夜でも朝でもない時間が、境界に滞っていた。
空は暗いのに星はなく、世界全体が息を止めている。
スペル・アルオクイスは、ひとり歩いていた。
足音はしない。地面が、音を拒んでいる。
「……静かすぎる」
呟きは、すぐに溶けた。
ここでは言葉すら長く留まれない。
境界の空気は薄い。
呼吸はできるのに、吸った感覚が曖昧で、吐いた息が自分のものか分からなくなる。
神であるはずの感覚が、どこか鈍っていた。
視界の端に、壊れた時計が浮かんでいる。
針は止まり、文字盤だけが妙に鮮明だ。
「……また、止まってる」
胸の奥が、きしりと鳴った。
最近、こういうものが増えた。
止まった針。途切れた音。最後まで鳴らなかった歌。
思い出そうとしなくても、浮かんでくる。
白い病室。小さな手。震える声。
「……トキ」
名前を呼んだだけで、世界の静けさが深まった。
忘れられない。その事実が、重い。
風が吹いた。
正確には、風が吹いたことになった。
音も匂いもないのに、背中だけが押される。
視線の先に、一本の線が現れる。
レールだ。
「……やっぱり、来るよね」
知っていた。
忘却列車の前触れは、いつもこれだ。
レールの脇に立つと、金属の冷たさが伝わる。
それだけで、少し安心してしまう自分が嫌だった。
忘れれば、楽になる。
神としては、正しい選択だ。
「……でも」
スペルは、線の先を見つめる。
忘れたら、自分は何になる?
神に戻るだけのはずなのに、それが怖い。
遠くで、何かが近づく気配がした。
音ではない。存在の圧。
足は動かない。
逃げられるのに、逃げない。
「……少しだけ、考えさせて」
誰にともなく呟いた瞬間、
まだ見えないはずの扉の音が、確かに胸の奥で鳴った。
それは、もう戻れない前触れだった。
空は暗いのに星はなく、世界全体が息を止めている。
スペル・アルオクイスは、ひとり歩いていた。
足音はしない。地面が、音を拒んでいる。
「……静かすぎる」
呟きは、すぐに溶けた。
ここでは言葉すら長く留まれない。
境界の空気は薄い。
呼吸はできるのに、吸った感覚が曖昧で、吐いた息が自分のものか分からなくなる。
神であるはずの感覚が、どこか鈍っていた。
視界の端に、壊れた時計が浮かんでいる。
針は止まり、文字盤だけが妙に鮮明だ。
「……また、止まってる」
胸の奥が、きしりと鳴った。
最近、こういうものが増えた。
止まった針。途切れた音。最後まで鳴らなかった歌。
思い出そうとしなくても、浮かんでくる。
白い病室。小さな手。震える声。
「……トキ」
名前を呼んだだけで、世界の静けさが深まった。
忘れられない。その事実が、重い。
風が吹いた。
正確には、風が吹いたことになった。
音も匂いもないのに、背中だけが押される。
視線の先に、一本の線が現れる。
レールだ。
「……やっぱり、来るよね」
知っていた。
忘却列車の前触れは、いつもこれだ。
レールの脇に立つと、金属の冷たさが伝わる。
それだけで、少し安心してしまう自分が嫌だった。
忘れれば、楽になる。
神としては、正しい選択だ。
「……でも」
スペルは、線の先を見つめる。
忘れたら、自分は何になる?
神に戻るだけのはずなのに、それが怖い。
遠くで、何かが近づく気配がした。
音ではない。存在の圧。
足は動かない。
逃げられるのに、逃げない。
「……少しだけ、考えさせて」
誰にともなく呟いた瞬間、
まだ見えないはずの扉の音が、確かに胸の奥で鳴った。
それは、もう戻れない前触れだった。
- 1.「人生」
- 2.「奇跡の星」
- 3.「夏紀」
- 4.「とある隣人は」
- 5.「立場」
- 6.徒花の行方
- 7.「幼女は」
- 8.「笑顔」
- 9.「軸柊奏」
- 10.徒花の行方
- 11.「居場所」
- 12.「弦の音」
- 13.「答え」
- 14.「日常編」
- 15.「悩むものか」
- 16.「歪み」
- 17.「信頼」
- 18.「余命」
- 19.「時歌」
- 20.「日常編」
- 21.「神として」
- 22.「忘却列車」
- 23.「微熱」
- 24.「クリスマス」
- 25.「プレゼント」
- 26.「鳴っている」
- 27.「バレンタイン」
- 28.「日常」
- 29.「誰」
- 30.「戦場」
- 31.「アレス」
- 32.「日常編」
- 33.「破会議壊」
- 34.「徒花の行方」
- 35.「戦の予兆」
- 36.「日常編」