屋根裏に残る焦げた匂いは、まだ消えていなかった。砕けた時計の針が、かすかに震える。
——カチ。
音にならないはずの秒針が、逆に進んだ。
「……戻るのか」
空間が再び裂ける。今度は激しい衝撃ではなく、静かな圧。アレスが完全な姿で現れた。
赤でも黒でもない、乾いた鉄の色をした鎧。兜の奥にあるのは、怒りではなく、空洞だった。
「我は消えていない」
スペルは立ち上がる。血ではなく光が傷口を塞ぐ。
「でもさっき、少し揺らいだ」
アレスの背後に、過去が滲む。
焼け落ちた村。剣を握る少年。
泣き叫ぶ声の中で、ただ一人立ち尽くす小さな影。
□□───────────────□□
「父上っ!母上っっ!」
ガシャン
家が崩れていく。そこに見えるのは自らの母。
「ア゙ア゙あ゙あ゙あ゙ぁ゙ぁ゙っっっ!!!」
□□───────────────□□
「……それ、お前?」
「さぁ」
アレスは答えない。
だが戦場が展開する。今度は幻影ではない。記憶だ。まだ神ではなかった頃。
ただの人間だった少年は、守れなかった。
母も、友も、故郷も。
「力が足りなかった」
低い声が響く。
「だから力を望んだ」
剣が生まれ、怒りが形を持ち、やがて“戦”という概念と結びついた。
「守るための力は、奪う力だった」
アレスの拳が振り下ろされる。
スペルは時間を圧縮し、横へ滑る。床が爆ぜる。
「それでも守ろうとしたんだろ」
「結果は同じだ」
次の瞬間、無数の刃が空間に浮かぶ。
「人は争う。奪う。壊す」
刃が降る。
スペルは観測領域を拡張し、可能性の軌道をずらす。だが全ては逸らせない。肩を裂かれる。
だが、目は逸らさない。
「……じゃあさ」
一歩、踏み込む。
「お前は今も守ってるのか」
拳と拳が衝突する。刃物が胸に突き刺さるように、コンパスの刃が軌道を逸らすように。
音が空間を縫い止める。アレスの動きが一瞬止まる。
「我は役割だ」
「違う」
スペルはアレスの胸倉を掴む。
「お前は“守れなかった少年”だ」
兜の奥が揺らぐ。背後の戦場が、不安定に波打つ。
「怒りを選んだのは理解できる」
「でも、それを続けるのは選択だ」
アレスの刃が、スペルの腹を貫く。
貫通し、光が散る。
「終わらぬ争いを否定するか」
「否定しない」
血ではなく、星屑が零れる。
「でも、肯定もしない」
スペルは刀を握る。炎がスペルの周りへと舞い上がる。それでも離さない。
「戦争が消えないなら」
「私は、そこに立つ」
「戦わない側として」
【[漢字]彗埒煌並[/漢字][ふりがな]アストラノヴァ[/ふりがな]】
アレスの瞳の奥で、少年の姿がはっきりする。
剣を握る手が震えている。
守りたかっただけの子供。
「……我は」
初めて、声が揺れる。
背後の炎が弱まる。
刃が、砂のように崩れ落ちる。
「人が望めば、我は立つ」
スペルは手を離す。
「でも望まない時間もある」
屋根裏の空気が戻る。
焦土は消え、壊れた柱だけが残る。
アレスの輪郭が薄れていく。
「お前は弱い」
「強いよ」
「だが」
わずかな間。
[太字]「羨ましいよ」[/太字]
その言葉を残し、戦の神は霧散した。
静寂。
弦音が震える声で弦を弾く。
「終わった....?」
「一旦ね」
スペルは崩れた時計を拾う。
折れた針を、そっとはめ直す。
——カチ。
音にならないはずの秒針が、逆に進んだ。
「……戻るのか」
空間が再び裂ける。今度は激しい衝撃ではなく、静かな圧。アレスが完全な姿で現れた。
赤でも黒でもない、乾いた鉄の色をした鎧。兜の奥にあるのは、怒りではなく、空洞だった。
「我は消えていない」
スペルは立ち上がる。血ではなく光が傷口を塞ぐ。
「でもさっき、少し揺らいだ」
