塔の観測室には、重たい沈黙が――
あるはずだった。
「で? つまり俺たち、座標バレしたってことですよね?」
ジニアスが焼きたてのパンを片手に言ったせいで、緊張感は見事に崩壊していた。
「パンを持ち込むなと言っているだろう」
アトミスが眉間を押さえる。
「だって徹夜ですよ? 脳は糖分を求めるんです。科学的に」
「その科学的根拠を今すぐ示せ」
「えーっと……体感?」
リトスが慌てて間に入る。
「い、今はそれどころではなくてですね……! 向こうから塔の座標が示されたということは、つまり……つまり……」
「襲来?」
ジニアス。
「侵食?」
リトス。
「干渉だ」
アトミス。
三者三様の物騒な単語が並び、室内の空気が一瞬だけ冷える。
だが。
「でもさぁ」
ジニアスが星図をくるりと回した。
「本当に攻撃する気なら、もう何か起きてません? 塔が逆さまになるとか。重力が横向きになるとか」
「嫌な想像をするな!」
リトスが半泣きで計器を抱きしめる。
アトミスは腕を組み、低く唸った。
「確かに……即時的な破壊行動はない。むしろ、あの素数列は理性的だった」
「ですよね? めちゃくちゃ礼儀正しい宇宙人かもしれませんよ。“こんにちは、そちらの文明レベルを確認しています”みたいな」
「勝手に文明レベルを測られるのは癪だな」
「じゃあ測り返しましょうよ!」
ジニアスの目が輝く。
「どうやってだ」
「こっちも素数だけじゃなくて、円周率とか黄金比とか送るんです。あと詩とか」
「最後のは不要だ」
「いやでも、“我思う、ゆえに我あり”とか送ったらウケません?」
「ウケを狙うな!」
リトスが机を叩いたが、手が痛かったらしくすぐに押さえる。
「で、でも……ミュトスさんは、どう考えているのでしょうか……」
その名が出た瞬間、三人はぴたりと止まる。
沈黙。
「……たぶん」
アトミスが重々しく言う。
「我々より冷静に、整理している」
「ですよねぇ」
ジニアスはパンを飲み込み、急に背筋を伸ばした。
「じゃあ俺たち、今めちゃくちゃ騒がしいだけでは?」
「その通りだ」
リトスが小声で追撃する。
そのとき。
カチ、カチ、と計器が小さく鳴った。
三人の視線が一斉に向く。
境界座標、微弱変動。
「……動いた?」
ジニアス。
「ま、またですか……?」
リトス。
アトミスは静かに望遠鏡へ歩み寄る。
覗く。
数秒。
「……」
「ど、どうですか!?」
「……」
「アトミスさん黙らないでくださいよ!」
ゆっくりと、彼は顔を上げた。
「光が一瞬、三回点滅した」
三人、固まる。
「三回?」
「三回だ」
沈黙。
ジニアスが恐る恐る言う。
「……昨日、俺たち三人で観測してましたよね」
リトスの顔が青くなる。
「ま、まさか……人数カウント……?」
アトミスは真顔で言った。
「……出席確認かもしれん」
数秒後。
「やめてくださいよぉぉぉ!」
リトスの悲鳴が塔に響いた。
ジニアスは腹を抱えて笑う。
「やばい、宇宙規模の点呼!」
アトミスはこめかみを押さえながらも、わずかに口元を緩めた。
「……いずれにせよだ」
「はい?」
「次に三回光ったら、返すぞ」
「何をです?」
アトミスは淡々と言った。
「四回だ」
「なんでですか!?」
「こちらの方が一人多い」
「ミュトスさん入れるんですね!?」
塔の緊張は、奇妙な方向にほぐれていった。宇宙の彼方で何かがこちらを観測している。それでも。塔の中では、パンくずが落ち、誰かが慌て、誰かが理屈をこねている。
沈黙の向こうに知性があったとしても――
