわりと舞う。
冷たい蒼の瞳が、三方向を見据えた。
水色、朱色、翡翠。
「あなたたち。」
フルートが、再び唇へ。
「私の指揮で、鳴りなさい。」
鋭いハイC。
天を突き抜ける、絶対音。広場の空気が震える。
アメスティが歯を食いしばる。
「は!? 誰が従うかっての!」
ベータは静かにチェロケースを握る。
トラステは、わずかに微笑む。
緑の演算が、蒼の支配を測り始める。青×白×金の旋律が、都市を包囲する。発表は、まだ始まったばかり。完璧な指揮者か。未完成の天才たちか。
それとも、最適解か。
コンコルディアの空に、四つの色が揃う。
次の一音が、世界の主旋律を決める。