アレスの背後に、過去が滲む。
焼け落ちた村。剣を握る少年。
泣き叫ぶ声の中で、ただ一人立ち尽くす小さな影。
□□───────────────□□
「父上っ!母上っっ!」
ガシャン
家が崩れていく。そこに見えるのは自らの母。
「ア゙ア゙あ゙あ゙あ゙ぁ゙ぁ゙っっっ!!!」
□□───────────────□□
「……それ、お前?」
「さぁ」
アレスは答えない。
だが戦場が展開する。今度は幻影ではない。記憶だ。まだ神ではなかった頃。
ただの人間だった少年は、守れなかった。
母も、友も、故郷も。
「力が足りなかった」
低い声が響く。
「だから力を望んだ」
剣が生まれ、怒りが形を持ち、やがて“戦”という概念と結びついた。
「守るための力は、奪う力だった」
アレスの拳が振り下ろされる。
スペルは時間を圧縮し、横へ滑る。床が爆ぜる。
「それでも守ろうとしたんだろ」
「結果は同じだ」
次の瞬間、無数の刃が空間に浮かぶ。
「人は争う。奪う。壊す」
刃が降る。
スペルは観測領域を拡張し、可能性の軌道をずらす。だが全ては逸らせない。肩を裂かれる。
だが、目は逸らさない。
「……じゃあさ」
一歩、踏み込む。
「お前は今も守ってるのか」
拳と拳が衝突する。刃物が胸に突き刺さるように、コンパスの刃が軌道を逸らすように。
音が空間を縫い止める。アレスの動きが一瞬止まる。
「我は役割だ」
「違う」
スペルはアレスの胸倉を掴む。
「お前は“守れなかった少年”だ」
兜の奥が揺らぐ。背後の戦場が、不安定に波打つ。
「怒りを選んだのは理解できる」
「でも、それを続けるのは選択だ」
アレスの刃が、スペルの腹を貫く。
貫通し、光が散る。
「終わらぬ争いを否定するか」
「否定しない」
血ではなく、星屑が零れる。
「でも、肯定もしない」
スペルは刀を握る。炎がスペルの周りへと舞い上がる。それでも離さない。
「戦争が消えないなら」
「私は、そこに立つ」
「戦わない側として」
【[漢字]彗埒煌並[/漢字][ふりがな]アストラノヴァ[/ふりがな]】
アレスの瞳の奥で、少年の姿がはっきりする。
剣を握る手が震えている。
守りたかっただけの子供。
「……我は」
初めて、声が揺れる。
背後の炎が弱まる。
刃が、砂のように崩れ落ちる。
「人が望めば、我は立つ」
スペルは手を離す。
「でも望まない時間もある」
屋根裏の空気が戻る。
焦土は消え、壊れた柱だけが残る。
アレスの輪郭が薄れていく。
「お前は弱い」
「強いよ」
「だが」
わずかな間。
[太字]「羨ましいよ」[/太字]
その言葉を残し、戦の神は霧散した。
静寂。
弦音が震える声で弦を弾く。
「終わった....?」
「一旦ね」
スペルは崩れた時計を拾う。
折れた針を、そっとはめ直す。
- 1.「人生」
- 2.「奇跡の星」
- 3.「夏紀」
- 4.「とある隣人は」
- 5.「立場」
- 6.徒花の行方
- 7.「幼女は」
- 8.「笑顔」
- 9.「軸柊奏」
- 10.徒花の行方
- 11.「居場所」
- 12.「弦の音」
- 13.「答え」
- 14.「日常編」
- 15.「悩むものか」
- 16.「歪み」
- 17.「信頼」
- 18.「余命」
- 19.「時歌」
- 20.「日常編」
- 21.「神として」
- 22.「忘却列車」
- 23.「微熱」
- 24.「クリスマス」
- 25.「プレゼント」
- 26.「鳴っている」
- 27.「バレンタイン」
- 28.「日常」
- 29.「誰」
- 30.「戦場」
- 31.「アレス」
- 32.「日常編」
- 33.「破会議壊」
- 34.「徒花の行方」
- 35.「戦の予兆」
- 36.「日常編」