とりあえず今日は、点呼からである。
あるはずだった。
「で? つまり俺たち、座標バレしたってことですよね?」
ジニアスが焼きたてのパンを片手に言ったせいで、緊張感は見事に崩壊していた。
「パンを持ち込むなと言っているだろう」
アトミスが眉間を押さえる。
「だって徹夜ですよ? 脳は糖分を求めるんです。科学的に」
「その科学的根拠を今すぐ示せ」
「えーっと……体感?」
リトスが慌てて間に入る。
「い、今はそれどころではなくてですね……! 向こうから塔の座標が示されたということは、つまり……つまり……」
「襲来?」
ジニアス。
「侵食?」
リトス。
「干渉だ」
アトミス。
三者三様の物騒な単語が並び、室内の空気が一瞬だけ冷える。
だが。
「でもさぁ」
ジニアスが星図をくるりと回した。
「本当に攻撃する気なら、もう何か起きてません? 塔が逆さまになるとか。重力が横向きになるとか」
「嫌な想像をするな!」
リトスが半泣きで計器を抱きしめる。
アトミスは腕を組み、低く唸った。
「確かに……即時的な破壊行動はない。むしろ、あの素数列は理性的だった」
「ですよね? めちゃくちゃ礼儀正しい宇宙人かもしれませんよ。“こんにちは、そちらの文明レベルを確認しています”みたいな」
「勝手に文明レベルを測られるのは癪だな」
「じゃあ測り返しましょうよ!」
ジニアスの目が輝く。
「どうやってだ」
「こっちも素数だけじゃなくて、円周率とか黄金比とか送るんです。あと詩とか」
「最後のは不要だ」
「いやでも、“我思う、ゆえに我あり”とか送ったらウケません?」
「ウケを狙うな!」
リトスが机を叩いたが、手が痛かったらしくすぐに押さえる。
「で、でも……ミュトスさんは、どう考えているのでしょうか……」
その名が出た瞬間、三人はぴたりと止まる。
沈黙。
「……たぶん」
アトミスが重々しく言う。
「我々より冷静に、整理している」
「ですよねぇ」
ジニアスはパンを飲み込み、急に背筋を伸ばした。
「じゃあ俺たち、今めちゃくちゃ騒がしいだけでは?」
「その通りだ」
リトスが小声で追撃する。
そのとき。
カチ、カチ、と計器が小さく鳴った。
三人の視線が一斉に向く。
境界座標、微弱変動。
「……動いた?」
ジニアス。
「ま、またですか……?」
リトス。
アトミスは静かに望遠鏡へ歩み寄る。
覗く。
数秒。
「……」
「ど、どうですか!?」
「……」
「アトミスさん黙らないでくださいよ!」
ゆっくりと、彼は顔を上げた。
「光が一瞬、三回点滅した」
三人、固まる。
「三回?」
「三回だ」
沈黙。
ジニアスが恐る恐る言う。
「……昨日、俺たち三人で観測してましたよね」
リトスの顔が青くなる。
「ま、まさか……人数カウント……?」
アトミスは真顔で言った。
「……出席確認かもしれん」
数秒後。
「やめてくださいよぉぉぉ!」
リトスの悲鳴が塔に響いた。
ジニアスは腹を抱えて笑う。
「やばい、宇宙規模の点呼!」
アトミスはこめかみを押さえながらも、わずかに口元を緩めた。
「……いずれにせよだ」
「はい?」
「次に三回光ったら、返すぞ」
「何をです?」
アトミスは淡々と言った。
「四回だ」
「なんでですか!?」
「こちらの方が一人多い」
「ミュトスさん入れるんですね!?」
塔の緊張は、奇妙な方向にほぐれていった。宇宙の彼方で何かがこちらを観測している。それでも。塔の中では、パンくずが落ち、誰かが慌て、誰かが理屈をこねている。
沈黙の向こうに知性があったとしても――
とりあえず今日は、点呼からである。