文字サイズ変更

ー人生ー

#31

「アレス」

屋根裏に残る焦げた匂いは、まだ消えていなかった。砕けた時計の針が、かすかに震える。
——カチ。
音にならないはずの秒針が、逆に進んだ。
「……戻るのか」
空間が再び裂ける。今度は激しい衝撃ではなく、静かな圧。アレスが完全な姿で現れた。
赤でも黒でもない、乾いた鉄の色をした鎧。兜の奥にあるのは、怒りではなく、空洞だった。
「我は消えていない」
スペルは立ち上がる。血ではなく光が傷口を塞ぐ。
「でもさっき、少し揺らいだ」
アレスの背後に、過去が滲む。
焼け落ちた村。剣を握る少年。
泣き叫ぶ声の中で、ただ一人立ち尽くす小さな影。
  □□───────────────□□
「父上っ!母上っっ!」
       ガシャン
家が崩れていく。そこに見えるのは自らの母。
「ア゙ア゙あ゙あ゙あ゙ぁ゙ぁ゙っっっ!!!」
  □□───────────────□□
「……それ、お前?」
「さぁ」
アレスは答えない。
だが戦場が展開する。今度は幻影ではない。記憶だ。まだ神ではなかった頃。
ただの人間だった少年は、守れなかった。
母も、友も、故郷も。
「力が足りなかった」
低い声が響く。
「だから力を望んだ」
剣が生まれ、怒りが形を持ち、やがて“戦”という概念と結びついた。
「守るための力は、奪う力だった」
アレスの拳が振り下ろされる。
スペルは時間を圧縮し、横へ滑る。床が爆ぜる。
「それでも守ろうとしたんだろ」
「結果は同じだ」
次の瞬間、無数の刃が空間に浮かぶ。
「人は争う。奪う。壊す」
刃が降る。
スペルは観測領域を拡張し、可能性の軌道をずらす。だが全ては逸らせない。肩を裂かれる。
だが、目は逸らさない。
「……じゃあさ」
一歩、踏み込む。
「お前は今も守ってるのか」
拳と拳が衝突する。刃物が胸に突き刺さるように、コンパスの刃が軌道を逸らすように。
音が空間を縫い止める。アレスの動きが一瞬止まる。
「我は役割だ」
「違う」
スペルはアレスの胸倉を掴む。
「お前は“守れなかった少年”だ」
兜の奥が揺らぐ。背後の戦場が、不安定に波打つ。
「怒りを選んだのは理解できる」
「でも、それを続けるのは選択だ」
アレスの刃が、スペルの腹を貫く。
貫通し、光が散る。
「終わらぬ争いを否定するか」
「否定しない」
血ではなく、星屑が零れる。
「でも、肯定もしない」
スペルは刀を握る。炎がスペルの周りへと舞い上がる。それでも離さない。
「戦争が消えないなら」
「私は、そこに立つ」
「戦わない側として」
【[漢字]彗埒煌並[/漢字][ふりがな]アストラノヴァ[/ふりがな]】
アレスの瞳の奥で、少年の姿がはっきりする。
剣を握る手が震えている。
守りたかっただけの子供。
「……我は」
初めて、声が揺れる。
背後の炎が弱まる。
刃が、砂のように崩れ落ちる。
「人が望めば、我は立つ」
スペルは手を離す。
「でも望まない時間もある」
屋根裏の空気が戻る。
焦土は消え、壊れた柱だけが残る。
アレスの輪郭が薄れていく。
「お前は弱い」
「強いよ」
「だが」
わずかな間。
[太字]「羨ましいよ」[/太字]
その言葉を残し、戦の神は霧散した。
静寂。
弦音が震える声で弦を弾く。
「終わった....?」
「一旦ね」
スペルは崩れた時計を拾う。
折れた針を、そっとはめ直す。

作者メッセージ

参加版出したのでこのキャラクター出して欲しいなーって思ったらcordaのほうでコメントください!

2026/02/25 20:24

徒花
ID:≫ 5.NCXqW.yLBqg
コメント

この小説につけられたタグ

創作長期ファンタジー天文

通報フォーム

お名前
(任意)
Mailアドレス
(任意)

※入力した場合は確認メールが自動返信されます
違反の種類 ※必須 ※ご自分の小説の削除依頼はできません。
違反内容、削除を依頼したい理由など※必須

盗作されたと思われる作品のタイトル

どういった部分が元作品と類似しているかを具体的に記入して下さい。

※できるだけ具体的に記入してください。

《記入例》
・3ページ目の『~~』という箇所に、禁止されているグロ描写が含まれていました
・「〇〇」という作品の盗作と思われます。登場人物の名前を変えているだけで●●というストーリーや××という設定が同じ
…等

備考欄
※伝言などありましたらこちらへ記入
メールフォーム規約」に同意して送信しますか?※必須
タイトル
URL

この小説の著作権は徒花さんに帰属します

TOP