塔の最上階へ続く螺旋階段は、思ったより狭く、石の壁は長年の夜気を吸い込みひんやりとしていた。ミュトスは裾を踏まないよう慎重に一段ずつ上る。
「ここは、記録には残らない場所だ」
先を歩くアトミスが低く言う。
「星を“測る”塔ではない。“聞く”ための場所だ」
最上階に辿り着くと、そこは円形の部屋で、天井はなく、空が切り取られていた。夜風が直接流れ込み、星明かりが床に淡く落ちる。中央には、見慣れた望遠鏡とは異なる器具が据えられている。金属と石、細かな刻印。どこか儀式めいていた。
「……これで、何をするんですか?」
リトスは少しためらいながら答える。
「....星の“異変”を確認します」
「異変?」
「ええ、動かないはずのものが動いた痕跡です」
ジニアスが横から口を挟む。
「星っていつも同じ場所にあると思われてるけど、ほんの一部だけ合わない記録があるんだ」
彼は古い星図を指さす。
「昔の観測と今の観測、どうしても一致しない点がある」
ミュトスは星図に目を落とした。僅かなずれ――誤差として片付けられるほどだが、どこか意図的に感じられる。
「……意図的に、無視されていますね」
室内の空気が一瞬変わった。アトミスが息を吐く。「やはり分かるか」
「誤差にしては揃いすぎている。しかも全部――」
ミュトスは指を滑らせ、ある領域をなぞる。「この範囲だけ」
誰も否定しない。
「そこは、人類が“安全だ”と定めた境界の外だ」
父が初めて口を開く。
「そして同時に、観測をやめた場所でもある」
ミュトスは自然と空を見上げる。切り取られた夜空は、静かで美しい。いつもと同じ星々なのに。
「……静かすぎます」
母が彼女を見た。
「どういう意味?」
「星は、本来もっと騒がしいはず。動いて、燃えて、崩れて……でもあの向こうは、息を止めているみたい」
沈黙が落ちる。やがてアトミスが中央の器具に手を伸ばした。
「では、聞こう星の沈黙を」
金属が微かに鳴り、刻印が淡く光る。風が変わった。冷たさでも重さでもない、ただ空がこちらを見ている、そんな感覚。
ミュトスの喉が無意識に鳴った。怖くはない。胸の奥で何かが確かに目を覚ました。
呼ばれている。理由は分からない。ただ確信だけはある、自分はここに来るべきだった。
星はまだ語らない。しかし、その沈黙は、確かに揺れていた。
「ここは、記録には残らない場所だ」
先を歩くアトミスが低く言う。
「星を“測る”塔ではない。“聞く”ための場所だ」
最上階に辿り着くと、そこは円形の部屋で、天井はなく、空が切り取られていた。夜風が直接流れ込み、星明かりが床に淡く落ちる。中央には、見慣れた望遠鏡とは異なる器具が据えられている。金属と石、細かな刻印。どこか儀式めいていた。
「……これで、何をするんですか?」
リトスは少しためらいながら答える。
「....星の“異変”を確認します」
「異変?」
「ええ、動かないはずのものが動いた痕跡です」
ジニアスが横から口を挟む。
「星っていつも同じ場所にあると思われてるけど、ほんの一部だけ合わない記録があるんだ」
彼は古い星図を指さす。
「昔の観測と今の観測、どうしても一致しない点がある」
ミュトスは星図に目を落とした。僅かなずれ――誤差として片付けられるほどだが、どこか意図的に感じられる。
「……意図的に、無視されていますね」
室内の空気が一瞬変わった。アトミスが息を吐く。「やはり分かるか」
「誤差にしては揃いすぎている。しかも全部――」
ミュトスは指を滑らせ、ある領域をなぞる。「この範囲だけ」
誰も否定しない。
「そこは、人類が“安全だ”と定めた境界の外だ」
父が初めて口を開く。
「そして同時に、観測をやめた場所でもある」
ミュトスは自然と空を見上げる。切り取られた夜空は、静かで美しい。いつもと同じ星々なのに。
「……静かすぎます」
母が彼女を見た。
「どういう意味?」
「星は、本来もっと騒がしいはず。動いて、燃えて、崩れて……でもあの向こうは、息を止めているみたい」
沈黙が落ちる。やがてアトミスが中央の器具に手を伸ばした。
「では、聞こう星の沈黙を」
金属が微かに鳴り、刻印が淡く光る。風が変わった。冷たさでも重さでもない、ただ空がこちらを見ている、そんな感覚。
ミュトスの喉が無意識に鳴った。怖くはない。胸の奥で何かが確かに目を覚ました。
呼ばれている。理由は分からない。ただ確信だけはある、自分はここに来るべきだった。
星はまだ語らない。しかし、その沈黙は、確かに揺れていた。