夏祭りの夜明け前。
軸柊奏は眠っている。
人の呼吸、床の軋み、外を渡る風——それらはいつも通りだった。
だが、神にとってだけ、音が一つ多かった。
「……ズレてる」
屋根裏。
弦音は一本きりの弦を見つめていた。触れていないのに、弦が微かに震えている。
音にならない振動。時間の継ぎ目が、擦れる時の感覚。
「ここ、もう“見られてる”」
次の瞬間、弦が——逆向きに鳴った。
——ン。
音は鳴ったはずなのに、空気は揺れない。人間には存在しない音。
神の認識だけが、それを拾う。
「……来るか」
弦音がそう呟くのと同時に、スペルの意識が、強制的に引き上げられた。
「……っ」
寝室にいながら、視界が二重になる。“ここ”と“別の位相”が重なる。
スペルは立ち上がる。靴も履かず、屋根裏へ向かう。
「弦音」
「うん。やっぱり来たね」
屋根裏の中央。
そこに、“穴”があった。
空間が欠けている。黒でも白でもない、定義されていない余白。
『——観測確認』
声が、直接神経に触れる。
『未処理の可能性を検出』
「……誰の管理下だ」
スペルの声は低い。神としての圧が、無意識に滲む。
『管理者不在』
『これは、神の“放置”によって生じた』
弦音が小さく笑う。
「言われてるよ、スペル」
「……否定できない」
“それ”は形を持たない。
だが、確かにスペルの輪郭をなぞるように近づいてくる。
『不老不死の観測者』
『終わりを持たない存在』
『定義不能』
「だから排除対象?」
スペルは一歩前に出る。
空気が軋む。
家全体が、存在を拒むように震える。弦音が、静かに弦を弾いた。
——ン。
今度は、確かに音が続いた。
「違うよ」
弦音は淡々と言う。
「この人は“鳴り続けてる”」
『継続は、異常』
「異常でいいじゃん」
弦音は立ち上がり、穴の縁に立つ。
「未来が一つに決まらなかったから、あなたが生まれた」
「でもね、私たちは“残り滓”じゃない」
スペルは、弦音を見る。
「……弦音」
「大丈夫」
弦音は振り返らない。
「私、こういうの慣れてる」
弦を、強く弾く。
———ン、ン、ン。
音が重なり、空間が歪む。
『……観測不能』
『処理対象、未確定へ移行』
穴は、ゆっくりと閉じていく。
最初から存在しなかったかのように。
静寂。
弦音は、ふっと息を吐いた。
「ね」
「神って、ちゃんと責任取らないとさ」
「放置した可能性、勝手に来るんだよ」
スペルは目を伏せる。
「……次も、来る?」
「来るね」
弦音は笑った。
「だって“答え”まだ出てないでしょ」
屋根裏に、再び静けさが戻る。
だが、一本の弦は、まだ僅かに震えていた。
——神にしか聞こえない音で。
「大丈夫だ、私には私の中で一番信頼している奴がいる」
時計の針は進む。
今度は、[太字]選別する者を試すように[/太字]
軸柊奏は眠っている。
人の呼吸、床の軋み、外を渡る風——それらはいつも通りだった。
だが、神にとってだけ、音が一つ多かった。
「……ズレてる」
屋根裏。
弦音は一本きりの弦を見つめていた。触れていないのに、弦が微かに震えている。
音にならない振動。時間の継ぎ目が、擦れる時の感覚。
「ここ、もう“見られてる”」
次の瞬間、弦が——逆向きに鳴った。
——ン。
音は鳴ったはずなのに、空気は揺れない。人間には存在しない音。
神の認識だけが、それを拾う。
「……来るか」
弦音がそう呟くのと同時に、スペルの意識が、強制的に引き上げられた。
「……っ」
寝室にいながら、視界が二重になる。“ここ”と“別の位相”が重なる。
スペルは立ち上がる。靴も履かず、屋根裏へ向かう。
「弦音」
「うん。やっぱり来たね」
屋根裏の中央。
そこに、“穴”があった。
空間が欠けている。黒でも白でもない、定義されていない余白。
『——観測確認』
声が、直接神経に触れる。
『未処理の可能性を検出』
「……誰の管理下だ」
スペルの声は低い。神としての圧が、無意識に滲む。
『管理者不在』
『これは、神の“放置”によって生じた』
弦音が小さく笑う。
「言われてるよ、スペル」
「……否定できない」
“それ”は形を持たない。
だが、確かにスペルの輪郭をなぞるように近づいてくる。
『不老不死の観測者』
『終わりを持たない存在』
『定義不能』
「だから排除対象?」
スペルは一歩前に出る。
空気が軋む。
家全体が、存在を拒むように震える。弦音が、静かに弦を弾いた。
——ン。
今度は、確かに音が続いた。
「違うよ」
弦音は淡々と言う。
「この人は“鳴り続けてる”」
『継続は、異常』
「異常でいいじゃん」
弦音は立ち上がり、穴の縁に立つ。
「未来が一つに決まらなかったから、あなたが生まれた」
「でもね、私たちは“残り滓”じゃない」
スペルは、弦音を見る。
「……弦音」
「大丈夫」
弦音は振り返らない。
「私、こういうの慣れてる」
弦を、強く弾く。
———ン、ン、ン。
音が重なり、空間が歪む。
『……観測不能』
『処理対象、未確定へ移行』
穴は、ゆっくりと閉じていく。
最初から存在しなかったかのように。
静寂。
弦音は、ふっと息を吐いた。
「ね」
「神って、ちゃんと責任取らないとさ」
「放置した可能性、勝手に来るんだよ」
スペルは目を伏せる。
「……次も、来る?」
「来るね」
弦音は笑った。
「だって“答え”まだ出てないでしょ」
屋根裏に、再び静けさが戻る。
だが、一本の弦は、まだ僅かに震えていた。
——神にしか聞こえない音で。
「大丈夫だ、私には私の中で一番信頼している奴がいる」
時計の針は進む。
今度は、[太字]選別する者を試すように[/太字]
- 1.「人生」
- 2.「奇跡の星」
- 3.「夏紀」
- 4.「とある隣人は」
- 5.「立場」
- 6.徒花の行方
- 7.「幼女は」
- 8.「笑顔」
- 9.「軸柊奏」
- 10.徒花の行方
- 11.「居場所」
- 12.「弦の音」
- 13.「答え」
- 14.「日常編」
- 15.「悩むものか」
- 16.「歪み」
- 17.「信頼」
- 18.「余命」
- 19.「時歌」
- 20.「日常編」
- 21.「神として」
- 22.「忘却列車」
- 23.「微熱」
- 24.「クリスマス」
- 25.「プレゼント」
- 26.「鳴っている」
- 27.「バレンタイン」
- 28.「日常」
- 29.「誰」
- 30.「戦場」
- 31.「アレス」
- 32.「日常編」
- 33.「破会議壊」
- 34.「徒花の行方」
- 35.「戦の予兆」
- 36.「日常編」