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ー人生ー

#23

「微熱」

朝の軸柊奏には、音が戻ってきていた。
湯の沸く音、食器の触れ合う音、誰かの欠伸。
「おかえり」
その言葉を受け取って、スペルは家に足を踏み入れた。
床の冷たさが、やけに現実的だった。生きている家。進み続ける時間。
——選んだのだ、と実感する。
だが、その翌朝だった。いつも最初に姿を見せる夏紀が、現れない。
「……夏紀?」
返事はなく、部屋の扉の向こうから、かすかな呼吸だけが聞こえた。ベッドの上で、夏紀は丸くなっていた。頬が赤い。
体温計の電子音。
三十七度八分。
「微熱……」
「……ちょっとだけ……」
“ちょっと”と言いながら、声に力がない。
「今日は休み」
「でも……」
「休み」
それ以上、言わせなかった。布団を整え、冷たいタオルを額に乗せる。その瞬間、指先が記憶を引きずり出した。白い病室。消毒液の匂い。規則正しかった音が、突然乱れた瞬間。トキ。
上下していた小さな胸。
止められなかった呼吸。
「……違う」
思わず、声が漏れる。夏紀は生きている。
今ここで、熱を出して、眠っている。
それなのに、二つの時間が重なる。
進んでいる針と、止まった針。
——忘れなかったからだ。
忘却列車で、降りなかったから。
トキの歌も、最後の声も、胸の奥に置いたままだから。治せる。
触れれば、この微熱は消える。
それでも、スペルは手を引いた。
これは罰じゃない。
選択だ。
微熱で立ち止まる朝も、弱くなる時間も、
生きている者の人生だから。
夏紀が、眠りの中で小さく呟く。
「……ありがと……」
胸が締め付けられる。トキは、もう何も言わない。
でも、夏紀は言える。その差を抱えたまま、
スペルは椅子に腰掛け、呼吸を聞き続けた。
『おてつだいできることごあればやります』
佳世がそう言う。
時計の針は進む、微熱の朝を含くめて。

作者メッセージ

私も微熱です。((o(^∇^)o))
新連載始めます!興味のある方は見に行ってください

2026/02/08 15:53

徒花
ID:≫ 5.NCXqW.yLBqg
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創作長期ファンタジー天文

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